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2025年3月19日水曜日

漢字 『也』の起源と象徴的意味:古代社会と文字の秘密


漢字 也 の起源と象徴的意味:古代社会と文字の秘密



 先日「Courrierのサイト」というWebサイトで、かの高名な
阿辻哲次先生の著書「日本人のための漢字入門 (講談社現代新書 2563) 」の紹介記事が掲載されていた。早速拝見したところ、このブログでとり挙げたことのある漢字「也」という漢字についても触れられていた。少しおこがましいが、論調もあまり変わりなかったと思います。

 すっかり嬉しくなったので、過去のページ(漢字「也」の起源と由来)をブラッシュアップして、ここで再度取り上げることとした。

導入

このページから分かること
     分からなくてもせめて生きるヒントだけでも得られるかも?
 
  • 漢字『也』は、単なる文字以上の意味を持ち、古代人の思想や文化を映し出す鏡のような存在です。
  • 漢字 也の成立ちと由来
  • 漢字の生まれた背景
  • 太古の生殖崇拝との関係
  • 現代の神を凌駕するのか
  • そして未来社会は

前書き

  漢字「也」は、日常的に用いられる文字の一つですが、その起源をたどると、驚くべき文化的背景に行き着きます。太古の時代、文字は単なる記号ではなく、深い象徴的な意味を持っていました。本稿では、この漢字が持つ歴史的な成り立ちと、古代人が込めた意図について探ります。さあ一緒に考えてみませんか?

目次




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漢字「也」の起源

 「也」という文字は、その形状から多くの解釈がされています。一説には、古代の生殖崇拝に関連する象徴とみなされています。特に、初期の象形文字は自然界や人体から着想を得ていたため、「也」の形が生命や繁殖を象徴していると考えられるのです。



漢字 也の楷書体
漢字 匜(古代の水器)の楷書体


 漢字・也は「匜」 のもとの字だそうで、水器の象形ということです。
右は匜の楷書です。也の旁が入っているのはわかりますが、也と匜はなかなか結び付きません。
也・楷書


也の金文体(鋳物の刻印に使われた)
匜の金文体
也の甲骨体(単独では実在していない)
也・金文
匜・金文
也・甲骨
これは唐漢氏が漢字「育」から作った造字です


   

「也」の漢字データ

漢字の読み
  • 音読み   ヤ
  • 訓読み   なり

意味
  • 文語体 ナリと読み「~である」と訳す
  •  
  • ヤ、カ と読み「~であろうか」と訳す
  •  
  • ヤと読み「~こそ」と訳す

同じ部首を持つ漢字     也、匜、地、池
漢字「也」を持つ熟語    也哉、也已、也哉


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太古の生殖崇拝との関係

 「日本人のための漢字入門 (講談社現代新書 2563) 」では、「也」という文字が祭礼や儀式において重要な役割を果たした可能性についても触れています。特に、生殖崇拝が生命の循環や自然の再生を祝う中心的なテーマであったことが指摘されています。この視点を補完する形で、「也」がその象徴としてどのように用いられたのかをさらに掘り下げてみましょう。


参考書紹介:「落合淳氏の『漢字の成立ち図解』」

参考書サイト:Courrierのサイト:Culture
 知識人たちも困惑 漢文に頻出する「あの文字」は、女性器をかたどった象形文字だった!
 

引用:「汉字密码」(Page、唐汉著,学林出版社)

唐漢氏の解釈

 「也」説文では、「也は女陰なり、象形文字と解釈している。秦刻石の”也”の字である。これがいうに、女性の生殖器の象形であるとし、小篆でと書く。昔からいろいろの解釈があり、反対者もはなはだ多かった。

也の4款
 甲骨文字では育の字は左のように描く。嬰児の出生の一般的状況下で頭が先に出てくる。このため倒置すると、女陰を示す甲骨文字の也という字から嬰児が出てくる模様を完全に表現したものと考えられる。

 也の本義は既に消失しているが、今日では多く使われ、漢語の虚詞を作る。 又漢語の多くの構成要件にもなっている。

 「地」が生殖の土とで、地は土と也からなる。池は水中で万物が繁殖するところで、水と也からなる。  也の仮借は虚詞も作り、主要には判断の語気の言葉に用いられる。也の字は又副詞にも用いられる。


漢字「也」の字統の解釈

匜(水器)
原字は「匜(イ)」と称する水器

 匜とよばれる水器の象形。〔説文〕一二下に 「女陰なり。象形」とし、重文として秦刻石の也のしんかん字形をあげているが、それは秦漢のときの字形で、 字の初形ではない。字は金文にみえ、明らかに匜の象形であるが、〔段注〕になお女陰象形説を固執している。性器の名については、〔神異経〕に天刑を受ける男女のことをしるして、「男はその勢を露はし、女はその殺を彰はす」とあり、声の近い字をもっていえば、施にその義がある。
 基本的には説文の説を踏襲しているように思える。白川博士のいう匜という水器からはどう考えても女陰など出てこないが…。



水器「医」とは何か 奈良国立博物館資料より参考にした。

 もともとの定義は把手と注口のついた器で、水を注ぐ用途があるという。新石器時代の土器中の把手と注口のついた器を匜(い)と呼ぶこともあるが、青銅製の匜は西周後期以降に出現した。
 浅くて楕円形の器身・断面U字形の大きな注口・三足または四足がつく。蓋を動物形に作ったり、注口の部分に動物の頭部を形作ることによって、動物の口から水を注ぐ趣向になったものが多く見られる。
(参考文献:坂本コレクション 中国古代青銅器. 奈良国立博物館, 2002, p.49, no.196.)

漢字「也」の漢字源の解釈

 象形:平らに伸びたサソリを描いたもの。



現代への繋がりと未来への展望

文字学上の解釈

 古人にとっては、子孫の反映のため、今以上にセックスは重要なことであった。
 そのため生殖崇拝が広く信仰され、世界のいたるところで、男根、女真を奉ることが行われていた。
 今でこそ、ある意味卑猥なこととして見られているが、古人にとってはそれは切実なことだったと考えられる。
 なぜなら、当時、家族や部族を増やすことは実に死活問題であったはず。子供が生まれても、平均寿命が15、6歳であった時代では人口を増やすことは至難の業であった。だからこそ近代社会では猥雑なこととして嫌われる「夜這い」の風習も古代にあっては、非常に重大なことなのであった。
 また、近代においても、極冠の地やジャングルなどの外部から隔絶した社会でな、外部からの来訪者や旅行客などが部落に宿泊した際、部落の女性、主婦までもが夜のお相手をしたという話を聞いたことがあるが、それは接待ということではなく、外部の血を入れることや、子孫を絶やさないという必然性からくる止むを得ないむしろ必然的な行為であったのかもしれない。
時代が下って、人々がそれほど働き手や、戦士を必要としなくなると人々の崇拝の対象はは生殖から食料の確保、自然の克服のための「神」へと移って行ったのではなかろうか。
 そのことからしても、漢字の中に社会の発展過程の母斑を垣間見ることは非常に大切なことと考える。
 生殖から食料そして抽象的な神の崇拝へその次に来るものは如何なる認識が必要か?神か、人間の知能を超えるものがあるのか。今まさにそれが問われる時に我々は生きている。正に価値観が大きく変わる時代なのだ! 今は!!

まとめ

 現代では、「也」は文語表現として用いられることが多く、その象徴性は薄れているように見えます。しかし、この文字が持つ起源を知ることで、私たちは文字そのものが持つ力や、古代からの人類の思想の変遷に改めて気付かされます。そして何よりも私たちは今どこに立っているのかを!

  


「漢字考古学の道」のホームページに戻ります。   

2025年2月10日月曜日

漢字[心]:古代人は心を生物・生命力の中枢、感情や精神の宿る場所と把握

漢字[心]:古代人が心を生命力の中心と認識した事の歴史的重要性に驚嘆!


はじめに

 漢字「心」(シン、こころ)は、中国語と日本語の両方において、非常に基本的でありながら奥深い意味を持つ文字の一つです 。
 本稿では、この重要な漢字がどのようにして生まれ、その形と意味が時代とともにどのように変化してきたのかを詳細に探ります。
 使用者の問いに応え、その起源から現代における意義まで、「心」の変遷を多角的に考察します。この探求は、単に文字の歴史を辿るだけでなく、古代中国の人々がどのように人間の意識や感情を捉え、表現してきたのかを理解する上で重要な手がかりとなります。
 文字の成り立ち、古代文字の形、意味の変化、そして文化的な背景といった様々な側面から「心」を掘り下げることで、漢字という文化遺産の豊かさを改めて認識できるでしょう。古代人は狩りを通して、動物の体や人間の体を我々が今思う以上にきちんと把握していた。



目次



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漢字「心」の起源:心臓そのままの象形文字

漢字「心」の今

漢字「心」の成立ち

心_楷書
漢字「心」の楷書で、常用漢字です。
   漢字の「心」は、心臓の形を象った象形文字です。心臓は、体全体に血液を送る重要な器官です。そのため、心臓は古代中国では生命の中心と考えられていました。また、心臓は感情や思考の中心とも考えられていました。そのため、「心」という字は、心臓だけでなく、感情、思考、意志、意識、思いやり、愛情など、人間の精神的な側面を象徴する字となりました。

 「心」という字は、中国の甲骨文字(紀元前1200年頃)にすでに見ることができます。甲骨文字の「心」は、心臓の形を簡略化した形になっています。

心 甲骨文字
心・楷書




「心」の漢字データ

漢字の読み
  • 音読み   シン
  • 訓読み   こころ

意味
  • ひく。ひきよせる。
  •  
  • むなしい。から。中空。
  •  
  • つなぐ。ウシをつなぐ。つながれる。

同じ部首を持つ漢字     忠、応、志、芯、蕊

漢字「心」を持つ熟語    心、中心、心中、偏心、

一口メモ

 読み:しべ 意味: 種子植物の花の生殖器官。雄蕊と雌蕊に分かれる。
飾り紐の先端にある総(ふさ)の根元につけて、紐本体との境をなす飾り。



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漢字「心」成立ちと由来

引用:「汉字密码」(P440、唐汉著,学林出版社)
心_4款(甲骨 金文 小篆 楷書

唐漢氏の解釈

 「心」これは象形文字である。甲骨文字は心臓の形によく似ている。金文は簡略化していくらか変化している。それでも核心を突いた心の像だ。小篆は心臓の外形像からは変化している。それでも心臓の切開画像のようである。楷書はこれから「心」と書く。
 古人が殷の時代から、「心房、心室」をこのように、解剖学的に実に正確に把握し、字の形にしているということは驚きでもある。

 「心」の本義は心臓の器官である。心跳、冠心病、狼心狗肺などの中の「心」である。また拡張して心思、心意など。古人は心臓が体に中心にあることを認めていたので、いわゆる中心、中央の意味も出てくる。李白の詩《送翅十少府》にある「流水折江心」の江心とは揚子江の中央という意味である。


漢字「心」の字統(P467)の解釈

 象形 心臓の形に乗る。〔説文〕「人の心 なり、土の藏、身の中に在り。

 象形。博士設に以て 「火の藏と隠す」とあり、藏(藏)は臓(臓)。許慎の当時には、すべてを五行説によって配当することが行なわれ、今文尚書説では肝は木、心は火、脾 土、肺、腎は水、古文尚書説では脾は木、肺 は火、心は土、肝は金、腎は水とされた。
  金文に「心にす」「乃の心を明にせよ」 「心忌せよ」などの用法がある。
心は生命力の根源と考えられていたが、文にはまだ心字がみえ徳や愈など情性に関する字も二十数文をみることができる。文字の展開を通じて、その意識や観念 の発達を、あとづけることが可能である。



 

漢字「心」の漢字源P422の解釈

 象形。心臓を描いたもの。それをシンというのは、しみわたる) (しみわたる)・浸(しみわたる)などと同系で、血液を細い血管のすみずみまで、しみわたらせる心臓の働きに着目したもの。



古代の碑文における「心」

  1.  甲骨文字(こうこつもじ)における「心」
     最も古い漢字の形態の一つである甲骨文字において、「心」という独立した文字はまだ確認されていません 。
     しかし、人を正面から描いた「文」(ブン)という文字の胸の部分に、心臓のような形が書き加えられている例が見られます 。これは、古代中国において、心臓が生命力の象徴として捉えられ、一時的な入れ墨(文身)の模様として用いられていたことを示唆しています 。このことから、まだ独立した文字としての「心」が存在していなかった時代においても、「心臓」という概念、あるいはそれが象徴する生命や活力といった意味合いは、他の文字の中に組み込まれる形で表現されていたと考えられます。
     ただし、一部の研究では、甲骨文字の中に心臓の断面図に似た「心」の字形が存在するという指摘もあり 、この点については今後の研究の進展が待たれます。
  2. 金文(きんぶん)における「心」
     甲骨文字よりも後に現れた金文(青銅器に刻まれた文字)においては、「心」という文字が独立した形で現れるようになります。金文の「心」は、甲骨文字に見られる心臓の形をより簡略化し、曲線的な表現を持つことが多いです。特筆すべきは、金文の時代には既に、「心」が単に心臓という物理的な器官だけでなく、「こころ」、つまり精神や意図といった抽象的な意味合いを持つ言葉としても用いられていたことです。「乃(なんじ)の心を敬明にせよ」(あなたの心を敬い明らかにしなさい)という金文の記述 は、その一例と言えるでしょう。また、初期の金文には、心臓の内部構造である膜弁のようなものが描かれていたり、中央に点が加えられたりする形も見られます。現代においても、メンタルヘルスのクリニックのロゴマークに金文の「心」が用いられるなど、その歴史的な意義が尊重されています。

漢字「心」の変遷の歴史と認識

器官から知性へ:「心」の初期の意味

 「心」の最も本質的な意味は、疑いなく人間の心臓という物理的な器官を指していました 。
 しかし、古代中国の人々は、心臓を単に血液を循環させるポンプとしてだけでなく、思考や感情、知性の源であるとも考えていました 。これは、西洋において脳が思考の中心と考えられていたのとは対照的な見方です 。
 多くの古代文献において、心臓は「考える器官」として言及されており 、喜びや悲しみといった感情も心臓から生じると信じられていました 。金文に見られる「心」が「精神」や「意図」、「徳性の本づくところ」(道徳的な性質の根源)といった意味合いを持つことも 、この初期の意味の広がりを示しています。

 このように、「心」という文字は、具体的な心臓という形から出発し、人間の内面的な活動全般を指す抽象的な概念へと発展していったのです。

唐漢氏は古人は心を一種の感覚器官とも考えていたので、《孟子》の中で言うように「心の官即ち思う」であると考えている。いわゆる心は思想、感情、意念を表すのにも用いられ、心機、心態、独具匠心、心领神会など。「心跟」は一般的に心底、内心を現す。 
 また「心」は部首字であるので、左辺にあるときは、「リッシン・偏」となり、そうでないときは、"想、愁、慕、念"等のように、下でしっかりと支える形となる。全て心で思うことに関係している。

視覚的な変遷:「心」の字形の進化

 「心」の字形は、時代とともに大きく変化してきました。その変遷を主要な書体ごとに見ていきましょう。

  • 甲骨文字: 心臓の形を写実的に表しており、内部の構造が描かれている場合や、「文」という文字の中に組み込まれている形が見られます 。   
  • 金文: 甲骨文字の形を受け継ぎつつも、より曲線的で簡略化された形へと変化しています 。

  • 篆書(てんしょ): 秦の始皇帝による文字の統一政策により、字形がより整然とした形になります。心臓の形状を保ちつつも、装飾的な要素が加わることがあります 。

  • 隷書(れいしょ): 篆書からさらに変化し、現在の楷書に近い形へと大きく変化します。心臓の面影は薄れ、より記号的な表現となります 。

  • 楷書(かいしょ): 現代の標準的な書体であり、四つの筆画で構成される「心」の形が確立します 。

 この字形の変化は、使用される筆記具や材料の変化、そして文字の標準化といった要因によってもたらされました 。また、「心」が部首として他の漢字の左側に位置する場合には「忄」(りっしんべん)、下部に位置する場合には「⺗」(したごころ)といった変形した形で用いられることも特徴的です。

まとめ

  漢字「心」の成り立ちからその変遷を辿ることで、この一文字の中に、古代の人々の世界観や人間観が深く刻まれていることが明らかになりました。
 心臓という具体的な形から生まれた「心」は、時代とともにその形を変え、意味を広げ、現代においても私たちの感情や思考を表現する上で欠かせない文字となっています。その変遷は、単に文字の進化を示すだけでなく、人間の内面世界に対する理解が深まってきた歴史を映し出していると言えるでしょう。

 「心」という漢字を通して、私たちは中国文化の豊かな歴史と、そこに息づく人々の精神世界を垣間見ることができるのです。この探求は、漢字という文字体系のダイナミックな性質と、それが持つ文化的意義の深さを改めて認識する機会となりました。


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2018年12月24日月曜日

漢字の起源の簡単クイズ 発想を飛ばして想像力を鍛えよう!!


現在の漢字は何でしょう?
 下の漢字は甲骨文字といって、今から3500年前頃、中国の黄河流域で使われていた文字で、漢字の起源といわれているものです。そしてこれは形を変えながらも今に受け継がれています。このような文字は他にはありません。

 頭を柔らかくし、昔の人がどのように考えていたか、一緒に考えて見ましょう。

 あまり難しく考えないで、ご自分の頭の柔らかさを簡単にテストするつもりで、挑戦されてはいかかでしょう。



今日のクイズ
ヒント
何か屋根のようなものが見えますね。そして、その中には動物がいるように見えます。ここから想像を飛ばしてください。

ヒント
今年は、振り回されました。落ち着けばいいんですけどね。いつまでも反目している時ではないでしょう

 

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2012年3月21日水曜日

漢字の成り立ちと生い立ち


  漢字は象形文字の代表のように云われてきた。しかし古代文字の中でも漢字の中でいわゆる象形といえるものはわずかに10%に過ぎないと云われている。それ以外の90%のものは会意文字といわれるものであったり、形声文字と言われるものであったりする。いずれにせよ体系だった象形文字が突如としてこの世の中に出現したなどとは考えがたく、その原型のようなものがあったはずと考えられている。
  象形文字として動物の骨や亀の甲に刻みこまれた甲骨文字の中でも最も基本的なものは300文字とのことであり、その300文字が組み合わされたりして出来た文字は精々1500文字程度である。
 さらに時代を下って、青銅器などに刻印されたり碑文として残された金文文字の種類は3700種になった。この金文文字は基本的に青銅器などに鋳込められる文字であった為に、甲骨文字に比べ線は太く、いくらか角ばっていた。
 さらに秦の時代になると国家統一の事業の為いろいろのものが統一された。その中には度量衡や貨幣等は勿論のこと、戦国時代に群雄割拠し各地でいろいろな金文文字や亜流が使われていたものがこの時代には強制的に小篆と云う文字体系に取って代わられた。そして漢の時代には使われた小篆文字は8700字になったとのことである。
 更に秦、漢王朝の中の宮廷において、膨大な文書管理を任されていた奴隷の小官吏が編み出した小篆より便利な書体である隷書が生まれ、やがて広く使われるようになった。そこから更に早く筆記する必要から、草書が生まれやがて楷書が作られ今日に繋がっていく。
  そして今までに歴史的に出現したことのある漢字の総数は8万以上に上るといわれている。

  
  そしてこれらの文字はその時々の社会や風俗、習慣、思想を表したものであり、文字を研究することは、その時々の歴史の研究そのものである。
  これらの文字の研究は遥か昔から今日まで無数の学者や歴史家、好事家などによってなされている。中国では、紀元58年から147年まで生きたとされる許慎が漢字研究を行い一応それまでの漢字学を集大成している。しかしその当時はまだ甲骨文字は発見されておらず、時代的制約から多くの誤りを含んでいたが、しかしながらその功績は消すことは出来ないほど偉大なものであろう。
  また漢字は累々と3千数百年もの間、生き続け今なお使い続けられていることは世界でも例を見ないことである。なぜこのように永らえることが出来たのか、その生命力の神秘は驚嘆に値する。私は漢字の生命力もさることながら、それを支えた民族の生命力にも驚嘆を感じざるを得ない。
  ここでは唐漢という方の本をベースにしているが、日本の白川博士や藤堂博士の考え方、方法論と趣をことにする部分があり、それはそれで面白いのかもしれない。というか今の段階で二人の大学者にどうのこうのという論評はおこがましいので、ただ承ることとしたい。


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2012年1月18日水曜日

漢字「楽」の起源と成立ち:踊りの真中でパチパチとあたりを照らす篝火の松の木

「楽」甲骨文字
「楽」小篆
今日は阪神淡路大震災が起こってちょうど17年目である。私はあの震災、オーム真理教の狂気、小泉純一郎氏の「自民党をぶっ潰す」ならぬ「日本のぶっ潰し」政策、そして自民党の2世首相達?の失政、最後に民主党などこれでもかこれでもかと言うような政治が続き、今や世の中全体がきな臭くなっているように感じている。全体として閉塞感が長くあり、保守的になり、「誰かが何かをしてくれる」と言う期待感が「蔓延」し、大阪市長の橋下氏の笛が高らかに鳴り響いている。戦前のドイツのナチの台頭が思い浮かばされる。非常にいやな時代といえる。

 このときこそある意味では戦後の民主主義の嵐のような高揚を目の当たりにしてきた年代が立ち上がるときではないだろうか。もちろんその当時の制約、人々の認識の未成熟さから来る問題点もあったことを踏まえたうえで・・。

 例えば音楽一つとっても見ても、少し時代は少し遡るが、昭和天皇がなくなるとき、歌舞音曲が「自粛」という形で、街の中からいっせいになくなったことを思い出し、世の中から音楽がなくなった時、何か息詰るような感覚を覚えたのは私一人ではなかっただろう。たかが音楽と侮るなかれ!そこには音楽を通して(ダケとはいわないが)見事に世の中を操ってきた力があるように思う。

 さて、今日は音楽の「樂」、楽しい、樂だといったときに使われる樂という漢字について触れてみよう。

楽の字の原意は松明
乐は樂の簡体字である。甲骨文字の乐は一個の会意文字である。下部は木であり樹木の木を表している。上部は松である。松の木の果実いわゆる松ぼっくりの線描である。古代社会では毎晩夜になると、人々は相集まり祭り、食事、愛情の歌舞音曲を執り行っていた。そのような歌や踊りに欠かせないものは中央で松や柏の木々が燃やされたり篝火である。植物中只松や柏の木だけが枝や葉に油脂を多く含み、乾燥せずとも切って使用できた。且つ又松と柏の枝葉は燃焼するときバチバチと音を立て、踊りやその場の雰囲気を駆り立てた。このことはまた中国の爆竹の始まりでもある。その濃い煙の立ち込める庭である種のさわやかな香りが漂う。この香もまた中国の祭祀の中で用いられる線香のはしりとなった。このように「楽」は生活の源泉をなしている。


 金文の乐は甲骨文字の不足を補う形となっている。特にその字の上に追加された「白」という字で柏を表している。小篆は金文を受け継ぎ楷書では隷書化の過程で松ぼっくりの形は簡略化され、糸が二つになり樂と書かれ、更に簡体字の規則通り乐となった。

 ここで中国の中央音楽学院の趙世民という先生は「探秘中国漢字」という講演の中で、この「樂」という字は楽器を表現したものだという説を唱えている。どうもこの説が中国では主流のようであり、分かりやすく、直感的であるにはあるが・・。

   いずれにせよ音楽とはこのようにして生まれたもので、上から鼓舞激励するために生まれたのではないのは確かなようだ。

 漢字の世界に限っていえば、このようにこの世界諸説紛々と行き交う世界である。しかしここでは諸説の真偽について議論する場にはしたくないしまたその力量もないので、まあそんな説もあるのかという程度に考えていく。  われわれに必要なのは、このようなカオスの世界は漢字だけにしておき、新しい民衆の力を一つの大きな流れにしていくことだろう。



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2011年10月20日木曜日

秋は収穫の季節 「米」と「糠」の漢字の由来と起源

秋は収穫の季節。稲の穂がたわわに実り、田畑が黄金の絨毯の様を呈する時、古人(今も)神に感謝し、収穫の喜びを感じる。

  稲作が日本に伝わってから日本の文化は大きく変わり、縄文式文化から弥生式文化へと変貌を遂げる。今から約2千年前の出来事である。そして米を作り続けて、今日本社会は大きな問題に直面している。

今「米」作りを根本から見直す時期に来ているのかもしれない。

甲骨文字の下半分は
横棒一と3つの点で「雨」を表す
「米」の字は象形文字である。甲骨文字は上下6つの点は米の顆粒を表し、中の横線は風が吹きすぎたさまを表し、米と米ガラの分離を示している。

 また水の組成の(雨)をいう記号を用いることにより、区別する符号を当てている。小篆の米の字はまさに中間が上下に貫通し楷書の米の字に似たものに代わっている。

 糠の字は会意文字である。古文字の中で康と書く。康の字は借用されて、安康、健康の康に用いられる。

(本来殻の付いた穀物は腐りにくく、比較的保存しやすい所から来ている)

 
糠の漢字の由来は「康」
甲骨文字の康という字は中間部分は篩の類の工具である。上部の「子」は上に上げる意味を持つ。下の4つの点は扇ぎ出された米糠を表す。金文は大体甲骨の形に似ている。ただ篩の形に少し変形している。小篆の字形は篩が二分割され、上に上げた両手に代わっている。中の糠は米に代わっている。隷書を経て、楷書は只一つの字形を留保している。


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2010年6月14日月曜日

漢字「幸」の由来:古代中国では「手枷」のこと。手枷が何故「幸せ」になるのか


漢字「幸」の起源と由来
 古代中国では「幸」の字は、手枷のことを表していた。甲骨文字から古代中国の社会が見えてくる。
 民主党の菅直人新首相は「最少不幸社会の建設を!」と国民に対し呼びかけた。それに対し自民党の小泉進次郎氏は「自民党は最大幸福社会の建設を」と訴えた。この場合、キャッチフレーズだけからいうと、菅直人氏に軍配上がる。
小泉氏のは耳障りはいいが、中身のない云わば戯言である。何故か?「幸福」という価値観は人により千差万別である。その曖昧な概念を政策とする時、その政策も曖昧になってしまう。

これが政策じゃなく、女性に対する囁きならば、話は別だが・・。

 さて、ここで幸、不幸とは一体なんであろう。漢字のルーツから、その中身に迫りたい。唐漢氏の「漢字の暗号」を参照して、進めたい。


引用:「汉字密码」(P627、唐汉著,学林出版社)
幸は手枷の意味
「幸」の字の成り立ち」

 「幸」の甲骨文字は、古代社会で捕虜や奴隷をつなぎ止める一種の刑具を表している。いわば手枷、足枷であった。
有史以前はこの種の刑具は簡単に作れた。木を切り取って、腕をその木の中に閉じ込め、両手の間に木の棍棒を差し込み細い枝ででくくった。このように、「幸」の本義は手錠である。この「不幸の象徴」がなぜ今日のような意味を持つようになったのか。上古の社会にあっては、捕虜の命は豚や犬よりも卑しく、殺されずに命を取り留めて生きていることは、本当に幸運な出来事なのである。よって「幸」はまた「幸いにも」という意味を持つ様になったといわれる。

さて、件の菅氏が「幸、不幸」の意味を使うのに中国の古代社会の概念を用いてなければいいのだが・・・。つまり、「君たち死ぬよりはましですよ」じゃないんでしょうね・・。




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2010年6月10日木曜日

漢字「道」の起源と由来:甲骨文字では、十字路と脚ということから歩道

漢字「道」の起源と由来:最近の漢字の起源を書いた読み物では、これが恐ろしい漢字だと解説されている。なぜか恐ろしいのか。そこには、大衆の興味を引くための作為が隠されているように思う。

 最近、漢字検定が普及した結果なのかもしれないが、本屋さんに行っても漢字の本が書棚に並んでいるのを見かける。そして検定に関するものについでよく見かける。さらに漢字をその起源から説き起こそうという本が幅を利かせるようになっている。

漢字の起源の説明に日本の古代の話は無用

 漢字の発生は多分に呪術的な部分があり、何せ古代のことでもあるので、まだまだ謎に包まれている部分が多い。それだけに漢字の解釈、起源については百花繚乱である。実にさまざま本が書かれている。中には随分いい加減なものも見かける。たとえば漢字の起源それも甲骨文字について解説するのに日本の古代のことをあげて説明しているものさえある。このようないい加減な内容でいたずらに恐怖心をあおることは許されないとおもうのだが。



  さて、今日は「道」という漢字に焦点を当ててみたい。なぜこの文字を取り上げたかというと、この漢字というのは恐ろしい漢字だというのがいろいろな本に書かれているからだ。あの有名な白川博士も、古代において、道には怨念が宿っていたとされ、その怨念をふり払うために、異民族の首を切って歩き、それでもって悪霊を追い払うことができると信じられていた。道とは「行」の間に首を手で下げたことを表す記号(文字)から構成されているといっている。

 しかし、首を下げて歩くような行為から、孔子や老子の説く「道」の漢字に至るには少しギャップがありすぎる。そこでわが唐漢氏は、これをどう読み解いているのであろう。ご登場願うこととする。

甲骨文字では、十字路と脚ということから歩く道であることを示している。

 道は道路のことである。車も馬も通る道は皆道路という。古代の道は小道と大道の区別はなかった。甲骨文字では、道の字は「行」と「止」という字からできており、十字路と脚ということから歩く道であることを示している。金文の道の字は、「行」と「首」に変わっている。これは道がその当時、遠くまで人の顔がきれいに見渡せる広い大きな真っ直ぐな道路のようなものであったことを示している。



小篆の「道」の成立ち:従と首からなる会意文字
小篆の道の字は第2の金文を受け継ぎ、従と首からなる会意文字に変わっている。楷書ではこの理由で道と書かれている。

 記録によると殷から少し時代が下った周の時代には、「牛に引かせて,遥か遠くの場所に店を構え」とあるように、当時の陸路の運輸が既に四方八方の段階に至っていたということである。両周の時期には各地の封建諸侯と王室は密接な関連を保っており、さらに兵、車戦争の特質に対応するために全国は道は礫のごとく平らに、矢のごとく真っ直ぐに修築され、道は周行、周道と称されるに至ったという記録もある。

 道の本義は大きな道である。即ち平らで広々とした道のことをいう。その言葉の意味は道路を経由して、方向、道のり、あるいは「志同道合」のように同じ志を持つという意味まで拡張されている。又したがって行く、行き渡るという意味に拡張され、道理という意味に用いられ、物事を探求する原則、標準という意味に使われるようになった。

唐漢氏の解説は随分あっさりしている。甲骨文字から金文に至るまでの間、「行」という字の間の「足」がなぜ「首」に変わったのか、そしてそのことが唐漢氏の言うように「遠くまで人の顔が見渡せるほどになった」から足が首に入れ替わったという説明には少し飛躍があるような気がする。これ以上は今後の研究に待たなければならないのだろうか。

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2010年6月8日火曜日

漢字「合」の由来と起源

  近頃、ニュースなどでよく聞く言葉は「日米合意」である。合意というのは双方がお互いの利益を認め合う成文もしくは不文の了解事項である。そこでは条約と違って、お互いの平等互恵という側面が重視されるのかもしれない。「不平等条約」はあっても、「不平等合意」というのは聞いたことがない。どんな国でも、不平等なことをわざわざ「合意」しない。

 さて、前置きが長くなったが、今回は合意の「合」の漢字に焦点を当ててみたい。
 これは会意文字である。甲骨文字、金文、小篆でも、構造的には同じで、上部の「A」の形は男性の生殖器の省略形であり、下部は女性生殖器▽の異形の口である。

両形の意味が合わさって、男女の性のつながりを表し、性交、合歓を表す。

それから拡張され、一般事物の符合、集合、会合など物体間のくっつき合うことを表すように用いられて来た。
唐漢氏によれば、「合」のもともとの意味は性交そのものであることになる。

これに対し、日本の白川静先生などは「合」の下部の口の記号は「サイ」を意味し、神のお告げを入れる入れ物だと解釈されているので、「合」全体の解釈も自ずと変わってくるだろう。

  ここで映画「ダビンチ・コード」を見られた方は思い出すだろうが、主人公が聖杯の秘密を解明するくだりで、「山の形は男を現し、V字形のものは女性を表すのが世の中の一般的な表記法だ」という箇所がある。この解釈は万国共通のようにも思えるが・・。文字や符号が生活実態を反映したものか、抽象的な概念である「宗教・神」を反映したものか、さらなる議論が必要だろう。

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2010年6月2日水曜日

「男」という漢字の起源と由来は

今回は引き続き男と女の問題について上古の昔に戻ってみよう。

甲骨文字_男
男という字は会意文字である。甲骨文字の字の左は「田」である。この意は農耕のことである。

右側は「力」。これは「加」や「幼」の中の記号と同様である。元々は男の生殖器を指しており、ここでは男性を示す記号である。


小篆_男
 金文の男の記号は田の下に来ている。小篆の形体は基本的には金文と同じである。ただ「力」という字が完全に「田」の下に来ており形体もまた少しごちゃごちゃしている。楷書の「男」は小篆を引きついているが、「田」と「力」で簡単明快である。

殷商の初期、農耕はまさに土地を焼き、木の先を尖らして地上に穴を掘り、種をまいた後土をかぶせて、農作業を終えるといういわゆる焼き畑農業が行われていた。この種の簡単な労働は主として女が受け持った。しかしながらたとえ農耕の主力が女としても、氏族の集団で狩をしたり、狩猟は男の担当であった。このようにして甲骨文字の中の「男」の字は、商王国の中でもっぱら農耕部落の首領をさすようになった。


史書に記載している周の時代の「公候伯子男」爵の中の男爵は常々農事に功のあった臣に授けられる爵位である。この種の制度は殷商の時代の「男服」に源を発している。即ち「男服」とは常々農耕に従事しさらに王に農産物を貢ぐ部落の首領あるいは小規模の候国の王のことである。
周が滅んで後、華夏民族にとって民族的歴史に真の農耕時代をもたらされた。このときから狩猟活動は減少し、農業産出物が食物の本源的な主体となった。更に体力の強壮化によって、男子は農耕の生産の主体を担った。これに反し女子はその生理的条件と社会的地位の制限により、農耕領域では二次的な生産者の位置に下がってしまった。そうして家務を切り盛りし、桑や麻をつむぐことを主要な職務となった。
農耕と男子のこの種の関係は、「男」の字に新しい意味を付け加えることになった。農耕即ち男子のことである。「説文」(漢字の集大成された古文書)で「男は主人である。田と力から、力を持って田をなすことを男という。」
男の性別の意味が氏族の首領の意味に取って代わって以降、畑の中で労働する男を指し、さらに拡大して一般に成年男子のことを言うようになった。もちろん限定された使い方で、男の子を意味したり、息子を意味する場合もあるが・・。




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2010年5月31日月曜日

「女」という字の起源、由来 太古の昔の女性の立ち居振る舞いを反映した象形文字

男と女と社会
 漢字ができたころの社会は既に男性優位の社会になっていたと考えられる。母系制社会から男性優位の社会になり、人間の重労働からの解放の社会に突入しつつある現代社会では、男性の優位性が失われつつある社会に突入しているといえるだろう。そして近未来は、人間の筋肉労働が労働の主要な側面でなくなる時代では、男女間の性差は逆転することになるかも知れない。
 ここで触れるのはあくまで漢字ができるころの話であるので、今とはずいぶん異なっていることをお含み頂いたうえで、話を進めたい。
 漢字は社会の発展やありようを忠実に反映したものである。

「女」という字の起源、由来 太古の昔の女性の立ち居振る舞いを反映した象形文字
前回から女や男すなわち性にまつわる漢字をレビューして行こう。ここで参照するのは中国の唐漢さんという方の著作であるが、彼は民俗学的な立場を取っておられる人であり、私は氏の漢字学のもっとも大きなアイデンティティーはこの部分にあるのではないかと考えている。

 ますは女という漢字のルーツに迫る。氏は以下のように解析する。


「漢字の暗号」より転写
太古の昔の漢字の上での「女」の描かれ方
 女という字はそのままの象形文字である。甲骨文字の女の字は左を向いて膝を折って跪き、状態をまっすぐ立ってて、上部の女性の胸をわざわざ描いて、女性のバスト、ウエスト、ヒップなどが余すところなく特徴的に表現されている。

   古代人はなぜ女という字をこのように作ったのだろうか。実際上、この種の姿勢は本来古代人が服を着て、家にいる形である。

 華夏民族は早くから服を着ていたかあるいは体の前に布をぶら下げていた。後になって「前後」を覆う布になり、そして更に変化して全身を布で覆った衣服になった。

 殷商の時代に至って、大多数の民衆は、日常は裸足で、脚を包むような短いスカートで、中は今の人のようにいわゆるパンツはつけず、何もはかない。明らかにこのような服装をして、唯一つの草の寝床以外は何もない居室で、ただ跪く姿では、陰部を隠すのがやっとであろう。しかし跪くのは小休止するのには非常に便利である。「女」という字にこの跪く姿勢を当てたのは、これが上古の生活の真実の姿であっただろう。

   金文の字の女では基本部分は甲骨文字と同じであるが、ただ女の頭の上部分に一本の横線が増えている。実際には簪を飾りにいくらかの装飾品がつき、女の子の年頃の実際の姿を示したものだ。

 小篆は金文を引き継ぎ、しかし形象は次第になくなり、更に隷書化の過程で書くための便利さへの要求がいっそう高まり、形を変え楷書の時代になって現代の女という字になった。

この右の絵は岩の上に描かれた男と女の絵であるが、男女夫々の特徴をそれぞれ捉えていて大変興味深い。  女の乳房、男の睾丸がリアルに描かれている。  甲骨文字の「女」という字は、見ただけで女と分かる字となっており、一種のなまめかしい雰囲気を漂わせているのも又面白い。

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2010年5月29日土曜日

男と女と漢字

食べたり飲んだりすることは一個の生命体が存続するための基礎である。

 性交は、ある人は自然法則の男女の交流に合致するものであり、これは人類が続いて存続していくための保障であると説く。孔子のように聡明なものでも、「端的にいうと食、色、性に帰結する」という。

象形文字が生まれて、文明時代の到来を暗示していた、丁度その時期に、華夏民族の中での両性の関係に一大変革がもたらされた。

 それは、捕虜で連れて来られた他の部族の女性に起因するもので、すなわち戦争をして絶えることのない戦利品から来るものであった。

 帝王から首領に至るまで、男性戦士は女性の捕虜を占有した。このことで母系氏族制度の社会の仕組みは瓦解をはじめ、代わりに起こってきたのが、王権父系制であり、そのことは即座に有史以前の両性の根本的変化をもたらした。

 意義の上から言うときっと、象形文字の中に蓄えられた両性に関する情報は、近代からのものに比べて、未だ未開化の段階の民族資料や傍証として、もっと真実を示し、また興味深いものになった。

  漢字の解明は、漢字文化学的な角度から、上古時代の両性の謎を提示するものである。


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2010年5月11日火曜日

「羔」と書いてなんと読む

 先日「徹子の部屋」に宮崎美子さんが招待されて、彼女の漢字一級の知識を披露されていた。

    彼女がクイズ番組などで活躍して知るのを見て、その明るいキャラクターもさることながら地道な努力が垣間見え、好感度の高いタレントだなと常々感心している。

 さて今日は彼女がその番組の中で披露していた、「羔」という字について少し補充してみたい。

 「羔」と書いてなんと読む? 実に難しい。「こひつじ」と読むらしい。これは当て字ではないかと思うほどである。しかし、「漢字の暗号」によると、どうもそうではないらしい。

子羊_甲骨

 これは甲骨文字、金文文字、小篆、楷書体をしめしたものであるが、唐漢氏の説明によると、羊を火に掛けてあぶっている状態を表しているということで、実に今から3500年前にすでにこの字は発明されている。しかしこれだけで子羊のことを言うようになったのはもう少し後世になってからの話だそうである。

  

子羊_金文
 羔は羊、すなわち子羊のことである。甲骨文字も小篆も少し違った形はしているが、いずれも下部には火の記号が付け加えられている。甲骨文字の下部は象形の形をしているが、楷書になると火の形は変わって4つの点に変化している。

 楚辞の中にもこの食べ方を体現した記述がある。子羊をあぶり焼きにするのは古代人にとって独特の方法であっただけでなく十分重要な位置を占めていたために、古代人は羊の下に火を加えて「子羊」という字にしたのであろう。

子羊_小篆
もっとも、字が作られた最初のころは、古代人も決して「羔」をすべて子羊をさしていたわけではなく、この表示は羊を火の上であぶったことだけに用いたのだろう。しかし実際上焼肉をするのに子羊を食材として用いたことは容易に考えられる。そして次第に「羔」が子羊のことをさすようになったものと考えられる。

 これは中国での食文化の上での話である。羊を丸焼きにする習慣などない日本で、この漢字をそのまま「こひつじ」と読ませるのはいささか難があるような気がするのだが・・。日本では「こひつじ」という読みは辞書にはないらしい。どの辞書(私の持っている)を引いても出てこない。




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