2023年6月30日金曜日

漢字「突」に込められた謎は? 穴から犬が出てきたことぐらいで漢字が生まれるだろうか?


漢字「突」は、「穴」と「犬」からなる。ここでいう穴は「竈」ではないか?

 漢字「突」は、「竈」と「犬」からなる。竈は神の宿る場所として神聖化されていた。

 しかし、その神聖な場所である竈から犬が飛び出したとすると、それは古代人にとっては想定外の「突然」のことではなかったろうか。かくして新しい漢字が生まれた。

導入

前書き

 「突」という字は、「穴」から犬が突然飛び出すことだというのが定説であった。

  しかし、犬が穴から飛び出したことぐらいのことで、なぜ新しい文字が誕生されなければならない出来事か? あまりに日常茶飯事のことではないだろうか。

  前々からこの定説?には違和感を持っていた。なぜ穴でなければならないのか、なぜ犬でなければならないのか。理解に苦しんでいた。この穴は普通の穴ではないのではないか、そして犬は穴の中には普通はいるはずのないものではないだろうか。

  そして甲骨文字を繙くうちに、この穴が実は竈ではないかという説に付きあたった。とすれば竈の中に犬は普通はいないものである。かまどは神が宿る神聖な場所として見なされていた。「穴」にはいるはずのない犬が飛び出すから突然なのだという説は、かなり俗っぽいもの。もちろん今の段階では、何が俗説かは分からないが、・・。

目次




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漢字「突」の今

漢字「突」の解体新書


 

漢字「突」の楷書で、常用漢字です。
突・楷書


突・甲骨
突・金文
突・小篆




 

「突」の漢字データ

漢字の読み
  • 音読み   トツ
  • 訓読み   つく

意味
     
  • つく
  •  
  • にわかに、急に
  •  
  • つきだす。

同じ部首を持つ漢字     穴、窒、窃、空
漢字「突」を持つ熟語    突然、煙突、衝突、猪突


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漢字「突」の変遷はどこからもたらされたか:成立ちと由来

引用:「汉字密码」(P35、唐汉著,学林出版社)

唐漢氏の解釈

 「突」は会意文字である。甲骨文字の上半分は穴という字で、下半分は一匹の犬が洞穴の中でにわかに突破して出る図である。

 図に示すごとく、この一幅の図は犬が穴の中から雑草または雑草のようなものを身につけながらまさに出ようとしているところから出来たものだ。
 形は巧妙に兼ね備わったということが出来る。突の上部の穴が略して受け加えられて以降、金文、小篆、楷書体の一連の変遷を経て、形体は一致して一脈の流れを受け継いでいる。

 突の本義は急速に外に出ること、突囲、突破、狼奔系突の言葉にある。


漢字「突」の字統(P663)の解釈

漢字「突」の字統(P663)の引用

 会意 旧字は突に作り、穴と犬とに従う。穴は 穴(かまど)、犬は犬牲。 犬の形はもと友の形に作り、竈穴を犠牲をもって祓うことをいう。〔説文〕 に「犬、穴中より暫(にわか)に出づるなり、 犬の穴中にあるに従ふ」とするが、穴は犬の居るべきところでなく、また犠牲とされる犬ならば、突出してくるはずはない。
〔左伝〕 荘六年正月「王人子宊、 衛を救ふ」とあり、このとつが突の初文である。

 竈は火を用いるところ、竈神を祀り、家の中でも極めて神聖とされたところである。ここに犬牲を供えて祀ることが、古くは行なわれていたのであろう。突は竈の煙抜きのあるところで、突出するところであるから、突起・突兀の意となり、突如突怒のように急突、また突進・突撃のように勢いのよい意となる。

 

 
ここで、白川氏が主張する、「穴」は実は竈のことをいうという説に立ち返ってみる。竈という字は 上部は「穴」です。ここでは動物の巣穴を意味します。下部は虫の形象。竈とは土で作った穴の中に何かの動物(おそらく神聖な得体のしれない生き物)が生きていると想像したのではないでしょうか。そして古代人は竈を神の住む神聖な場所と考えた。
 そこで、いくら生贄といえ竈の中に動物をささげるとは考え難い。 

 しかし現実の問題として、犬が火の落ちた温かみのある竈に潜り込むことは十分考えられる。つまり神に代わって、いないはずの犬がいたとなれば突然とは考えないだろうか。とすれば、突然という意味も生まれてくると思うのだが。

古代中国の生贄

 字統によると、古代中国においては、「犬の生贄」が、広く行われていたということであるが、ChatGPTによれば、犬はそれほど多く犠牲になていないようだ。それは人間と犬との関わりの問題で、犬はむしろ協業の一端を担っていたからではないだろうか。

 古代中国の一部の宗教的および文化的慣習では、動物に関連した犠牲や儀式がいくつかありました。ただし、古代中国の文化や宗教の概念は多様であり、地域や時代によって習慣も異なることに注意してください。古代中国に関連した動物の犠牲の例をいくつか挙げます。

  1. 牛のいけにえ: 牛は、古代中国のいくつかの宗教的儀式や農業儀式で一般的な犠牲動物でした。たとえば、天に犠牲を捧げる古代の儀式では、神への敬意を表すための犠牲として牛がよく使われました。
  2. 羊のいけにえ:羊は古代中国のいけにえによく使われる動物のひとつでもあります。一部の宗教的および伝統的な祭りの儀式では、人々は神や祖先を崇拝するための犠牲として羊を使用します。
  3. 鶏のいけにえ: 鶏は、一部の宗教や習慣において犠牲動物としても使用されます。たとえば、神を崇拝したり、祝福の儀式を行ったりするとき、人々は鶏を犠牲として使います。
  4. 魚のいけにえ: 中国南部の一部の地域では、魚も宗教儀式における重要な犠牲とみなされています。漢の伝統文化において、魚は縁起と富の象徴的な意味を持っています。
 時間の経過とともに、動物を犠牲にするこれらの古代の習慣は徐々に減少し、徐々に新しい価値観に置き換えられたことを指摘する必要があります。
 古代中国では、奴隷を生贄にささげることもあったようですが、奴隷も生産を担う重要な要素になってくるようになると、生贄にささげる風習は次第にすたれていったということです。

太古の中国の犬を生贄に使う習俗(ChatGPTより)

 中国の太古時代において、犬を生贄として使用する風習が存在したという記録はあります。しかし、具体的な時代や地域に関しては詳細な情報は限られており、断片的な記述や考古学的な証拠に基づいた推測が行われています。

  中国の古代の宗教や信仰体系では、生贄が行われることがありました。生贄は神々への奉納や儀式の一環として行われ、神聖視される存在として扱われました。犬はその中でも一部で使用された生贄の一つとされています。
 犬が生贄として用いられた背景には、犬の特別な性質や神聖視される要素が関与していた可能性があります。古代の中国では、犬は忠誠心や警戒心の象徴とされ、また神聖な存在とも考えられていました。そのため、犬を生贄として捧げることで神々により深い敬意を表すとされたのかもしれません。

 ただし、古代の風習や信仰は時代とともに変化し、断片的な記録や証拠に基づく情報の解釈には注意が必要です。また、現代の観点から見ると、犬を生贄とする行為は倫理的に問題があると考えられます。 以上の情報は、限られた記録や学術的な研究に基づいており、完全な詳細や背景については解明されていないことをご了承ください。 現代中国の宗教的および文化的実践では、動物への犠牲は比較的まれであり、より多くは象徴的な方法で行われます。同時に、現代社会は一般に、動物福祉と環境保護を保護するという価値観を提唱しています。

漢字「突」の漢字源(P1163)の解釈

 会意。「穴」+犬で、穴の中から犬が急に飛び出すさまを示す。


漢字「突」の変遷の史観

甲骨文研究ネット

 甲骨文字=(かやで覆った穴)+(犬)、言葉の意味:言葉の成立ち:犬が突然穴から出てきて、人々が予想しなかったため突然という意味が出てくる

まとめ

  字統における白川博士の注釈は、もっともらしい解説ではあるが、実際に竈で生贄を焼くという行為が行われていたかははなはだ疑問である。第一、生贄を焼くとなれば、反射炉でもない限り強烈な悪臭が発生し、以降竈の役割を果たさないと感じるのだが・・・。

     結論として、私は「突」という字は、「竈」は「蛇か何かの神聖視された動物」で構成される。結果として竈は白川博士の言う通り、神聖視され、神のいる場所とされた。その場所に、いるはずのない犬がいるとすれば太古の人々にとっては、突然という意味が生まれてくると考える。
  


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2023年6月29日木曜日

漢字「竈」にはどういう意味が? 古代人の火の神への畏敬と東洋的哲学が込められていた


漢字「竈」にはどういう意味が? 「穴+土+蛇」からなる。

導入

前書き

竈は古代中国で住居が整備され始めた時代に住居の中心となる位置に作られた。
 そして、漢字「竈」には、神が存在するものとして神聖視され、大切に祀られてきた思想が込められている



竈門兄弟の名前の出所は
 鬼滅の刃の竈門兄弟はえらく難しい名前である。漢字「竈」成り立ちは?最近こんな難しい字が書ける人はそうおるまい。中国語では簡略化され「灶」と書くが、「竈」というもの見ることがほとんどできなくなって、今や死語のようになってしまっている。少し前、それでも50年程前には少し田舎に行けば、よく見ることができた。  通常は土でできた調理装置である。最近見たのは、高野山の宿坊で見ることができた。






目次


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漢字「竈」の今

漢字「竈」の解体新書

漢字「竈」の楷書で、常用漢字です。
 構成要素は、穴+動物の形象です。両者の会意文字ですが、字統と 解釈は全く異なります。字統では、炊竈とし、空気抜きのあるふたで覆われた炊事設備を言っています。
竈・楷書




 上部は「穴」です。ここでは動物の巣穴を意味します。下部は虫の形象。竈とは土で作った穴の中に何かの動物(おそらく神聖な得体のしれない生き物)が生きていると想像したのではないでしょうか。

 このように考えて初めて、当時の人々が、なぜ竈を神聖視したのかという思想的背景が見えてくる気がします。
竈・金文
竈・小篆
竈・楷書

「竈」の漢字データ

漢字の読み
  • 音読み   ソク
  • 訓読み   かまど

意味
     
  • かまど
  •  
  • へっつい
  •  

同じ部首を持つ漢字     穴、窒、窃、窯
漢字「竈」を持つ熟語    竈馬(かまどうま)、七竈(ななかまど)、土竈


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漢字「竈」成立ちと由来

引用:「汉字密码」(Page、唐汉著,学林出版社)

唐漢氏の解釈

     金文の「竈」という言葉は会意文字です。上部は「穴」です。ここでは動物の巣穴を意味します。下部は古代の火灶の象形図であり、カニの爪の形すなわち芝草で周囲を囲まれ中央に掘られた火の道です。

 小篆の「灶」という文字は、複雑なものから単純なものにされ、楷書は小篆を継承し、「竃」と書きます。簡略化の過程で中国語の文字は、「土かと火と」の「灶」という文字に変更されました。「灶」(説文)は、「灶、調理用灶」、つまりレンガなどで作られた調理器具と解釈されます。

漢字「竈」の字統の解釈

 形声文字 びん 声符は竜の省文。
 〔説文〕 黽に従うて竈を正形とし、「炊竈なり」とし、「周禮に、竈を以 て祝融を祀る」という。奄は黽を覆う形の字で、寵は空気抜けのある蓋で覆う意であるから、〔説文〕の 正字とするところは、奄有の奄に相当する字と考え られる。竈神は老婦とよばれる婦人の神で、竈王に 配祀される。 年末には上天して、家族の年間の功過 の成績を上帝に報告するというので、大いに畏敬され、年末には鄭重にこれを祀ったものである。その採点基準を功過格という。要は古来竈は神聖な場所とされ、家の年間の祭りは欠かせないものであった。

漢字「竈」の漢字源の解釈

 会意文字である。「穴+土+細長い黽(蛇)」。土で築いて細長い煙穴を通すことを示す。



「竈」の歴史

文字学上の解釈

 中国における竈は、半坡遺跡は紀元前5000~4500年の住居址の堀を巡らしたいわゆる環濠集落から発見されています。最も栄えていたときには約200軒の住居があり、2~3人の家族構成であったとすれば,人口は500~ 600人ほどの集落ではなかったかと考えられます。

 日本には、弥生時代の終わり頃、九州北部に朝鮮半島から造り付けかまどが伝わります。 これは竪穴建物の壁面に粘土などで構築して造り付けるもので、古墳時代前期(3世紀後半)には近畿地方でも見られるようになります。

 このように、竈が作られるのは、少なくとも竪穴式住居において初めて作られることとなり、しかもこのころは、各戸にすべて供えられたわけではなく、共有の共同設備だったようです。

 半坡遺跡の場合人口が500~600人の大集落ですから、これだけの人間の生活を支えるだけの農耕が発達してなければなりません。

 これを日本の登呂遺跡から推量してみると、登呂には12の住居跡がありました。1軒あたり5人が住居していたと仮定すると、人口は60人になります。登呂遺跡における水田面積(75.010m2、 約7町5反)から米の収量を計算し、毎日全員が3合(約0.4キログラム)の米を食べたとすると、とても60人分の食料をまかなうことができなかったという結果になります。 したがって、単純に人口比で耕地面積を算出すると、半坡遺跡では、登呂遺跡の10倍の750m2耕地面積は必要であったと考えられます。

まとめ

 竈は古代中国で農耕が発達し、人口も増え、人々が集落を形成し、住居が整備され始めた時代に住居の、集落の中心となる位置に作られた。 そして、そこには神が存在するものとして神聖視され、大切に祀られてきた。

 漢字の「竈」は土で作られた穴の中に、煙を通す(蛇)神が住み着いているという畏敬の対象となった古代人の思想が色濃く刻まれている。

 ここにきて竈になぜ虫がいるのか、その虫が突然虫に変わった時の驚きが字で表現されていると私なりに納得できた。これは深い話である。

  

漢字「竈」の由来と成り立ち:竈門兄弟の名前の出所は  ☜ 以前アップしたものをバージョンアップしました。進化(?)の後をご確認ください

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2023年6月26日月曜日

漢字 嫌と厭はどう違うの:二つの漢字の裏には当時の社会のとてつもない変動が隠されていた?


「嫌」と「厭」の成立ちと由来には、氏姓制度の存続に関わる大変革が隠されていた

 いまネット上で騒がれている広末氏の不倫に対して、実業家の“ホリエモン”こと堀江貴文氏(50)が話題の広末涼子さんの夫のキャンドル・ジュンさん(49)について、ネット上で、「誹謗しすぎ」「胸糞悪い」(「週刊女性」)と発言しているという。

 そもそも、記者会見でのキャンドル・ジュンさんの発言は、公のものであるから、それ自体は何の問題もないことである。
 その発言の内容に対して個人的見解を自身のYouTubeチャンネル上といえども、公に発言するという行為は、まさに嫌がらせすなわちハラスメントという行為そのものではないだろうか。しかも発言している内容が公的なものであればいざ知らず、個人の浮気の問題に対する全くどうしようもない個人的感想をいくら有名人だからといって垂れ流しにすることはあまり品のいいことではない。

導入

前書き

 近年ハラスメントという言葉が周りを飛び交っている。ハラスメントを日本語で言うと「嫌がらせ」である。この原点は漢字の「嫌」という言葉であるが、「嫌」と「ハラスメント」では大いなる違いがある。「嫌」はあくまでも個人の主観であり、ハラスメントは主観に対して、「他」に対する「嫌な思いにさせる」という明確なる客観的行為である。

  言葉というものは恐ろしいもので、それが一旦認知され広まってしまうと、その内容は吟味されることなく、皆さん分かったかのように、さらに拡散されてしまう。しかし一歩振り返って、その意味は日本語でなんだったかなと考えてみると確信を持って答えれる人はそれほど多くはないのではなかろうか。

目次




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漢字「厭」の今

漢字「厭」の解体新書


 

 「嫌」(いや)と「厭」(いや)は、両方とも「いやな」という感情や「いやだ」という気持ちを表す漢字ですが、微妙なニュアンスの違いがあります。

 「嫌」(いや)は、一般的な表現としてよく使われます。他人や特定の状況に対して嫌悪感や不快感を抱くときに使われます。「嫌な人」や「嫌な状況」といった具体的な表現によく見られます。また、否定的な感情や気持ちを強調するためにも使用されます。
 一方、「厭」(いや)は、やや古風な表現で、個人的な感情や心の内面に焦点を当てた表現です。自分自身が何かに対して嫌悪感や不快感を抱くときに使われます。また、自己の意志や好みに基づく拒否感を示す場合にも使用されます。一般的な日常会話ではあまり使用されない傾向がありますが、文学や詩などで見られることがあります。

 このように、「嫌」と「厭」は、感情や気持ちを表す漢字として似ていますが、微妙なニュアンスの違いがあります。

嫌・楷書


 
 
厭・金文
厭・小篆
厭・楷書
  


 

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「厭」の漢字データ

漢字の読み
  • 音読み   ケン
  • 訓読み   いや
意味
  • きらい、きらう
  •  
  • あきる
  •  
  • いや 
同じ部首を持つ漢字     厌 恹 懨
漢字「厭」を持つ熟語    厭人 厭世


**********以上 漢字データ************

漢字「厭」成立ちと由来

引用:「汉字密码」(Page、唐汉著,学林出版社)

唐漢氏の解釈

 「厌」は、「厭」の単純化された言葉です。 金文の「厭」という言葉は、「犬、口、月(肉)」で構成される意味の言葉です。 これは犬の口の中の大きな肉であり、それがいっぱいであることを示しています。

  小篆の「厭」は金文を継承しますが、口に少し追加され、厂が上に追加されており、犬が地面で肉の塊をもてあそんでいることを意味します。 楷書は「厭」と書かれています。漢字が簡素化されるときに、「厌」となりました。

 「厌」は2つの基本的な意味を持っています。1つはYanとして読み、満腹の意味を示します。 「厭」の2番目の意味は、「按、压」などのように、enと読み、呪いや幽霊などの迷信方法によって他の人を制服することを指します。

漢字「厭」の字統P59の解釈

 厂と猒とに従う。猒は厭の初文。

 肙の上部 は肩の骨臼の部分、下部は肉であるから、肙は肩肉 の形。猒は犬の肩肉を牲として、天神を祀る。神意 がそれに満足することを猒という。
 また厭には「笮なり」として圧笮の意とするが、厭は厭勝(まじない)の意。厂は猒を用いる崖下な どの聖所、そこで牲を供えて祀り、祈って禍害を圧する意である。古くは猒を厭の意に用いており、もと同字。
 厂は祭祀儀礼を行なう聖所で、厤は軍礼を行なう意である。厭足・厭飽の意より厭悪・厭嫌の義を生ずる。

漢字「嫌」の字統P261の解釈

 旧字は嫌に作り、兼声。形声文字。
〔説文〕に「心に平らかならざるなり」とあり、不満足とする意。嫌厭・嫌忌・嫌 悪嫌疑のように、他に対する不信の念をいう。 慊など、この声に従うものに、その意をもつものがある。
[礼記、曲礼、上〕に「禮は嫌名を諱まず」とある。


漢字「厭」の漢字源P222の解釈

 猒は熊の字の一部と犬と合わせ、動物のしつこい脂肪の多い肉を示す。しつこい肉は食べ飽きて嫌になる。
 厂は上からかぶせるがけや重しの石。厭は厂+猒」食べ飽きて上から押さえられた重圧を感じることを表わす。


漢字「厭」の変遷の史観

文字学上の解釈

字統には、「嫌」と「兼」の二つの文字について、それぞれの由来を説明するが、それでもなお、「女偏+兼」がなぜ「嫌い」の意味を持つのかの納得ある説明にはなっていない。

「嫌」字統P261
 よみ:ケン・ゲン きらう・あきたらぬ・うたがう
けん 旧字は嫌に作り、兼(兼) 声
 形声
 〔説文〕「心に平らかならざる なり」とあり、不満足とする意。嫌厭・嫌忌・嫌 悪嫌疑のように、他に対する不信の念をいう。

「兼」 字統P257
  ケン かねる・あわせる
  正字は、秣と又とに従う。二禾を併せてもつ形である。〔説文〕に「あわすなり」とし、一禾をもつものは秉、二禾をもつものは兼、ゆえに兼併の意となる。
 〔詩、 小雅、大田〕 「彼に遺秉あり」は落穂拾いをいう。多くのことにわたって修学することを兼修・兼学という。

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まとめ

 漢字「嫌」という字が女へんに兼ねるの文字であると言う説明が有力であるが、一方「兼」という字は稲の二束を表すという。なぜ女が稲の二束を持てば煩わしくなり、いやになるのかの説明がやはりわからない。

 しかし土台が上部構造決定とすれば、この文字の発生には何らかの経済的理由が発生してるのではないかと考えられる。
 私のあくまでも仮説ではあるが、推論をしてみた。
   これは稲の二束はというものは、実際の稲はなくて、稲の収穫単位を表すのではないかということである。
 当時は氏族共同体のシステムをとっていた。男子はあくまで氏族全体に属していた。しかし、女性(この場合奴隷ではない女性)は家を持ち、男は女性のもとに通っていた時代。

 その状況の下で、何らかの理由で、女性2単位分の所有が発生した。この事態は氏族共同体の下では必然的に発生する事態であるが、氏族共同体の所有形態の崩壊にも関わる問題でもあるかもしれない。

 つまり女性が二つの稲の収穫の区画を目の前にし、どちらか一方お選びと迫られた場合、(当然のこととしてその収穫単位の背後にはそれをそれを可能にする若い男の姿が浮かんでくる)その女性は、悩ましいと考え煩わしいとも考えそのような選択を迫られる状況をおぞましいと感じるのは当然のことではなかろうか。

  このことから、「嫌」という事態は、氏姓制度の崩壊を意味する所有形態として、氏族全体としては疎まれていたのではなかろうか。 女へんに稲束が嫌うという意味を持つようになったと考えられないだろうか。

 そしてその事態を、氏族全体としてどうすべきか、犬を生贄として神に御うかがいを立てることを「厭」と表現したのではなかろうか。
 その意味で、「厭」という漢字は宗教的あるいは社会的色彩を帯びていると考える。したがって「嫌」と「厭」の二つの漢字の発生時期は大胆な仮説を許してもらえれば、「嫌う」という漢字が先んじているはずということになる。

  


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2023年6月18日日曜日

漢字「銅」の成立ちは何で、どこから来たのか。金文の「銅」に隠された秘密を探しあてた


漢字「銅」の成立ちは何で、どこから来たのか

導入

 漢字「銅」の成立ちは何で、どこから来たのか。私たちは同じ時期の製造過程を表す「鋳」という文字との対比の中で、その成り立ちと由来を探ってみたいと思います。

前書き

 中国における銅の歴史は非常に古く、青銅器の時代から始まっています。

  1.  青銅器の時代(紀元前2000年頃~紀元前771年頃): 中国における銅の利用は、青銅器の時代に始まります。青銅器は、銅と錫を合金化して作られた器具や武器で、中国の古代文明の発展に大きく貢献しました。青銅器は贵族や王侯の墓から多く発見され、その銅製品は儀式や礼器として使用されました。
  2. 銅の採掘と製錬技術の進歩(紀元前770年頃~紀元前221年頃): 紀元前8世紀から紀元前6世紀にかけて、中国では銅の採掘と製錬技術が発展しました。特に、戦国時代(紀元前475年頃~紀元前221年頃)には、銅の需要が高まり、技術的な進歩が見られました。銅は貴重な金属として扱われ、王朝間の貿易や軍事活動に重要な役割を果たしました。 
  3. 秦漢時代から中世(紀元前221年頃~14世紀): 秦漢時代(紀元前221年~220年)には、銅の需要が増え続けました。この時期には銅銭(通貨)の製造が行われ、銅の採掘と製錬技術はさらに進歩しました。しかし、中世に入ると銅の需要は一時的に低下し、鉄や陶器がより重要な素材となりました。
  4. 清代から現代(17世紀~現在): 清代(1644年~1912年)以降、中国における銅の需要は再び高まりました。銅は建築、工芸品、日用品などさまざまな分野で使用されました。
  5. また、現代に入ってからは、銅は電気伝導性の高い金属として重要な素材となり、電気工業や通信産業で広く利用されるようになりました。 中国の銅の歴史は、古代から現代まで続く長い歴史を持っています。銅は中国の文化の礎といっても過言ではないでしょう。

目次




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漢字「銅」の今

漢字「銅」の解体新書

漢字「銅」の楷書で、常用漢字です。
 左側は「金」で旁は、跪くひとを表すということです。
即・楷書



 
銅・金文
銅・説文解字
 

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「銅」の漢字データ


漢字の読み
  • 音読み   ドウ
  • 訓読み   あかがね

意味
     
  • 金属の一種
  •  
  • 銅のような輝きと光沢をもつ色
  •  
  • 銅でつくられた貨幣

同じ部首を持つ漢字     胴体、筒、桐、洞
漢字「銅」を持つ熟語    赤銅、銅線、銅鏡




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漢字「銅」成立ちと由来

引用:「汉字密码」(Page、唐汉著,学林出版社)

漢字「銅」の字統(P657)の解釈

銅_字統
 銅 形声 声符は同。〔説文〕 に「赤金なり」と あり、周初の [麦鼎] や 〔彔毀] には、赤金を賜うことがしるされている。当時は一般には金と称した。

 銅は各地に産したが、南方淮域には殊に良質のもの を産するので、早くから注目され、周初の〔員鼎〕 には、南征して金を俘獲したことをしるしている。
 春秋期に入って、淮域への侵寇は一そう激しくなり、 [詩、魯頌、泮水〕 〔閟宮〕 や金文の [曾伯しつほ] などには、その作戦の成功をしるしている。[泮水] には淮夷が来って「大賂南金」を献ずることを歌い、 [曾伯しつほ]には「金道錫行」の語がある。

 その地の良質の銅は南金とよばれ、これを獲得するために 金道錫行が啓かれたことが知られる。のちに丹陽の銅といわれるもので、その質は金に類するといわれるほど、良質のものであった。晋の銅鞮、蜀の銅梁も、銅をもって名をえたところである。



漢字「銅」の漢字源(P1639)の解釈

 会意兼形声文字、 穴をあけて突き抜くこと。銅は[金+音符同]で穴をあけやすい柔らかい金属のこと


漢字「銅」の変遷

銅と鋳の生まれ

 漢字の金文の銅と鋳を比較した。この漢字の「銅」は金属の「銅」であり、鋳は鋳造技術の「鋳」である。全く概念が違うので、列挙することは少し問題であるが、古代の銅は鋳造して作られている。左の図を見て真っ先に感じられるのは、銅という文字はかなり文字化され抽象化されているということである。

 一方鋳の字は象形文字というか作業そのものを形に表しているということである。文字としてみれば、銅の方はより高度になっていると言えるともいえるが、逆に形象化することは困難である。

 その意味から漢字で表現する場合もっとも特徴的な事象を字で表すことが有効であると考える。銅を表現する場合に鋳造技術は発達していなかったであろうから、細かい技術を表現することはできなかったと考える。また金属の種類もそれほど多くはなかったと思われ、「銅を鋳造した、鉄を鋳造した」という区別は必要なかったであろう。

     しかし鋳造という技術が確立され、鋳という字は材質と切り離されることとなったため製造過程をそのまま形象して表すしかなかったのではなかろうか。ここに漢字の成り立ちがその土台たる生産過程に依拠するものであったと言えるのではなかろうか。


まとめ

 銅と鋳の1一つの漢字の成り立ちを見たが、私たちはここに漢字の生成の過程の本質をいうことができたように思う。これらの文字の生産過程は、物の生産過程そのものを忠実に反映しているということができるのではなかろうか。




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2023年6月9日金曜日

漢字「漁」の成立ちと由来:漢字「漁」には漁業の発展がそのまま字に反映されていた


漢字「漁」の成立ちと由来

導入

はじめに

漢字「漁」は「魚を釣る」という意味です。これは、「魚」を意味する部首魚と、「水」を意味する発音成分「氵」で構成されています。

 「漁」という文字は、中国の殷王朝 (紀元前 1600 ~ 1046 年) から周王朝 (紀元前 1046 ~ 771 年) 初期まで使用されていた甲骨文字に初めて登場しました。甲骨文字では、「漁」という文字は、網で漁をする人の単純な絵として書かれていました。 「漁」という文字は何世紀にもわたってほとんど変わっていません。

 「漁」という文字は、「漁師」を意味する「漁夫」や「漁業」を意味する「漁業」など、さまざまな複合語で使用されます。

 また「漁」という文字は、「他人の労働の利益を享受する」という意味の「漁翁得利」(漁夫の利という意味)という熟語にも使用されています。

目次

  1. 漢字「漁」の今
    漢字「漁」の解体新書
    「漁」の漢字データ
  2. 漢字「漁」の変遷
      甲骨文字から金文へ
      漢字「漁」の甲骨文字
       漢字「漁」の字統の解釈
       漢字「漁」の金文
      漢字「漁」の金文から小篆への変遷
  3. まとめ



漢字「漁」の今

漢字「漁」の解体新書


漢字「漁」の楷書で、常用漢字です。
 右側は「魚」で、左は「水」を表す「氵」です。
即・楷書
  


「漁」の漢字データ


漢字の読み


  • 音読み   リョウ、ギョ
  • 訓読み  すなどる、いさり、あさる

意味

     
  • すなどる。いさる。いさり。魚介類をとること。
  •  
  • あさる
  •  
  • 探し求める。 

同じ部首を持つ漢字     魚、魯、鰐、鮮
漢字「漁」を持つ熟語    漁業、漁火、漁師




漢字「漁」の甲骨文字

 甲骨文字の漁という字はいずれも水の中で泳いでいる 魚を取る様をそのまま字に表したまさしく象形文字と言えます。字の中に魚をどのようにして取ったかその方法を明確に読み込んでいると言えます。この時代ではおそらく、漁業もそれほど盛んでなかったと見え、魚をどのようにして取ったかがその方法はむしろ中心的な問題であっただろうと考えます。つまり魚を釣ったとか魚をあみで獲ったという方法が人々の間で問題となっていたのではないかと考えます。


漢字「漁」の字統の解釈
 声符は魚。古い字形には釣魚の形に作るものがあり、象形である。〔説文〕には魚に従 う形を正字とし、「魚を捕るなり」という。
 漁は神に供薦するための儀礼として行なわれることがあり、卜辞に「王、漁せんか」「王は往きてとどまりて魚するに、若(諾)なるか」「王はとどまりて魚すること勿きときは、不若 (不諾)なるか」と王の行為としてトするものがある。


漢字「漁」の金文

 ところが時代は下って金分が使われるような時代になると漁という字はそれほど象形的なもので、なくなり魚をどのようにしてとったかという方法は消えうせ、どのような方法を使ったにせよ、魚を捕獲するということを示す概念が重要になってきたと考えられます。そのため漁と言う漢字はより抽象的になり統合的になり、魚を捕るという行為そのものが漁という物事の本質を示すものとなってきました。

 



漢字「漁」の金文から小篆へ変遷


漁・甲骨文字
漁・金文
漁・小篆
 その後さらに時代が下って小篆の時代には漁業はすでに極めて一般的なものとなり、改めて新しい概念を盛り込む必要がなくなりました。そのため、漢字の変遷はなくなり、基本的に金文が踏襲されるようになってきたものと思われます。  
    






まとめ

 史的唯物論では人間社会の発展の基礎は経済であるといっています。言い換えれば、人間の社会の発展の土台は経済であるということです。

 私たちは今まで漢字が甲骨文字から金文へさらに小篆へと発展して行く過程をとうして社会の発展を観察してきました。このページで調べた漢字の「漁」という文字の変遷はまさしくという生産過程の発展をそのまま反映したものであったことを確信できます。

 私はこの方法論を今後とも踏襲し、漢字の発展を通して社会の発展を研究し続けたいと思います。



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