2024年2月29日木曜日

漢字「影と陰」はどう違うのか。目に見えるかげと目に見えないかげのどちらが怖い?


漢字「影と陰」はどう違うのか。

影と陰は訓読みをするといずれも「かげ」と読む。この違いは、以前にも、本ブログで取り上げたことがあるので、参照いただきたい。
 漢字「陰」の成り立ちと由来の意味するもの:陰と陽の弁証法と世界観
 ただこの時は「陰と陽」という相反する側面から取り上げた。
 今回は「影と陰」といういわば同義語の側面から迫ってみよう。

導入

毎日ことばで、「影と陰」が取り上げられていたので、後付けをしたい。

毎日ことば 第938回 見えるかどうか
 「影」と「陰」は目に見えるかどうかで 区別します。
  影は「光を遮ってできる黒い 部分」なので目に見えます(影法師など)。
  陰は「光が当たらないところ」なので目に見えません
   「経済発展のカゲで犠牲になる」などは見えない「陰」が適切です。

   https://salon.mainichi-kotoba.jp

押しかけ推薦・一度は読みたい名著  阿辻哲次著『漢字學

漢字學の原点である許慎の「説文解字」の世界に立ち返り、今日の漢字學を再構築した名著

前書き

目次




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漢字「影と陰」の今

漢字「影と陰」の解体新書


 
漢字「影と陰」の楷書で、常用漢字です。
 漢字「影」は構成要素である字素の「景」と「彡」からなる。
 景は説文解字では「光」なりと説明されている。
 さらに、詳しく、說文に「光なり」とし、京声とする。光景とは日の光をいう。(周礼、大司徒〕に「日景を正して、 以て地の中を求む」と日景測量のことをいい、地上千里にして日景に一寸の差があるという。
 もう一方の「彡」は字統によると、毛髪や彩色・光などを示すもので、象形というよりも、象意というべきものであろう。
 〔説文〕九上に「毛飾の畫文なり」とあり、文飾をいう。すべて色彩や形態の美を示し、怒・形・彩・彦・彫・彰・影・修などは その意と説明している。

 この二つの字素の会意で、日の光とそこに現る光線でうまく説明され、整合性が良くとれていると思う。
影・楷書陰・楷書


  
影・小篆
影・楷書
彡・楷書


 

  

「影と陰」の漢字データ

漢字の読み
  • 音読み   エイ
  • 訓読み   かげ

意味
  • かげ: 光が物体にさまたげられた部分
  •  
  • 本物でないもの:人影、影武者

同じ部首を持つ漢字     影、景、杉、形、彫、彩
漢字「影」を持つ熟語    影、撮影、影響、


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漢字「影と陰」成立ちと由来


 漢字「影」の原字は「景」である。説文にも「影」の字は収められていない。


漢字「影と陰」の字統の解釈

 会意 景と彡とに従う。景は影の初文。
 のち光や音などを示す彡を加え、影の意に用いる。
 〔説文〕 にみえず、〔玉篇〕に至って収めている。諸経籍の影字はもと景であったらしく、〔顏氏家訓、書証〕 に、影字を作るものは晋の葛洪の〔字苑〕にはじま るとする説がみえている。
  また、白川博士は字統の中で、影の原字は「景」であるとする、形声 声符は京。說文に「光なり」とし、京声とする。光景とは日の光をいう。(周礼、大司徒〕に「日景を正して、 以て地の中を求む」と日景測量のことをいい、地上 千里にして日景に一寸の差があるという。


漢字「影と陰」の漢字源の解釈

会意兼形声文字 景は「日+音符 京」からなり 日光に照らされて明暗のついた像のこと。影は「彡(模様)+音符 景」で、光によって 明暗の境界がついたこと。特にその暗い部分。


漢字「影と陰」の変遷の史観

文字学上の解釈


古代人たちは、目に見えないものを恐れの対象と認識し、目に見える影は、改めて識別する必要がなかったのかも知れない。このことから考えると、古代人にとっては、目に見えるものがすべてであり、目に見えないものは、自分たちの認識を超えるもので、それが何者であるのか見当もつかなかったのではないだろうか。つまりそこには神の世界というか自分の認識を超えた畏怖すべき領域にしか映らなかったのではなかろうか。

漢字「影」は景と彡からなり、さらに景は「日+音符 京」からなり、 日光に照らされて明暗のついた像のを意味する。影は「彡(模様)+音符 景」で、光によって 明暗の境界がついたこと。特にその暗い部分。
 こうして漢字生成の過程を跡付ければ、漢字が実に論理的に構成されていることがわかる。





まとめ

   漢字「影と陰」の成立ちから人々の事物の認識の過程を跡付けてみた。もちろんこの仮定は、たわごとにしか過ぎない仮説であるかもしれないが、これが仮設でなくなる日も遠からずあると信じている。
  


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2024年2月12日月曜日

漢字・自の由来と成立ち:「自」は人間が他に対し自を人類史上、初めて認識(表現)した文字ではないだろうか


漢字・自の由来は「鼻」である。人が初めて自分を他と区別した文字ではないだろうか

 鼻は顔の真ん中にあり、人は自分のことを鼻を指し「俺」という。これぞ正に、人間が他に対し自を明確に、初めて認識(表現)した最初ではないだろうか

導入

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漢字學の原点である許慎の「説文解字」の世界に立ち返り、今日の漢字學を再構築した名著

前書き

目次




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漢字「自」の今

  「自」はもともと鼻の形を表した象形文字である。甲骨文字の上部は鼻柱の様だし、下部は左右の鼻孔。  金文の字形は鼻の山根の部位の皺を強調しているが、甲骨文字の形状とは似ていない。小篆字は金文から発展させたものだし、楷書はこの流れで「自」と書いた。

  「自」の本義は鼻である。かつて人々は話の中で自分のことを強調する時、常々親指で自分の鼻を指していた。この為、「自」は自分の意味を表示するのに用いられた。

 自白、自己の如く第1人称代詞になった。鼻は大気を吸って体内に入れることから、正に体内の排気、呼出の効能を持つ。この説は古今東西正しいものと受け止められているようだ。
 「自」から拡張され「従、由」という意味になったことから、自然的と同義となって、副詞や介詞に用いられた。「自生、自滅」のように、自然の生長と滅亡と解釈され、而して自、自古の自、即ち介詞に用いられるようになった。
 意味の同じ従、由には「自」を当て更に多くのところで運用するようになって以降、人々は新しい「鼻」という字を作り「自」の本来の意味にとって替えるようになった。
 「鼻」の上部は「自」という字で、下部は「異」という字で「通じる」という意味を兼ね備えている。また読み音も表示している。


このページは以前にアップした記事を全面的に修正・バージョンアップしたものである。


漢字「自」の解体新書

漢字「自」の楷書で、常用漢字。
 
自・楷書


  
自・甲骨文字
自・金文
自・小篆


 

「自」の漢字データ

漢字の読み
  • 音読み   シ、ジ
  • 訓読み   はな、みすから、もちいる

意味
  • 自分
  •  
  • から、より
  •  

同じ部首を持つ漢字     自、息、臭、臬
漢字「自」を持つ熟語    自、自分、自他、自然、


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漢字「自」成立ちと由来

引用:「汉字密码」(Page、唐汉著,学林出版社)

唐漢氏の解釈

   「自」と「鼻」の間の関係は古今字となっている。「自」は古字で主には拡張した意味に用いられている。「鼻」は今字で「自」の原義を表す。即ち呼吸と嗅覚器官の意味である。「鼻音、鼻水、鼻青脸肿(殴られて鼻青黒く、顔がはれ上がる様)」等の言葉の中の「鼻」 の字である。   鼻は顔の中で突出した部位である為、人の顔の美観上重要な作用を持っている。  《列女伝》の中に紹介されている「梁高行」はこの一例になっている。梁高行は梁某の妻であった。見目麗しく、聡明で、未だ花も実もある時に夫を失ってから、却って子供の面倒をよく見て、どうしても再婚しようとしなかった。梁王が人を家に差しやって媒酌の労を取ろうとした。梁高行は鏡に向かって自分の鼻を切り落としてしまった。彼女は使いの人に向かっていうに「私は我が子が孤児になるのが忍びがたく自殺できません。私は自分の鼻を切り落としました。あなたはどうか私を放っておいてください。梁王はそれを知って彼女を敬い「梁高行」という名を与えた。  この故事の中で梁高行はなぜ耳を切らなかったのか、なぜ指を切断しなかったのか?それは鼻が容貌上の位置が別の器官と比べて非常に重要だったからである。

漢字「自」の字統P380の解釈

 自 象形
鼻の形。〔説文〕四上に「鼻なり。鼻の形に 象る」という。ト辞に「・・・・・・自り······至る」の用法があり、金文には他に「自ら寶障彝を作る」のように用いる。


漢字「自」の漢字源の解釈

 象形: 人の鼻を描いたもの。
 「私が」というとき、鼻を指すので、自分の意に転用された。
 また出生の時、鼻を先に生まれ出るし、鼻は人体の最先端にあるので、「・・から起こる、・・から始まる」という起点を表す言葉となった。


漢字「自」の変遷の史観

文字学上の解釈

 
 甲骨文字の2款を列挙した。単なる象形文字ではなく、事物の特徴を捉え表現しようとする過程が表れていて面白い。しかし事物を見たままを表現しようとしたものではなく、特徴をとらえて記号化しようとした意図が明確に読み取れる。


 
 物事を認識し、表現しようとする思考過程が、甲骨文字と小篆の中間の過程であることがこうして比較してみると明らかになる。そして、金文の後期になると、小篆の時期と被るのか、極めてよく似た記号化(文字化)が表れている。


 
 象形により伝えることが、よりシンプルになっている。
 具象的なものが、抽象的になり、記号化され書くことが簡単になっている。甲骨から金文さらに小篆の過程を見ると、文字化が深まるにつれ、人間の認識の過程を辿ることができて面白い。




まとめ

 甲骨文字から小篆の過程を辿ると具象的なものが、抽象的になり、記号化され書くことが簡単になっている。文字化が深まるにつれ、人間の認識の過程を辿ることができて面白い。

漢字・自の由来は「鼻」である。人が初めて自分を他と区別した文字ではないだろうか
 鼻は顔の真ん中にあり、人は自分のことを鼻を指し「俺」という。これぞ正に、人間が他に対し自を明確に、初めて認識(表現)した最初ではないだろうか

  

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2024年2月6日火曜日

漢字「若」の起源と由来:女がすべてを受け入れる徴か、神の託宣の受け入れか、文字の生れた社会的背景は?


漢字「若」の起源と由来:女が愛する者のために髪を解く様か、神の啓示に無我の境地に入ったのか?

 「若」という漢字の解釈は、一人の膝まづいた女性が髪の毛を直しているようだ。その様は女性が恍惚として、自らの髪に手をかけているのでのではないかという認識ではどの学者も一致しているようだ。しかし、なぜ女性がそのような状態にあるかということについては、諸説の解釈に大きな開きがある。

  1. 一つは愛する者のために、受け入れることを承諾した後、髪の結えをぬき解き、頭髪をばらすことである。
  2. もう一つは、巫女がエクスタシーの状態にあり、手を掲げ、跪いて神託を受けている形である
  3. さらにもう一つは、しなやかな髪の毛をとく体の柔らかい女性の姿を描いたものという状況の描写をしたもの

 そして、この文字の史的変遷を見ると、甲骨文字と金文には多くの異体字が存在する。甲骨文字はどの形も一見髪を振り乱している女性しか表現されていないように見えるが、金文になって初めて、「口」が付け加えられている。これは何を意味しているのか。白川博士の言う通り、神の託宣を入れる「サイ」が加えられ、この女性が巫女で神の託宣を受けるときのエクスタシーを示しているのであろうか。とすればこの漢字の持つ若いという意味はどこから出てくるのか疑問は深まるばかりである。いずれにせよ、漢字にまでしなければならない社会的背景と欲求は何なのか?

   このページは以前にアップした以下のコンテンツを加筆・補強したものである。参照されたい。
    《漢字「若」の起源と由来:女が髪の毛を解くときを表す》


導入

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漢字學の原点である許慎の「説文解字」の世界に立ち返り、今日の漢字學を再構築した名著

前書き

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漢字「若」の今

漢字「若」の解体新書

漢字「若」の楷書で、常用漢字です。
 
若・楷書


  
若・甲骨文字
若・金文
若・小篆


 

「若」の漢字データ

漢字の読み
  • 音読み   ジャク
  • 訓読み   わか

意味
  • 「わかい」
      「草木などが生えてからあまりたっていない(若芽)」
       できてからの時間が短い
  •  
  • 多くはないが、少しばかり(若干)
  • もしくは(あるいは、または)
  • 比喩を示す(~ごとし)

同じ部首を持つ漢字    若、諾、鍩
漢字「若」を持つ熟語    若、若干、若輩、若芽


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漢字「若」成立ちと由来

引用:「汉字密码」(Page、唐汉著,学林出版社)

世俗的解釈

 甲骨文字の「若」は象形文字だ。まるで一人の膝まづいた女性が髪の毛を直しているようだ。金文の「若」は甲骨文を引き継いでいる。小篆の「若」の字は、草かんむりと右から出来ている会意文字である。楷書は之によって「若」と書く。

 古語の中で「女は己を喜ばせるものの為に受け入れ、士は己を知る者の為に死ぬ」という格言がある。これは女は自分を好いてくれる人の為に装うということだ。しかし女性はどんなときにも、自分を好いてくれる人の為に装うのだろうか。 明らかに男と会うことを承諾した時、このように工夫を凝らして装うものだ。角度を変えていうと、女性はどんな時に頭の上に一杯挿した飾りを抜くのだろうか。明らかにただ愛をかわすために寝る時だけだ。
だから、「若」という字の起源は、承諾した後の髪の結えをぬき解き、頭髪をばらすことである。その本意は「承諾、応諾」ということである。発音は「うんうんはいはい」から来ている。
この解釈は、前回このブログで披露した見解をそのまま再度アップしたものだ。ただ、おそらくこの見解は、一つの意見であることを別として、現在は多くの同意を得るのは困難になってきているだろう。
 人々の意見は、当時と大きな変化をしていると考える。難しいのはこの議論が今から数千年前の事象についての議論だから、現代人の感覚がそのまま当てはまる訳はないことである。
  

漢字「若」の字統の解釈

 巫女がエクスタシーの状態にあり、手を掲げ、跪いて神託を受けている形である。

 その本義は、神がその祈りに対して承認を与えること、すなわち諾の初文。
 ト辞に「王、色を作るに、帝は若 (諾)とせんか」「帝は若とせざるか」、また「帝は 若を降さんか、不若を降さんか」のようにトする例 が多く、「不若」とは帝意が承認を与えない意である。それで「若を降さんか、ㅉ(祐)を愛(授)け んか」のようにいい、若は天の祐助を得ることであり、不若とは凶災をいう。


漢字「若」の漢字源P1314の解釈

  象形:しなやかな髪の毛をとく体の柔らかい女性の姿を描いたもの。
  のち、くさかんむりのように変形し、また□印を加えて若の字となった。
    しなやか、柔らかく従う、遠回しに柔らかく指さす、などの意を表す。

 また、この漢字は婉曲表現として「~のごとし」という用法に多く使われており、「如」に通ずる漢字であるとも言われている。

漢字「若」の変遷の史観

文字学上の解釈                

まとめ

         甲骨文字と金文には多くの異体字が存在する。甲骨文字はどの形も一見髪を振り乱している女性しか表現されていないように見える。しかし、この字を生んだ社会的背景はなにか。単に情緒的な出来事を伝えるために文字が生まれたとも思えない。金文の解釈に至ると白川博士の説に真実味があるように思うが・・・。
  


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2024年2月1日木曜日

漢字 春の由来と成立ち:立春の「春」はどこから来たの


2月4日は立春:春はどこから来た?

「春はあけぼの、ようよう明るくなりゆく・・」と枕草子の中で清少納言はうたった。桜が咲き、今本格的な春の訪れを迎え、心もここなしか浮き浮きとなる季節である。
また最近では「もうすぐ春ですね~、恋をしてみませんか」という歌詞も一世を風靡した。猫のさかりの声がやかましくなる時期でもある。
 2月4日は立春である。このところ世界中は紛争や戦争、天変地異と暗い息苦しい状態が続くが、明るい春が望まれる

 この記事は、2014年にアップしたものを全面的に書き換えたもので、いわば旧版のアップグレード版です。
  漢字の成り立ちと由来:甲骨文字の「春」からは、古代の先人たちが春を心から待ち望んでいた様子が窺える!

導入

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前書き

目次




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漢字「春」の今

漢字「春」の解体新書


 
漢字「春」の楷書で、常用漢字です。
 右の「旾」は春の異体字。
春・楷書
春の異体字


  
春・甲骨文字
他の字形と乖離している
 左は木に日、右は屯である
旾・フォントが見いだせないが、
この字に草冠が春の原字であるようだ
旾・フォントが見いだせないが、
この字に草冠が春の原字であるようだ
春・小篆


 

「春」の漢字データ

漢字の読み
  • 音読み   シュン
  • 訓読み   はる
  • 異体字   旾

意味
  • 季節の名前
  •  
  • 比ゆ的に厳しい状態から一気に解放された状態をいう 青春
  •  

同じ部首を持つ漢字     屯、蠢、頓、純
漢字「春」を持つ熟語    春、青春、新春、


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漢字「春」成立ちと由来

引用:「汉字密码」(Page、唐汉著,学林出版社)

唐漢氏の解釈

  春の原本は会意文字である。甲骨文字の左辺は上下に分かれ、「木」の二つの部分である。木の中間に「日」があり、太陽が昇ることを表している。字の右辺は「屯」であり、潜り込んだ根が発芽することを表している。明らかに春の字の本来の意味は太陽の光が強くなり草木が生え出す時期を表している。

 金文と小篆の春は甲骨と比べ字形は均整化されている。
 上部は草冠、中間は「屯」の字で下部は「日」である。以後隷書の変化を経て今日の字体となり、「草」、「屯」の字は最早現らわれていない。

 しかし「春」は一年の開始を示し、この本義はずっと変わらずにいる。春のような景色は「春色」「春光」といい、春の農繁期は「春忙」といい、30歳になると赤い紙に吉祥の文字を対連で「春联」などなど。古代文学者は大変多くの草木の生長する様を描写して、「春に至りて江南の花自ら開す」「春の到来を人は草木に先んじて知る」「春に至れば人間万物鮮やかなり」など、これらの詩句春に万物が萌出る現象を表現している。又「春」という字から始まる成語も多数ある。



漢字「春」の字統の解釈

 形声文字: 屯声。〔説文〕「下に「推なり」と訓し、字形を「日と䒑クサと屯」に従い、屯の亦声」とする。屯を亦声とするのは、屯を草木初生 のとき、屯蹇(伸びなやむ)の象とみるものであ るが、屯は絶縁(へりぬい)の象であるから、声符とみるべきである。「推 なり」の訓は春と双声の字で、〔礼記、郷飲酒義〕に「春の言たる、蠢なり」と、万物の蠢動をはじめ る時期とする。

四季の名は、西周の金文に至るもな おその徴がなく、ト辞中に四季の名に擬せられているものは、にわかに信じがたい。陳夢家の〔殷虚卜辞綜述〕に、屯・楙を春、龝を秋とするが、季節名として用いるものではない。

夏は〔製公設〕に「夏」の語があるも、これを春夏の意に用いた例がない。ただの (春秋)に四季をもって月の名を象け、「春正月」のように言う。春はおそらく陽光の関係のある字で、動く、輝くの意を持つ語であろう。




漢字「春」の漢字源P708の解釈

会意兼形声。異体字 旾
 屯は生気が中にこもって、芽がお出でるさま。春はもと「草+日+音符屯」で地中に陽気がこもり、草木が生え出る季節を示す。ずっしり重く 、中に力が起こもる意を含む。



漢字「春」の変遷の史観

文字学上の解釈

「春」は異体字も含め、多くの字体が存在する。

字統では、季節を表す漢字が生まれたのは、春秋戦国時代になってからという。しかし、唐漢氏は甲骨文字の時代から季節を表す漢字は存在していたと主張する。真偽のほどは分からないが、人間が少なくとも農業を営むようになってからは、季節を明確に認識していただろう。ということは季節を表す文字も早くから出来ていないはずはないと考える。


まとめ

  

 春はここにあるように、草木がもえ出る様子を表したものであり、夏は暑い最中に人が扇ぐ様子、秋は虫を象し、冬は狩猟道具を具象して漢字がつくられてきた。漢字の創成、発達の歴史を見るとやはり人々の暮らしの中から生れ育まれてきたものであることは間違いはないようだ。甲骨文字が卜術の中から生成されたから宗教的意味合いを強調される向きもあるが、基本は人々の生活の営みを外すわけにはいかない。その意味で、まだまだ漢字の研究は解き明かさなければならない任務を持っているといえよう。

  


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漢字・加の由来と成立ち:太古の昔、農耕の急速な発展は漢字の成立ちまでも大きく変えた


漢字「加」の成立ち:女+力の会意で、なかったものに新たに追加されることを意味した


 漢字「加」という字は、甲骨文字から金文に至るまでに、劇的な変化をしている。
 甲骨文字では、字の構成要素に明らかに「女」の象形が使われ、、金文では「女」の象形は消え、その代わり「鋤」の象形が使われ、「サイ」という祝禱を入れる器が現れている。甲骨文字の時代には、いまだ女性崇拝は残り、子供を産むという生産性に畏敬の念を持っていたものが、金文の時代には、農業の発展により、人々の関心がより即物的な事物、つまり食料の生産に移ったのかも知れない。

 人々の間には「子供を産むこと」自体はそれほど努力しなくてもできる。しかし、コメや食料はかなりの手をかけないとできないと価値観が変わったのかも知れない。最もこの見立てはあくまでも仮説にしかすぎないが・・。

導入

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漢字「加」の今

漢字「加」の解体新書


 
漢字「加」の楷書で、常用漢字です。
 左側は「力」で語義は、鋤を表すということである
加・楷書




「加」の甲骨文字は、『女+耜(スキ)』である。それが金文になると。耜+口(但し字統によるとサイという祝禱を入れる入れ物)に変化し、小篆では文字化の過程で、より図式化した耜の形に変化した。甲骨文字から金文までの過程で文字の大変容をもたらすような大きな変化は何か。  
加・甲骨文字
女+力
加・金文
甲骨文字から変遷し、鋤と「サイ」で鋤を清め生産の高めることを祈った
加・小篆
金文を引き継ぎ、文字化のレベルが高まっている


 

「加」の漢字データ

漢字の読み
  • 音読み   加
  • 訓読み   くわ(える)
意味 
  • くわえる、くわわる  増す、多くなる」(例:増加) 
  •  
  • くわえて、その上に
  •  
  • 足し算   例:加算

同じ部首を持つ漢字     伽、賀、迦、
漢字「加」を持つ熟語    加算、加害、加圧、加減、加持、加護


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漢字「加」成立ちと由来

引用:「汉字密码」(Page、唐汉著,学林出版社)

漢字「加」の字統の解釈


 会意文字:力と口に従う。「力」は鋤の象形。口は祝禱の器の形で「サイ」。
「加」はもと鋤を清めて生産力を高めるための儀礼をいう。鋤を祓い清める礼で農耕の始めに秋の虫害を避けるため、鋤に修祓を加えるのが例であった。


漢字「加」の漢字源の解釈

 会意文字:手に口を添えて勢いを助ける意を表す


漢字「加」の唐漢氏の解釈

 加は会意文字である。甲骨文字の左辺は女の人の象形文字で、右辺は男の子を表している。金文の加の字は改めて新たな構造形となっており、下辺は女の子を表す。やはり会意方式で、もう少し意味があり、男の子を産み落としている。
 


漢字「加」の変遷の史観

文字学上の解釈

漢字「加」の変遷を色々当たってみたが、左に「女」+右に「力(鍬の象形)」で構成される甲骨文字は「汉字密码」(P542、唐汉著,学林出版社)のみで見出され、それ以外の文献では、「加」の甲骨文字は見出されなかった。なぜ「加」の文字に「女」が入っているのか、唐漢氏の説明によれば、この耜は男の子を生んだことを表しているという。太古の昔、女が女を生むことは現象的にも普通のことであるが、男の子を産むことは、どうしても理解できなかったのではないだろうか、しかし現実には特別に良いことであると考えられていた。男の子が生まれたことを「加」と表現していたというのである。

 しかしこの解釈には、あまりに飛躍があり承服しがたい部分はあるが、「加」の甲骨文字もないというのも、逆に不自然で、あってもいいのではという意味でここで取り上げることとした。

まとめ

 甲骨文字の「加」は、「女+耜(スキ)」から成る。時代が下るにつれ劇的に変化する。その訳は、母系制社会から、生産力の高まりと主に父系制社会に変化したことである

  

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