2024年4月25日木曜日

漢字 罷の意味と使われ方。 罷の成立ちから、罷免から免れ対応する方法が分かる?


漢字 罷の意味と使われ方。 罷の成立ちから、罷免から免れる方法が分かる

 漢字「罷」は网と能からなる。
 网は網、能は大型の熊を表す漢字であったが、後に「網で動物を捕まえる」という意味から、「追い払う」「やめる」という意味に転用された。
 今では、罷という漢字は、日本の「労働組合法 第5条2項 8号」等に、ストライキを規定する用語『同盟罷業』に見られるのみで、殆ど死語となっている。しかし、罷免、罷業などは、時々マスコミにも登場する非常な重要な概念ですので、ここでしっかり把握しておけば、理不尽な「罷免」などに対応するヒントが得られるかも知れない。
 このブログの性質上、個々の問題に対応する役割を担っていないので、せめて心構えはどうあるべきかヒントでも出せれば幸いだ。

導入

押しかけ推薦・一度は読みたい名著  阿辻哲次著『漢字學

漢字學の原点である許慎の「説文解字」の世界に立ち返り、今日の漢字學を再構築した名著

前書き

目次




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漢字「罷」の今

「罷」を含む熟語
  • 罷業 同盟罷業 、罷工(罷業と同じ意味) 工事をわざとやめること。また、業務をやめること。ストライキ。「同盟罷工」
  • 罷弊(現在では疲弊という用語のほうが多用される)
  • 罷免 職務を強制的にやめさせること、もしくは職務上の地位を解任すること。免職。特に罷免は公務員、それも一般の公務員ではなく、主に国務大臣や裁判官、検察官など特別な任用の公務員に対して使われる表現となっている。公務員の地位・選挙権・投票の秘密について規定している日本国憲法の第15条には、「公務員を選定し、及びこれを罷免することは、国民固有の権利である」と書かれている。つまり、公務員を罷免することは、憲法によって保障された国民の権利であることが明示されいる。これに対し、一般の公務員は、労働契約上の話とみなされるので、「罷免」とは範疇が異なる。
     一方同じような意味の言葉に「解雇」があるが、解雇は、労働契約に基づく用語で、罷免とは意味合いが異なるので、注意が必要だ。

漢字「罷」の解体新書

漢字「罷」の楷書で、常用漢字である。
罷の簡体字は、罢と書くが、「能」の字の代わりに「去」を当てた理由は、意味的な関連性という説もある。
 罷:やめる、止める
 去:去る、離れる
 「罷」の持つ「やめる、止める」という意味合いと、「去」の持つ「去る、離れる」という意味合いは、確かに関連している。
  さらに、簡体字化が推進された1950年代から1960年代にかけての中国では、政治的なイデオロギーに基づいて漢字の簡体字化が行われていました。当時、簡素化や画数の削減だけでなく、封建的な思想や古い文化を象徴する漢字を排除する動きも影響したと考えられる。
 「罷」は、古代中国の官職制度に関連する漢字であり、封建的な社会制度を連想させる側面があったが、「去」は、より汎用的な意味を持つ漢字であり、封建的な思想とは結びつきにくいと考えられた。 
罷・繁体字_楷書罷・簡体字_楷書



罷・小篆



「罷」の甲骨文字、金文は見当たらない。漢字「罷」は网と能からなる事から考えると、狩猟技術の発達の進んだもっと早い時期に文字の発達もあってもいいようだと思うが、現実に狩猟技術と「罷」という認識にまでは至らなかったようだ。



 

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「罷」の漢字データ

漢字の読み
  • 音読み   ヒ・ハイ
  • 訓読み   つかれる・やむ・よわい・ゆるす

意味
  • つかれる
  •  
  • やめる
  •  
  • 役目を辞めさせる

同じ部首を持つ漢字     罷、羅、罹、態、熊
漢字「罷」を持つ熟語    罷免、罷業、罷兵、罷工



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漢字「罷」成立ちと由来

引用:「汉字密码」(Page、唐汉著,学林出版社)

唐漢氏の解釈

 「罷」は、会意文字で、下の「能」は熊の初字である。上の部分は冠から垂れ下がった「網」であり、古代人が網を使って熊を捕まえた姿を忠実に表現している。
 簡体字では「罢」と書く。
 「クマ」は動物の中でも強い動物であり、力が強く、凶暴で、多くの能力を持っているため、このような猛獣を狩るには「網」だけが用いられる。 「罷」の本意はクマを網で捕まえることである。 クマが網にかかると、本来の能力を発揮できなくなります。やがて諦め暴れることを辞めてしまう。 「罷」にはやめるという意味があるのは、ここから派生した意味ともいわれている。


漢字「罷」の字統の解釈

 罷は 獣に網する形。その罷れる(つかれる)のを待って、これを捕えるのである。ト文には鹿・豕・雉・免の属に网する形の字がある。能も獣畜の形で、獣がそれを擺脱しようとして、労罷・困憊の状に達するのを罷という。


漢字「罷」の漢字源の解釈

 会意文字。「网+能(力の強いもの)」で、力のあるものが網にかかったように動けなくなる、力尽きて疲れるなどの意を表す。



漢字「罷」の変遷の史観

文字学上の解釈

 漢字「罷」は网と能からなる。
 网は網、能は大型の熊を表す漢字であったということから、ここに熊の各種古文字を列挙した。甲骨文字、金文に至る「熊」の文字は実に生き生きと描かれ、古代人の観察力と描写力には今更ながら驚かされる。説文などでは、「罷」の下部が必ずしも「熊」であったとは断じていないが、古代中国の夏や殷のあった地方では、熊は生態系の頂点に君臨していたであろうし、その熊をターゲットとして、様々な狩猟技術が編み出されていたであろうことは容易に考えられる。少し北に移動すればアムール河の流域にはトナカイを狩猟するエバンキ族が棲息していたであろう。つまりこの地方では実に豊かな生活様式が繰り広げられていたであろうことは想像に難くない。

余談:罷免に対応するには、Chat GPTに丸投げしてみたときの回答が以下の通り

 罷免はある日突然降りかかってくるかも知れない。この災難から逃れるすべを心構えとして持っておくのも悪くはない。

心構え

 罷免から免れる方法は、状況によって異なります。以下に、いくつかの一般的な方法を紹介します。
 罷免を避けるための最善の方法はあくまで一般論ではありますが、職務遂行能力を向上させ、職場規則を守り、職場での倫理に反する行為をしないことです。また、上司や同僚との良好な関係を築くことも重要です。言えることは、王道はないとこです。また全く自分に落ち度や非がない場合でも、突然降りかかってくることもあるでしょう。
一人で悩まず、周りの人の助けも得ながら、明るく・粘り強く頑張りぬくことが何より大切です。


一般論で役に立つかどうかは分からない
 しかし基本は自分自身だ。周りに援助を期待するとしても、自分の代わりにやってくれることを期待してはだめ。

1. 証拠を集める
罷免の理由が不当であると思われる場合は、証拠を集めること。これには、文書、電子メール、証言などがある。証拠は、罷免手続きにおいて、あなたの立場を擁護するのに役立つはず。

2. 弁護士に相談する
罷免手続きについて懸念がある場合は、弁護士に相談することも一法。弁護士は、あなたの権利を理解し、最善の行動方針を決定するのに役立だろう。

3. 上司または人事部に訴える
上司または人事部に、罷免が不当であると訴えることができる。彼らは、状況を調査し、あなたを助けることができるかもしれない。助けを得るというより、改めて自分の主張をする・確認することだ。

4. 労働組合に加入する
労働組合に加入していると、罷免手続きにおいて、組合から支援を受けることもある。組合は、弁護士の費用を負担したり、あなたを代表して交渉したりすることがある。
 しかし、組合は便宜主義的に使うものではなく、あなたの代行を請け負うものでもない。あくまで共に闘うという覚悟が必要。

5. 辞職する
罷免される前に辞職することもできます。これは、あなたの評判を傷つけずに状況から抜け出す方法です。
 これはあくまで最後の手段です。交渉の途中で、安易にこれを匂わせたり、チラつかせたりしてはならない。相手からは、弱点とみなされ、それまでの、すべてのことが水の泡になってしまう場合がある。

罷免を免れるためのその他のヒント
冷静沈着を保ち、礼儀正しく振る舞う。
正々堂々とし、姑息なことは絶対に考えない。
自分の主張はしっかり伝える。
自分の権利を理解する。
必要に応じて、専門家の助けを求める。


まとめ

  「罷」とは力の強いものを、網にかけ諦めさせ、絡めとることだ。このことは「諦めたら終わりだ」ということを示している。混沌とした世の中で、人生、いろいろある。気持ちをしっかり持って、粘り強く闘い抜く決意がますます必要とされる。
  


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2024年4月7日日曜日

漢字 陽と陰の成立ちと由来の歴史学・・人々は最初は陽と影と表現したのではないか


漢字 陽と陰の成立ちと由来の歴史学・・人々は最初は陽と影と表現したのではないか

 このページの表題「陽と陰の成立ちと由来」は、一見いかにもいかがわしい印象を与えている。現代の実証主義的な考え方にならされた私たちは、陰陽と聞くと、即座に陰陽道の「安倍晴明」の名前が浮かび上がり、何か得体の知れないものを感じ取って、それだけで拒否反応を示してしまう。
 陰陽説は、中国春秋戦国時代に生まれたが、それとは別に独自に生まれた五行説と融合し、陰陽五行説として、理論的にも確立されている。

 勿論科学の分野で言えば、多々批判はあるとは思うが、陰陽五行説を単なる観念論として葬り去るのではなく、シッカリ捉えなおす必要はあるのだろうと思っている。

 前置きが長くなったが、陰陽五行説も、今日まで、特に中医学の分野で、中心的認識としての役割を果たしている現実から見て、一概に観念論として片付けてしまうわけにはいかないような気がしている。

このページは「漢字の成り立ちと由来の中に陰に陽に込められた陰陽の謎」を加筆したもの
     また「漢字『影と陰』はどう違うのか」も参照ください

導入

押しかけ推薦・一度は読みたい名著  阿辻哲次著『漢字學

漢字學の原点である許慎の「説文解字」の世界に立ち返り、今日の漢字學を再構築した名著

前書き

目次




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漢字「陽と陰」の今

漢字「陽と陰」の解体新書

 漢字「陽」の楷書で、常用漢字だ。陰という漢字も並列したが、両者とも「阝」(こざとへん)を持っている。これは神梯を表しており、神と現世を繋ぐものと考えられ、神が現世に降りてくるもしくは神が天上に上るときの梯とも考えられている。
 そしてこれらの漢字の旁は、それぞれ、霊気を強めるものと霊気を封じ込めてしまうことをあらわす全く二つのことなる機能を表す漢字で構成されている。4000年前の人々はある意味このような世界観を持った人々だっただろうとも考えられる。
陽・楷書陰・楷書






 陽は人の目に見えて甲骨文字が存在していた。
 一方かげには「影」と「陰」が存在するが、影は光が当たることによって生ずるカゲ(人の目に見える)を影と表現した。一方、人の目に見えないカゲは「陰」という文字で表現した。いずれも甲骨文字は存在せず、後世になって生まれた。   
陽・甲骨文字
陽・金文
陰・金文
陰の甲骨文字はなかった
 



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「陽と陰」の漢字データ

・「陽」の漢字データ

漢字の読み
  • 音読み   ヨウ
  • 訓読み   ひ

意味
  • ひ(日)・・(例:太陽)、ひなた(日の当たる所)、陽光
  • 天・春・夏・日・天子・君主・父・夫などのように、主に積極的・男性的な性質を持つもの」(反意語:陰)
  • 現れる・・ 陽転
  • 明らか・・陽性
  • 目に見える・・陽動作戦
  • 高く、大きい
  • 男性の生殖器(反意語:陰)
使い方
  • 「ひ(日)」  太陽、陽光
  • 「現れる」・・陽転

熟語   陽炎、陽気、陽光、陽性、陽転、陽動、陽石、陽子

・「陰」の漢字データ

漢字の読み
  • 音読み   イン
  • 訓読み   かげ・かげ(る)

意味
  • かげ
  • おおう   
  • くらい
  • ひそかに物事が行われる様・人目に立たず
  • 男女の性器、特に女性の性器を指すことが多い

使い方
  • 「陰」・・・人には見えない、人のいない所(例:陰に隠れて悪口を言う、陰語
  • 「影」・・・光がさえぎられてできた黒い部分、はっきりしない象形(例:人影)

熟語   陰湿、陰部、日陰、陰険 陰徳、陰謀、陰気、陰性、光陰


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漢字「陽と陰」成立ちと由来

漢字「陽と陰」の唐漢氏の解釈

引用:「汉字密码」(P273、唐汉著,学林出版社)
・陽の唐漢氏の解釈
 「陽」は会意文字である。甲骨文字の左辺「阜」の原本は上古時代の梯子の象形デッサンである。この表示にはいくつかの階段状の山波があり右側には「日」で、太陽だ。下部は陽光が反射する符号Tがある。字形全ての会意で、陽の光が山波の上に照射している状態だ。いわゆる陽の本義は陽光の照射だ。このことから拡張して、山の南面に向かって日の指すところ、山の丘の出っ張った場所を示している。小篆の「陽」の字は変化し阜と陽とで形声字となった。楷書はこの関係から「陽」簡体化して「阳」となった。

 
・陰の唐漢氏の解釈

 「陰」の左辺の記号は、丘の略記だ、もしくは高い大きな土の丘だ。右辺の上部は「今」の字でもとは男子の射精を示す。下部は「云」の簡略記号で、個々の陰の字は下に雨を降らせる雲だと表示できる。小篆の陰の字は二つの書き方に分離し、一款は「陰」の字で、説文では「陰、暗」と解釈する。もう1款は説文では雲が日を覆うなりとしている。
 

 「陰陽」は一対の概念で、中国文化の中でも非常に深遠な意味を含む。地理の概念を含み山と水に対して中国式の区分をなしている。これは山の南面、水の北面は陽をなし、山の北、水の南は即ち陰となる。この観念の深い影響は地名の呼称に出ている。

 中國人は山水には陰陽があるばかりではなく、人事万物全てに陰陽の共存しないところはない。互いに転化しかれこれ対立し統一する状態にある一陰一陽道と称する、陰があれば陽がある。陰陽は一つの範疇、古代哲学思想の中で最も早く芽生え、影響も深く、弁証法的色彩も濃く、最も広く使用されている。


漢字「陽と陰」の字統の解釈


 声符は昜(よう)。昜は玉光が下に放射する形。玉光には魂振りとしての呪能があるとされた。それを神梯の前に置く形である。陰陽はもと侌昜と記した。昜の日は珠玉の形、下はその光の放射する意。玉光によって清め、霊威を高めることを示す。その霊の働きをまた陽という。


漢字「陽と陰」の漢字源の解釈


会意兼形声文字 原字は侌で、「云(くも)+音符今(含む。とじこもる)」の会意兼形声文字。湿気がこもって鬱陶しいこと。陰は「阜+音符侌」で、陽(日のあたる丘の反対、つまり日の当たらないかげ地のこと。 中に閉じ込めてふさぐの意を含む。

漢字「陽と陰」の変遷の史観

文字学上の解釈

 甲骨文字の時代では、人々は目に見えるものを認識していたのであって、思考は抽象的ではありえなかったであろう。したがって、陽は目に見えるものとして文字化されたと考えられる。

 漢字「陰」は人間の目に見えない抽象的な『かげ』であって、「陰」という字は甲骨文字には存在しなかったであろう。つまり「陰と陽」という概念は時代が下って、人間が抽象的概念をもてあそぶようになってできた文字と考える。





まとめ

 陽と陰という漢字の史的変遷を跡付けた。しかし、人間の思考過程を考ええると初期はあくまでも目に見える、認識できるものを認識していたであろう。思考は具象的で抽象的な思考はとても考えにも及ばないものであったろう。陽と影という対句の概念を表す文字は、「陽と影」という表現が正しかったのではないだろうか。問題はその仮説の裏付けとなる使い方が卜文などに現れていたかどうかである。

  


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2024年4月3日水曜日

漢字「婚」から婚の成立ちと歴史を学ぶ。 今明らかになる結婚は女の昏(たそがれ)ではない!!


漢字「婚」から婚の成立ちと歴史を学ぶ。
「婚」は奥深い!

 婚という漢字の成立ちの紹介です。婚は女偏と夕暮を意味する「昏」の旁の二つの要素から出来ています。
 この記事を読むとなぜ女偏か、なぜ夕暮れ時かが分かります。さらに4千年も前から家を基礎としてきた結婚の長い歴史もわかります。そして「婚」という漢字の成立ちに心の底から納得できるでしょう。

  この記事は2012/03/01にUPした「女の漢字:婚 の由来と成立ち」を全面的に加筆修正したものである。 

導入

押しかけ推薦・一度は読みたい名著  阿辻哲次著『漢字學

漢字學の原点である許慎の「説文解字」の世界に立ち返り、今日の漢字學を再構築した名著

前書き

 漢字 婚は女偏と昏の会意文字である。昏は夕暮れ・黄昏の意味である。するとこの漢字は「結婚は女の黄昏」という俗説が成り立つ。本当はどうなのか探ってみる。
 「婚」の字は甲骨文字にはないようであり、従って当時はまだ婚姻という概念、実態はなかったのかもしれない。
結婚は、太古においても、家族という概念、実態及びそれを支える社会の諸条件が整い、家族を醸成してきたことが伺える非常に深いものであることがわかる。
 漢字 婚は、家、氏族、国家の成立ちさらに農耕民族と狩猟民族の精神文化の違いまで思い至らざるを得ないものを我々に突きつける。

目次




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漢字「婚」の今

漢字「婚」の解体新書

漢字「婚」の楷書で、常用漢字。
 
婚・楷書


 一番左の款は婚の原字といわれる「昏」の甲骨文字です。こうして並列してみると、「昏」と「婚」の間の関連性はうかがえず、白川博士も言うように別の文字ではないかとすら考えてしまう。  
昏・甲骨文字
婚・金文
婚・小篆


 

「婚」の漢字データ

漢字の読み
  • 音読み   コン
  • 訓読み   よめいりぐ

意味
  • 女性が結婚をして、相手の氏族に入ること

同じ部首を持つ漢字     婚、昏
漢字「婚」を持つ熟語    結婚、婚姻、婚姻、婚儀


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漢字「婚」成立ちと由来

引用:「汉字密码」(Page、唐汉著,学林出版社)

唐漢氏の解釈

 婚の字の成立ちは、会意文字であり形声字である。
 金文「婚」の字は仮借によりつくられたであろうが、非常に複雑で、連なっている絵巻のようで、結果的には男女の和合の場面を表すと唐漢氏は考える。
 小篆になると、金文と異なり、字の左は女という字で右は昏の字である。二つを組み合わせると、男女の嫁取りを表すという、社会的な要素が文字の中に反映されるようになっている。
 婚の字の由来は、婚の字の昏は古代にはたそがれ時に嫁婿取りが行われていたことから来たものだ。
 婚の本義は男女双方の正式に結びついた夫妻の意味である。結婚式の礼儀を表す「婚礼のようなものである。
 古代婚姻は家柄を重視したがそのことは結婚する男女の双方の家柄が釣り合っている必要があった。また同姓と結婚しない風習は「国語・晋語四」で曰く「同姓は結婚せず育てても殖やさず」この事は同姓は結婚しても、生育しても栄えないことをいう。
 今日に至っても南方の少数民族の中には未だに之を保っているのもある。 この風習は現代に至っても、中国、朝鮮、オセアニアの一部では守り継がれている。 


漢字「婚」の字統の解釈

形声 声符は昏。
 金文の字形は象形で、爵をもって酒を酌む形。
爵を挙げて行なう礼であったのであろう。また婚礼 は初昏をもってはじまるもので、その次第は婚は昏夕(ゆうべ)の義によるものでなく、昏には共餐の義があるようである。(ここに明らかに、氏姓制度の発達を見ることができる。・・著注)
 婚礼においては、それは三飯三酳の礼として行なわれるものであろう。三酳はわが国の三々九度にあたるものである。

漢字「婚」の変遷の史観

文字学上の解釈

 「婚」は甲骨文字の時代にはなかったのであろう。しかも「婚」の字の成立ちから、氏姓制度の発達を反映したものと推察される。
 つまり、太古の人々が村落で共同生活を営み、しかも生産力がある程度高まり、家族という単位が出来てきたころから、結婚の概念の形成され、婚礼の儀式も形成されてきたのであろう。

 婚の金文3款。実にグラフィックで複雑である。文字というより、これは絵そのものではないだろうか。このような複雑な模様を鋳物にふくためには、鋳物技術もかなり高度なレベルに到達していなければならない。

婚の小篆3款。金文の複雑な字形が、文字としての形態を備えてきている。したがって随分書きやすく、かつ覚えやすくなり、文字としての機能を具備している。





まとめ

 婚の本義は結婚式の礼儀を表す「婚礼」である。それは「氏」という概念の下での「家」が確立された上で、実際の婚姻では、古代から家柄が重視され、しかも結婚する男女の双方の家柄が釣り合っている必要があった。また同姓と結婚しない風習は「国語・晋語四」で曰く「同姓は結婚せず育てても殖やさず」この事は同姓は結婚しても、生育しても栄えないことをいう。要は近親婚を戒めたのではないだろうか。太古の昔から結婚には、等々数々の戒め、しきたりがあり、単なる若者二人が結びついたというのではなく、家族という概念、実態及びそれを支える社会の諸条件が整い、家族を醸成してきたことが文字を通しても、伺い知ることができる非常に深いものであることがわかる。これらのことは、東洋の民族が基本的に農耕民族であり、一方ヨーロッパの民族が狩猟を生業とする狩猟民族であったことと考え合わせると、単に文字の違いではなく、生活様式も全くことなる精神文化の違いにまで考察せざるを得ないものまで感じる。

 また、漢字が表音文字と異なる優れた一面を持っていることもわかる。
  


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2024年4月1日月曜日

漢字・昏の意味は夕暮れ時の暗いこと。由来は部族の婚礼などの饗飲が黄昏時に催されることが多かった事だ


漢字・昏の本義は夕暮れ時である

 「昏」の本来の意味は夕暮れである。しかし、時代が下るにつれ、氏族の婚礼等が黄昏時に催されることが多かったため、氏族の饗飲を表現するものとして、やがて氏族の間の結婚を表現する言葉にも使われるようになったものであろう。

導入

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漢字「昏」の今

漢字「昏」の解体新書

漢字「昏」の楷書で、常用漢字です。
 
昏・楷書


  
昏・甲骨文字
昏・金文
昏・小篆


 

「昏」の漢字データ

漢字の読み
  • 音読み   コン
  • 訓読み   くらい、くらむ

意味
  • くれ(暮)(太陽が沈んで辺りが暗くなる事)
  •   
  • くらい(暗)、目が見えないことから道理がわからない、昏迷
  •  
  • 目がくらくなってみえなくなる。昏睡

同じ部首を持つ漢字     昏、婚
漢字「昏」を持つ熟語    昏、黄昏、昏睡、昏倒


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漢字「昏」成立ちと由来

引用:「汉字密码」(Page、唐汉著,学林出版社)

漢字「昏」の唐漢氏の解釈

  「昏」の本来の意味は夕暮れである。 『説文』は、「昏、日昏也、氐省,氐者,下也。」と説明しているが、甲骨文字の図解分析から、上部の図形の斜線は水面を示し、その下の「垂直の線」は上から下という意味で、水面から下をイメージして造られた言葉で、太陽が下に移動する概念を表している。「昏」は氏と日で構成されており、「氏」は个の繁体字で、太陽が地平線に沈むことを意味する。 この時点ではまだ光が消えておらず、空が完全に暗くなっているわけではないので、「昏」の基本的な意味は夕暮れを指している。

漢字「昏」の字統の解釈

 会意 氏と日とに従う。ト辞に「旦より昏に至る まで雨ふらざるか」、「昏に至るまで雨ふらざるか」 とトする例が多い。
 字は氏に従う形であるが、会意の意味がよく知られない。氏は肉を切る小刀の形。 これによって共同聖餐を行なうので、氏族の字となる。日の形はあるいは肉の形であるかも知れない。
  昏は文献では昏礼の意に用いることが多いが、金文の昏・婚の字形は、爵によって酒を酌む形であるから、ト文の昏の字形とは別系のものである。
 ト文と金文との間に、字形字義の断絶するものがあり、 その関連をうることが困難である。ただ何れも、饗飲のことに関する字形であることが注意される。


漢字「昏」の変遷の史観

文字学上の解釈

 字統では「ト文と金文との間に、字形字義の断絶するものがあり、 その関連をうることが困難である」とている。確かに全く別の字であると解釈せざるを得ない変化である。

 金文の「昏」の字形は、爵によって酒を酌む形であり、ト文の昏の字形とは別系のものである。しかも、小篆の字形とも別系のものと考えられる。

 金文と小篆の間においても、全く関連性も伺えない変化が見て取れる。字形字義の断絶するものがあり、 その関連をうることが困難である。確かに全く別の字であると解釈せざるを得ない変化である。 小篆の字形は氏に従う形である。氏は肉を切る小刀の形とされるが、これによって共同聖餐を行なうので、氏族の字となる。日の形はあるいは肉の形であるかも知れない。
 ここに至って氏族制度の確立の影響を疑わなければならない。氏姓制度が普遍的なものとなったのは、もう少し遡った周朝期と考えられるが、秦の始皇帝が厳格に家父長制を制定したといわれていることから、氏姓制度が確立したのは秦朝と考えるのが自然である。つまり、漢字の昏が金文期には氏族の婚礼の際の爵によって酒を酌む形を表し、時代が下るとそのまま氏族を表すものとなったのであろう。

 

まとめ

 「昏」の本来の意味は夕暮れである。「昏」の甲骨文字の上部の図形の斜線は水面を示し、その下の「垂直の線」は上から下という意味で、太陽が下に移動する概念を表している。小篆の「昏」は氏と日で構成されており、「氏」は个の繁体字で、太陽が地平線に沈むことを意味する。「ト文と金文、小篆との間に、字形字義の断絶するものがあり、その関連をうることが困難である。ただ、いずれにせよ、饗飲のことに関する字形であることが注意され、氏族の婚礼等が夕刻時に多く催されたこととも相まって、氏族の饗飲を表現するものとして、氏族自体を表現するのに定着したものであろう。
  
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2024年3月30日土曜日

漢字・恒は実に意味深いし意味深い:成立ちと由来に迫る


漢字・恒は実に意味深い。それは、この字の成立ちと由来からくる

漢字「恒」の出生の秘密とどうして「恒久・永遠」という意味を持つようになったか?
 もともとは「亘」から来たという。しかし、この「恒」の原字は「亘」ではなく、「亙」ではないかという説がある。ここでは、白川博士や唐漢を逸脱して、大胆に「亘」と「亙」の問題について掘り下げてみる。

導入

押しかけ推薦・一度は読みたい名著  阿辻哲次著『漢字學

漢字學の原点である許慎の「説文解字」の世界に立ち返り、今日の漢字學を再構築した名著

前書き

目次




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漢字「恒」の今

漢字「恒」の解体新書

 左は漢字「恒」の楷書で、常用漢字である。
 右は「恒」の小篆だ。「恒」の原字は「亘」だという。亘には同じ様な字体で、亙という字が存在する。結論から先に言うと、「恒」の原字は「亘」ではなく、「亙」ではないか考えている。
恒・楷書
亘・楷書


  
恒・甲骨文字
恒・金文
恒・小篆


 

「恒」の漢字データ

漢字の読み
  • 音読み   コウ
  • 訓読み   つね

意味
  • 不変、変わりがない
  •  
  • 永久に
  •  
  • 常に、久しい

同じ部首を持つ漢字     亘、亙、姮
漢字「恒」を持つ熟語    恒、恒久、恒常、恒星


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漢字「恒」成立ちと由来

引用:「汉字密码」(Page、唐汉著,学林出版社)

唐漢氏の解釈

 「恒」の甲骨文は「亘」、立心偏はない。
  「亘」の字の上下の横線は天と地を表し、中央には三日月が描かれている。 両形の会意で、上弦の月が徐々に満月に変わっていく様子を意味し、また月が天地に恒常的に存在することを表している。
  例えば、『詩経』では「月のように永遠、太陽のように昇る」というように、「恒」とは、三日月から満月、満月から三日月へと永遠に変化し続けることを指している。

漢字「恒」の字統の解釈

 形声 声符は亘。亘は上下二線の間に弦月の形をえたものであるが、「亘」の篆文と古文との形が著しく異なるので、その初形を定めがたいが、亘・亙の両字が同字異文として存在する。亘・亙はもと異なる字であるにもかかわらず、亘・亙の両字が同字異文として考えられたため、混乱を生じたところがある。


漢字「恒」の説文解字の解釈

 恒、常也。 天と地の上下の間にあって、心と舟とに従う。
 ここでいう舟は三日月のことをいう。太古の人々は三日月が常に変わらずに、天と地の間にあって存在し続けるようにみたのだろうか。



漢字「恒」の変遷の史観

文字学上の解釈

 恒の甲骨文の3款である。


 恒の金文の2款である。なぜ金文になると立心偏が現れたのか。
 この甲骨文から、金文に至るまでの約1000年の変化の過程が、失われた1000年といっても過言ではなく、私にとっては謎である。


 字統では、「亘」の字形について、篆文と古文との形が著しく異なるので、その初形を定めがたいと述べている。
 亘・亙の二字はもと異なる字である。ただ恒をまた亙ともしるし、亘・亙の両字 が同字異文と考えられたため、混乱を生じたところがある。わたる・連なるの訓は、もと舟の形に従う亙の字義である。結局のところ全く訳が分からないことになる。




まとめ

 恒の原字は亘だという説があり、ではその亘という字には、亘・亙の二つの異体字?がある。亘・亙の二字はもと異なる字でにも拘らず、同じ字義を持つものと考えられた。「亘」という字は、もっぱら垣根や石垣のような本来の字義に用いられるようになった。
 一方、「恒」には天上に現れる月が天と地を結ぶ象徴のように「常や不変」を表す意味を持たせ、リッシン偏をつけて明確にしたのではないだろうか。

  


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2024年2月29日木曜日

漢字「影と陰」はどう違うのか。目に見えるかげと目に見えないかげのどちらが怖い?


漢字「影と陰」はどう違うのか。

影と陰は訓読みをするといずれも「かげ」と読む。この違いは、以前にも、本ブログで取り上げたことがあるので、参照いただきたい。
 漢字「陰」の成り立ちと由来の意味するもの:陰と陽の弁証法と世界観
 ただこの時は「陰と陽」という相反する側面から取り上げた。
 今回は「影と陰」といういわば同義語の側面から迫ってみよう。

導入

毎日ことばで、「影と陰」が取り上げられていたので、後付けをしたい。

毎日ことば 第938回 見えるかどうか
 「影」と「陰」は目に見えるかどうかで 区別します。
  影は「光を遮ってできる黒い 部分」なので目に見えます(影法師など)。
  陰は「光が当たらないところ」なので目に見えません
   「経済発展のカゲで犠牲になる」などは見えない「陰」が適切です。

   https://salon.mainichi-kotoba.jp

押しかけ推薦・一度は読みたい名著  阿辻哲次著『漢字學

漢字學の原点である許慎の「説文解字」の世界に立ち返り、今日の漢字學を再構築した名著

前書き

目次




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漢字「影と陰」の今

漢字「影と陰」の解体新書


 
漢字「影と陰」の楷書で、常用漢字です。
 漢字「影」は構成要素である字素の「景」と「彡」からなる。
 景は説文解字では「光」なりと説明されている。
 さらに、詳しく、說文に「光なり」とし、京声とする。光景とは日の光をいう。(周礼、大司徒〕に「日景を正して、 以て地の中を求む」と日景測量のことをいい、地上千里にして日景に一寸の差があるという。
 もう一方の「彡」は字統によると、毛髪や彩色・光などを示すもので、象形というよりも、象意というべきものであろう。
 〔説文〕九上に「毛飾の畫文なり」とあり、文飾をいう。すべて色彩や形態の美を示し、怒・形・彩・彦・彫・彰・影・修などは その意と説明している。

 この二つの字素の会意で、日の光とそこに現る光線でうまく説明され、整合性が良くとれていると思う。
影・楷書陰・楷書


  
影・小篆
影・楷書
彡・楷書


 

  

「影と陰」の漢字データ

漢字の読み
  • 音読み   エイ
  • 訓読み   かげ

意味
  • かげ: 光が物体にさまたげられた部分
  •  
  • 本物でないもの:人影、影武者

同じ部首を持つ漢字     影、景、杉、形、彫、彩
漢字「影」を持つ熟語    影、撮影、影響、


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漢字「影と陰」成立ちと由来


 漢字「影」の原字は「景」である。説文にも「影」の字は収められていない。


漢字「影と陰」の字統の解釈

 会意 景と彡とに従う。景は影の初文。
 のち光や音などを示す彡を加え、影の意に用いる。
 〔説文〕 にみえず、〔玉篇〕に至って収めている。諸経籍の影字はもと景であったらしく、〔顏氏家訓、書証〕 に、影字を作るものは晋の葛洪の〔字苑〕にはじま るとする説がみえている。
  また、白川博士は字統の中で、影の原字は「景」であるとする、形声 声符は京。說文に「光なり」とし、京声とする。光景とは日の光をいう。(周礼、大司徒〕に「日景を正して、 以て地の中を求む」と日景測量のことをいい、地上 千里にして日景に一寸の差があるという。


漢字「影と陰」の漢字源の解釈

会意兼形声文字 景は「日+音符 京」からなり 日光に照らされて明暗のついた像のこと。影は「彡(模様)+音符 景」で、光によって 明暗の境界がついたこと。特にその暗い部分。


漢字「影と陰」の変遷の史観

文字学上の解釈


古代人たちは、目に見えないものを恐れの対象と認識し、目に見える影は、改めて識別する必要がなかったのかも知れない。このことから考えると、古代人にとっては、目に見えるものがすべてであり、目に見えないものは、自分たちの認識を超えるもので、それが何者であるのか見当もつかなかったのではないだろうか。つまりそこには神の世界というか自分の認識を超えた畏怖すべき領域にしか映らなかったのではなかろうか。

漢字「影」は景と彡からなり、さらに景は「日+音符 京」からなり、 日光に照らされて明暗のついた像のを意味する。影は「彡(模様)+音符 景」で、光によって 明暗の境界がついたこと。特にその暗い部分。
 こうして漢字生成の過程を跡付ければ、漢字が実に論理的に構成されていることがわかる。





まとめ

   漢字「影と陰」の成立ちから人々の事物の認識の過程を跡付けてみた。もちろんこの仮定は、たわごとにしか過ぎない仮説であるかもしれないが、これが仮設でなくなる日も遠からずあると信じている。
  


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