漢字「備」の原義は、現代風に言えば「軍備」
サブタイトル:漢字「備」の原義は、「軍備」だけにあらず
近年安全保障が叫ばれ、とりわけ今年に入ってからは、憲法改正、武器輸出が叫ばれ、情勢の急変を感じます。軍備といえば、真っ先に中国の「孫子の兵法」が思い浮かばれますが、孫子は決して「備え」を軍備だけに矮小化はしていなかったようです。
導入
このページから分かること
- 漢字「備」の持つ二つの意味
- 「備」は軍備だけではない
- 中国の軍師・孫子の警告
**********************
まえがき
最近、防災ということがよく言われます。防災の本来の意味は、「災害を防ぐこと」の意味です。しかし、最近では、意味が変化して、「災害を防ぐ」ではなく、「災害に備える」という意味に用いられることが多いようです。「備えあれば憂いなし」と昔から言われています。昔から備えることの大切さを説く戒めの言葉でもあります。昨今では、大事故になって原因を追究された時の逃げの言葉として、「想定外のことです」というのが流行っていますが、備えをしても、備えの想定を超えた事態の発生を言っていますが、実際には、事故のない範囲を想定したに過ぎない場合がありますから、十分な吟味が必要でしょう。
漢字「備」の今
漢字「備」の「漢字の暗号」の解釈
引用:「汉字密码」(P573、唐汉著,学林出版社)「备」は「備」の簡体字です。 「備」は象形文字です。甲骨文字と金文の構造から、形状と用途から備が一種の矢立てと想像は難しくありません。「備」は矢を挿入するためのエビラです。中央に下向きに差し込んだの頭のある矢があります。「備」は、昔は日常生活で普通に使用されていたツールです。
「小篆」の「準備」は変形されており、1つは「人」が偏に加えられており、もう1つは金文の「備」が変化して○となったことです。
楷書の繁体字に借用された「備」はこれに基づいており、簡体字は「備」と备と変化しています。 「備」の本義は、箙に入れること
漢字「備」の漢字源の解釈
会意兼形声。旁は矢を射る用意として入れた矢をそろえて入れた箙をあらわすとして、唐漢氏と同様の解釈。人偏が入っているのは、主役の事故を見越して用意のために揃えておく人の意。漢字「備」の字統の解釈
象形文字。箙の形としている。外を皮で覆って背負えるようにし、中は矢立の象形文字としている。これを負うことを備えるとした。「備え」とは軍備だけにあらず
近年安全保障が叫ばれ、とりわけ今年に入ってからは、憲法改正、武器輸出が叫ばれ、情勢の急変を感じます。残念ながら筆者は軍事には、全くの門外漢ですので、あまり発言権はありませんが、しかし戦後日本の国是にもなってきた『文民統制』の観点からいえば、その立場から今こそ、発言は必要と考えます。
このブログページのタイトルは、「漢字「備」の原義は、現代風に言えば「軍備」です。これで真っ先に思いつくのは、中国の「孫子の兵法」です。
『孫子の兵法』は、紀元前5世紀頃の中国で孫武によって記された最古の兵法書で、全13篇から構成されています。そこで、孫子の兵法を一応掲げてみました。
『孫子の兵法』では、戦わずして勝つことが最優先と覗われ、実際の戦闘だけではなく、外交、情報収集、経済、兵站、地形、農業ありとあらゆることへの配慮が求められています。
過去の教訓からも短兵急なあおりは現に慎まなければならないでしょう。
孫子全十三篇で構成されています。 一覧は下記の通りです。 各篇では、戦争の準備から戦術、スパイの活用までが体系的に説かれています。
始計篇(しけい):開戦前の慎重な計画と勝算の検討
作戦篇(さくせん):戦争にかかる莫大なコストと早期終結の重要性
謀攻篇(ぼうこう):「戦わずして勝つ」ことが最善であるとする戦略
形篇(けい):不敗の態勢(守り)を固め、勝機を待つ構え
勢篇(せい):組織の勢いを作り出し、流れに乗って勝つ方法
虚実篇(きょじつ):敵の弱点(虚)を突き、強み(実)を避ける駆け引き
軍争篇(ぐんそう):有利なポジションを敵より先に確保するための機先を制する術
九変篇(きゅうへん):状況の変化に柔軟に対応し、利害の両面を考えること
行軍篇(こうぐん):地形の把握や敵の動きを観察する具体的な手法
地形篇(ちけい):6つの地形的特徴と、将軍が陥りやすい過失
九地篇(きうち):戦地の状況に応じた9つの心理状態と部隊運用
火攻篇(かこう):火を用いた攻撃の種類と、感情で開戦してはならない戒め
まとめ
備えには大きくいって、「災害を未然に防ぐための手立て」と「災害が起こってからの対応の手立て」の二つの意味があると思います。天変地異は今までは、防ぐことが出来ないと思われてきましたが、近年の研究によればこの自然災害も、人類が生存活動を通して、引き起こした「人災」であるという結論に至っているようです。人類が引き起こしたものである限り、その責任は人類がどれだけ長い時間がかかっても責任を負わなければならないと考えます。そして、天変地異の自然災害に対する備えは、具体的には防災の手立てということになりますが、それでも、孫子の兵法の考え方に立てば、「その事象が起こらなようにする」のが、人間としての務めでしょう。地球が壊れてしまっていないうちにできることは、やり抜かねばなりません。
| 「漢字考古学の道」のホームページに戻ります。
|








