漢字[心]:古代人が心を生命力の中心と認識した事の歴史的重要性に驚嘆!
はじめに
漢字「心」(シン、こころ)は、中国語と日本語の両方において、非常に基本的でありながら奥深い意味を持つ文字の一つです 。
本稿では、この重要な漢字がどのようにして生まれ、その形と意味が時代とともにどのように変化してきたのかを詳細に探ります。
使用者の問いに応え、その起源から現代における意義まで、「心」の変遷を多角的に考察します。この探求は、単に文字の歴史を辿るだけでなく、古代中国の人々がどのように人間の意識や感情を捉え、表現してきたのかを理解する上で重要な手がかりとなります。
文字の成り立ち、古代文字の形、意味の変化、そして文化的な背景といった様々な側面から「心」を掘り下げることで、漢字という文化遺産の豊かさを改めて認識できるでしょう。古代人は狩りを通して、動物の体や人間の体を我々が今思う以上にきちんと把握していた。
目次
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漢字「心」の起源:心臓そのままの象形文字
漢字「心」の今
漢字「心」の成立ち
漢字「心」の楷書で、常用漢字です。 漢字の「心」は、心臓の形を象った象形文字です。心臓は、体全体に血液を送る重要な器官です。そのため、心臓は古代中国では生命の中心と考えられていました。また、心臓は感情や思考の中心とも考えられていました。そのため、「心」という字は、心臓だけでなく、感情、思考、意志、意識、思いやり、愛情など、人間の精神的な側面を象徴する字となりました。 「心」という字は、中国の甲骨文字(紀元前1200年頃)にすでに見ることができます。甲骨文字の「心」は、心臓の形を簡略化した形になっています。 | ||
心・楷書 |
「心」の漢字データ
- 音読み シン
- 訓読み こころ
意味
- ひく。ひきよせる。
- むなしい。から。中空。
- つなぐ。ウシをつなぐ。つながれる。
同じ部首を持つ漢字 忠、応、志、芯、蕊
漢字「心」を持つ熟語 心、中心、心中、偏心、
一口メモ
蕊 読み:しべ 意味: 種子植物の花の生殖器官。雄蕊と雌蕊に分かれる。
飾り紐の先端にある総(ふさ)の根元につけて、紐本体との境をなす飾り。
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漢字「心」成立ちと由来
引用:「汉字密码」(P440、唐汉著,学林出版社)唐漢氏の解釈
「心」これは象形文字である。甲骨文字は心臓の形によく似ている。金文は簡略化していくらか変化している。それでも核心を突いた心の像だ。小篆は心臓の外形像からは変化している。それでも心臓の切開画像のようである。楷書はこれから「心」と書く。
古人が殷の時代から、「心房、心室」をこのように、解剖学的に実に正確に把握し、字の形にしているということは驚きでもある。
「心」の本義は心臓の器官である。心跳、冠心病、狼心狗肺などの中の「心」である。また拡張して心思、心意など。古人は心臓が体に中心にあることを認めていたので、いわゆる中心、中央の意味も出てくる。李白の詩《送翅十少府》にある「流水折江心」の江心とは揚子江の中央という意味である。
漢字「心」の字統(P467)の解釈
象形 心臓の形に乗る。〔説文〕「人の心 なり、土の藏、身の中に在り。
象形。博士設に以て 「火の藏と隠す」とあり、藏(藏)は臓(臓)。許慎の当時には、すべてを五行説によって配当することが行なわれ、今文尚書説では肝は木、心は火、脾 土、肺、腎は水、古文尚書説では脾は木、肺 は火、心は土、肝は金、腎は水とされた。
金文に「心にす」「乃の心を明にせよ」 「心忌せよ」などの用法がある。
心は生命力の根源と考えられていたが、文にはまだ心字がみえ徳や愈など情性に関する字も二十数文をみることができる。文字の展開を通じて、その意識や観念 の発達を、あとづけることが可能である。
漢字「心」の漢字源P422の解釈
象形。心臓を描いたもの。それをシンというのは、しみわたる) (しみわたる)・浸(しみわたる)などと同系で、血液を細い血管のすみずみまで、しみわたらせる心臓の働きに着目したもの。
古代の碑文における「心」
- 甲骨文字(こうこつもじ)における「心」
最も古い漢字の形態の一つである甲骨文字において、「心」という独立した文字はまだ確認されていません 。
しかし、人を正面から描いた「文」(ブン)という文字の胸の部分に、心臓のような形が書き加えられている例が見られます 。これは、古代中国において、心臓が生命力の象徴として捉えられ、一時的な入れ墨(文身)の模様として用いられていたことを示唆しています 。このことから、まだ独立した文字としての「心」が存在していなかった時代においても、「心臓」という概念、あるいはそれが象徴する生命や活力といった意味合いは、他の文字の中に組み込まれる形で表現されていたと考えられます。
ただし、一部の研究では、甲骨文字の中に心臓の断面図に似た「心」の字形が存在するという指摘もあり 、この点については今後の研究の進展が待たれます。 - 金文(きんぶん)における「心」
甲骨文字よりも後に現れた金文(青銅器に刻まれた文字)においては、「心」という文字が独立した形で現れるようになります。金文の「心」は、甲骨文字に見られる心臓の形をより簡略化し、曲線的な表現を持つことが多いです。特筆すべきは、金文の時代には既に、「心」が単に心臓という物理的な器官だけでなく、「こころ」、つまり精神や意図といった抽象的な意味合いを持つ言葉としても用いられていたことです。「乃(なんじ)の心を敬明にせよ」(あなたの心を敬い明らかにしなさい)という金文の記述 は、その一例と言えるでしょう。また、初期の金文には、心臓の内部構造である膜弁のようなものが描かれていたり、中央に点が加えられたりする形も見られます。現代においても、メンタルヘルスのクリニックのロゴマークに金文の「心」が用いられるなど、その歴史的な意義が尊重されています。
漢字「心」の変遷の歴史と認識
器官から知性へ:「心」の初期の意味
「心」の最も本質的な意味は、疑いなく人間の心臓という物理的な器官を指していました 。
しかし、古代中国の人々は、心臓を単に血液を循環させるポンプとしてだけでなく、思考や感情、知性の源であるとも考えていました 。これは、西洋において脳が思考の中心と考えられていたのとは対照的な見方です 。
多くの古代文献において、心臓は「考える器官」として言及されており 、喜びや悲しみといった感情も心臓から生じると信じられていました 。金文に見られる「心」が「精神」や「意図」、「徳性の本づくところ」(道徳的な性質の根源)といった意味合いを持つことも 、この初期の意味の広がりを示しています。
このように、「心」という文字は、具体的な心臓という形から出発し、人間の内面的な活動全般を指す抽象的な概念へと発展していったのです。
唐漢氏は古人は心を一種の感覚器官とも考えていたので、《孟子》の中で言うように「心の官即ち思う」であると考えている。いわゆる心は思想、感情、意念を表すのにも用いられ、心機、心態、独具匠心、心领神会など。「心跟」は一般的に心底、内心を現す。
また「心」は部首字であるので、左辺にあるときは、「リッシン・偏」となり、そうでないときは、"想、愁、慕、念"等のように、下でしっかりと支える形となる。全て心で思うことに関係している。
視覚的な変遷:「心」の字形の進化
「心」の字形は、時代とともに大きく変化してきました。その変遷を主要な書体ごとに見ていきましょう。
- 甲骨文字: 心臓の形を写実的に表しており、内部の構造が描かれている場合や、「文」という文字の中に組み込まれている形が見られます 。
- 金文: 甲骨文字の形を受け継ぎつつも、より曲線的で簡略化された形へと変化しています 。
- 篆書(てんしょ): 秦の始皇帝による文字の統一政策により、字形がより整然とした形になります。心臓の形状を保ちつつも、装飾的な要素が加わることがあります 。
- 隷書(れいしょ): 篆書からさらに変化し、現在の楷書に近い形へと大きく変化します。心臓の面影は薄れ、より記号的な表現となります 。
- 楷書(かいしょ): 現代の標準的な書体であり、四つの筆画で構成される「心」の形が確立します 。
この字形の変化は、使用される筆記具や材料の変化、そして文字の標準化といった要因によってもたらされました 。また、「心」が部首として他の漢字の左側に位置する場合には「忄」(りっしんべん)、下部に位置する場合には「⺗」(したごころ)といった変形した形で用いられることも特徴的です。
まとめ
漢字「心」の成り立ちからその変遷を辿ることで、この一文字の中に、古代の人々の世界観や人間観が深く刻まれていることが明らかになりました。心臓という具体的な形から生まれた「心」は、時代とともにその形を変え、意味を広げ、現代においても私たちの感情や思考を表現する上で欠かせない文字となっています。その変遷は、単に文字の進化を示すだけでなく、人間の内面世界に対する理解が深まってきた歴史を映し出していると言えるでしょう。
「心」という漢字を通して、私たちは中国文化の豊かな歴史と、そこに息づく人々の精神世界を垣間見ることができるのです。この探求は、漢字という文字体系のダイナミックな性質と、それが持つ文化的意義の深さを改めて認識する機会となりました。
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