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2021年2月26日金曜日

漢字の成り立ちと由来:漢字「示」の成り立ちは? 何で「示す偏(ネ偏)」は神様と関係があるの?

漢字の成り立ちと由来:漢字「示」の成り立ちは? 何で「示す偏(ネ偏)」は神様と関係があるの?

甲骨文字の「示」
示ス偏と衣偏
 何で「示す偏(ネ偏)」は神様と関係があるの?
 漢字で紛らわしいものに、示す偏と衣偏があります。示す偏は、私達はカタカナで「ネ」という字で表し、「ネ偏」という言い方で呼ぶこともあります。一方の衣偏の方は「衤」と書き、衣偏と呼びます。この二つの部位は少し紛らわしいのですが、ここにあるように、由来が全く違うのです。見ていただければ、なーんだこんなことかを直感的に分かっていただけるでしょう。  
甲骨文字の「衣」

漢字「示」の読みと成り立ちと使い方:神と祭りの間には

漢字「示」の読み方、呼び方
音読み:① ジ:呉音  例語:指示、示談、公示、告示    ② シ:漢音 例語: 示唆、黙示
訓読み:① しめす ② つげる



漢字「示」が要素となっている漢字
神社、祠、禍、祈、禍、祗、祉、祖、祝、祷

禦、祭、票、宗、祟


漢字「示」の由来と成り立ち
 非常にシンプルな字で、明らかに祭壇を表す、象形文字です。このことから拡張され、「神」を表すようになり、「神」に関係する漢字にはこれが「偏」として付くようになった。


引用:「汉字密码」(P822、唐漢著,学林出版社)
唐漢氏の解釈
 「示」は甲骨文の中で「干、T」」の形をしている。上古時代の供卓のようで、木の表や石柱で祖先の位牌の形をしている。傍と上辺には小さな小点が出ているが、祭祀の際の上下左右のお供え物を表している。金文と小篆の「示」は甲骨文字を受け継ぎ楷書はこの脈で「示」と書く。

 「示」のイメージは将に祭の時に位牌の前に並べられたお供えからきています。又物品であったり、人の生贄であったり、動物の肉体であったりしたものが祖先の神霊に喜ばせるためにお供えされました。甲骨文の中の『示』が語気限られたものに用いられただったのが、大多数に均しくその意義を拡張され、即先公、先王、天神、地抵等"神主"まで祭祀の对象を指すようになった。古文中、祭祀に関係のある文字は「祖、神、祭、祀、祝、祠、社、祈等」であるが、みな「示偏」を持っており、後の人はそれを祭祀の文字とみていたことを示している。


字統の解釈
 神を祭るときの祭卓の形。字形が簡単であるため従来その解釈について諸説がある。「示」は祭卓の形で、その上に祭肉を備える字は「祭」という。 



「漢字の起源と成り立ち 『甲骨文字の秘密』」のホームページに戻ります。

2021年1月19日火曜日

漢字「祭」の成り立ち:肉と又(手を表す)と示(祭卓)からなる。太古の祭りは残酷だった

2021年1月19日 再録

漢字「祭」の成り立ち:生贄を神に捧げる儀式を表現。太古の祭りは残酷だった
 今「祭」は神から離れ現世の喜びを享受を意味する漢字となった?


 祭りには文化祭、歌謡祭、感謝祭、音楽祭など色々あれど、神々の匂いを感じさせるものは今はあまり見ない。なぜ変わった? 漢字の変化ではなく人々の意識の変化?即ち生活の変化?
 上古先民は神を喜ばせ、神の施しを受けることで自分たちの命を永らえることができると信じていた。「祭り」はそのために生贄を生きたまま神に捧げるという残酷な儀式であった。上古先民は血の滴る肉片を祭卓に載せ神に捧げることを進んで喜んで行っていた。 したがって祭りは神に祈りを捧げるための重要な儀式であった。そして漢字「祭」にはそのことをあからさまに示す跡が残されていた。

しかしながら、今では、神社の祭りにしても神々の匂いを感じさせるものは今殆ど見ない。ともすれば、我々は現在の尺度で、物事を見てしまうことがよくある。しかし、今の尺度で物事を見るのではなく、過去は過去の尺度で物事を見るという歴史的な視点が必要である。

 したがって、祭りを調べれば、神々と人間の係わり、言い換えれば人間の精神の進化が跡付けられるはずだ。

「祭り」は生贄を生きたまま神に捧げるのは、現在から見るときわめて残酷な儀式であった。

 その痕跡は世界各地に残された数々の痕跡。
 ともすれば犯罪を犯しているかのごとき評価をすることさえ見受けられる。
  •   日本では、魏志倭人伝には卑弥呼の死に際して、100人あまりの奴婢が殉職させられた記録や諏訪大社の御柱にまつわる伝説、静岡県三股淵の付近では人身御供を伴う祭りが12年毎に行ったという言い伝えが今でも残されている。これは神の怒りを静めるための祭りであったといわれている。

  • 中国では 殷代の紂王以前には、生贄を捧げられ、神の意思を確認したとみられる甲骨文字が出土している。また、殷墟からは850人もの軍隊の人骨や戦車が出土している。あの残虐非道といわれる紂王ですら、奴隷の生贄を中止させたといわれる「慈悲」の心を持っていたと伝えられる。その行為が彼の「慈悲心」から来るものなのか、生産性が下がることを恐れる「合理性」からくるものかは今は分からない。

  • 現代のペルー首都に近いところで1400年代に栄えたチーム王国で140人以上の子供と200頭以上のリャマの生贄して捧げる儀式が行われミイラが残されている

  • また、アルゼンチンの北部の山頂で1999年、インカ帝国時代の子どものミイラ3体が発見されており、保存状態が極めてように安らかな表情で調べているということである。

  • 古代メキシコに出現し強烈な輝きを放ちながらわずか200年ほどで消滅したアステカ王国では、壮大な生贄の祭りが行われたその真髄は人間の血を神々に捧げ神の生き血を人間がいただくことであった。


 このように世界各地の民族で、時の権力者たちが、多くの生贄のささげ、自らの権力を保持するために壮大な祭りを取り行って来た。祭りは現代で喜びや華やかさのみが残ってはいるが、その歴史は実に血生ぐさい歴史の連続であった。

祭りにおける神への祈りと喜びを享受することが乖離
 しかし生産の発展とともに、人々の神への依存が少なくなって、祭りにおける神への祈りと喜びを享受することが乖離するようになった。
 祭りには文化祭、歌謡祭、感謝祭、音楽祭など色々あれど、神々の匂いを感じさせるものは今は殆ど見ない。そして、近頃では、例えばハロウィーンの祭りの如く、人々がかぼちゃの仮面を被って娯楽の側面がクローズアップされているが、、これはもともと「収穫祭」といわれ、収穫の喜びを表わし、神々に感謝の意を示すものでした。
 ところがこれに商業主義が乗っかり、神に感謝することからはなれ、単なるお祭りで騒ぐことに変化してしまっています。

 この原意との乖離の是非はともかく、漢字の世界にも同じようなことが起こっています。

 お祭りで楽しく過ごすこともいいのかもしれませんが、元々は、そもそもは「祭」は神に祈りを捧げるための重要な儀式であったということを思い起こし、一歩後ろに下がって考えてみることもいいことではないだろうか?



引用:「汉字密码」(P819、唐汉著,学林出版社)
唐漢氏の解釈
 「祭」、これは象形文字であり表意文字です。甲骨文にある「祭り」という言葉、右は又(手を表します)、左は肉片、中央の小さな点は肉片に滴り落ちる血を表しています。全体的な意味は、古代の祖先が先祖の神々に犠牲を払うために殺されたばかりの新鮮な肉を使用した儀式を意味しています。
 金文の「祭」という言葉は、血の滴のドットを省略していますが、犠牲の主題と方法を強調して、祭壇または祖先の位牌を表す「示i」という言葉を追加しています。
  小篆の「祭」は、金文を継承し、美しい字体とより対称的な構成になっています。楷書では、この関係で「祭」と書かれます。

上古先民の死生観と祖先を祭ることをどう考えたか
 殷王朝と商王朝の祖先の概念では、先王と皇族は死後、別の世界(亜:かりそめの世界)に行くだけでした。彼らは2つの世界(つまり「复」の構造)を自由に行き来し、現実の世界を支配することができると考えました。(福をもたらし祟りを作る)。

 心の中で常に祖先の霊に対する畏れが膨らんでしまった結果として、祖先は、祖先の神々が何を差し置いても現実の物質的な文明をも楽しむ権利を持っていると信じていました。

 そのため、牛、羊、豚、鶏、犬などの動物、米、穀物、エッセンス、粉などの作物、翡翠、貝、女妾、男の奴婢など、あらゆる物が焼かれたりて埋められたり、河に流したり、お供えをしたりするなど、当然やるべきことを進んで行い祖先の心霊に捧げました。先祖や神々からの祝福や災いを取り除くことを願うと引き換えに、先祖の霊に捧げ献身しました。これが「祭」です。



字統の解釈
新石器時代の祭卓「示」
会意文字。肉と又と示とに従う。示は祭卓です。その上に肉を供えて祭る。祀が自然神を祀るときの字であるの対し、祭は人を祭るときの漢字である。



結び
 祭りは神に人間が生きていること、この世界に自然という恵みを与えていることに対する感謝を表すという崇高なものでした。しかしその実際の姿は、人身御供の世界があり、単に稲や果物や魚などの珍味だけではなしに、奴隷たちが焼かれたり生き埋めにされたりする世界がありました。時には生きたまま体を切り裂かれ内蔵を引き出されるというおぞましい世界もありました。
 人類の歴史には綺麗ごとだけでなく、生々しい惨たらしい世界が長く続きました。そして何より、人類はそのような血だらけになりながらの歴史の中で生きてきた結果として今の私たちがあるということです。

 そしていまでは、祭りには文化祭、歌謡祭、感謝祭、音楽祭など色々あれど、神々の匂いを感じさせるものは今は殆ど見ない。私たちが今見ている世界は、最初から出来上がったものでは決してなかったことを肝に銘じておく必要があります。漢字の中にはそれがしっかりと刻まれています。私たちは、漢字を通して人類の苦悩に迫ることができます。それもまた私たちの人間の使命だと思います。


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2020年8月30日日曜日

漢字「祝」の起源と成り立ちは神の成り立ちまで探る必要があるのか?



 「祝」は今ではそこらじゅうで祝い、喜びを表現しているが、古代には神事に伴う厳粛で、厳かなものであったらしい。神がわれわれに近づいたのか、われわれが神に近づいたものか?

  神のためならなんだってできる。人だって簡単に殺される。では神って何だ!


引用:「汉字密码」(P826、唐汉著,学林出版社)
唐漢氏の解釈
 「祝」これは会意文字である。甲骨文字の右辺は「兄」で本義は話ができる子供のことである。左辺は示偏で祭祀の中で神主の位牌である。ここでは両形の会意でお供えの机を前にして神霊の面前で祈祷をしていることを示している。祭祀者は神主の前に跪いて、ある言葉を念じている。

金文、小篆、楷書の祝うの字は、甲骨文を一脈受け継いでおり、形体は相似。ただし書き方で多少違うところのある。



祝の少し詳しい説明
 「祝」は説文では祭主祭詞者のことと解してしている。みことのりを用いて神に福を求める人。神に仕える者。また拡張して、「司祭者」などの口の中での祈りも指します。






字統の解釈
 示と兄とに従う。 示すは祭卓、兄は祝壽の器を奉ずるもので、祝詔する人を言う。
 白川博士によると「兄」というのは、古代では単なる兄弟の「兄」ではなく、神のお告げを入れる器を捧げ持つ人という特殊な立場の人を指したという。

 説文に「祭りに賛詞を主るものなり」とあり、女の巫を女巫、男巫を祝と言う。



結び




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