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2024年2月6日火曜日

漢字「若」の起源と由来:女がすべてを受け入れる徴か、神の託宣の受け入れか、文字の生れた社会的背景は?


漢字「若」の起源と由来:女が愛する者のために髪を解く様か、神の啓示に無我の境地に入ったのか?

 「若」という漢字の解釈は、一人の膝まづいた女性が髪の毛を直しているようだ。その様は女性が恍惚として、自らの髪に手をかけているのでのではないかという認識ではどの学者も一致しているようだ。しかし、なぜ女性がそのような状態にあるかということについては、諸説の解釈に大きな開きがある。

  1. 一つは愛する者のために、受け入れることを承諾した後、髪の結えをぬき解き、頭髪をばらすことである。
  2. もう一つは、巫女がエクスタシーの状態にあり、手を掲げ、跪いて神託を受けている形である
  3. さらにもう一つは、しなやかな髪の毛をとく体の柔らかい女性の姿を描いたものという状況の描写をしたもの

 そして、この文字の史的変遷を見ると、甲骨文字と金文には多くの異体字が存在する。甲骨文字はどの形も一見髪を振り乱している女性しか表現されていないように見えるが、金文になって初めて、「口」が付け加えられている。これは何を意味しているのか。白川博士の言う通り、神の託宣を入れる「サイ」が加えられ、この女性が巫女で神の託宣を受けるときのエクスタシーを示しているのであろうか。とすればこの漢字の持つ若いという意味はどこから出てくるのか疑問は深まるばかりである。いずれにせよ、漢字にまでしなければならない社会的背景と欲求は何なのか?

   このページは以前にアップした以下のコンテンツを加筆・補強したものである。参照されたい。
    《漢字「若」の起源と由来:女が髪の毛を解くときを表す》


導入

押しかけ推薦・一度は読みたい名著  阿辻哲次著『漢字學

漢字學の原点である許慎の「説文解字」の世界に立ち返り、今日の漢字學を再構築した名著

前書き

目次




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漢字「若」の今

漢字「若」の解体新書

漢字「若」の楷書で、常用漢字です。
 
若・楷書


  
若・甲骨文字
若・金文
若・小篆


 

「若」の漢字データ

漢字の読み
  • 音読み   ジャク
  • 訓読み   わか

意味
  • 「わかい」
      「草木などが生えてからあまりたっていない(若芽)」
       できてからの時間が短い
  •  
  • 多くはないが、少しばかり(若干)
  • もしくは(あるいは、または)
  • 比喩を示す(~ごとし)

同じ部首を持つ漢字    若、諾、鍩
漢字「若」を持つ熟語    若、若干、若輩、若芽


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漢字「若」成立ちと由来

引用:「汉字密码」(Page、唐汉著,学林出版社)

世俗的解釈

 甲骨文字の「若」は象形文字だ。まるで一人の膝まづいた女性が髪の毛を直しているようだ。金文の「若」は甲骨文を引き継いでいる。小篆の「若」の字は、草かんむりと右から出来ている会意文字である。楷書は之によって「若」と書く。

 古語の中で「女は己を喜ばせるものの為に受け入れ、士は己を知る者の為に死ぬ」という格言がある。これは女は自分を好いてくれる人の為に装うということだ。しかし女性はどんなときにも、自分を好いてくれる人の為に装うのだろうか。 明らかに男と会うことを承諾した時、このように工夫を凝らして装うものだ。角度を変えていうと、女性はどんな時に頭の上に一杯挿した飾りを抜くのだろうか。明らかにただ愛をかわすために寝る時だけだ。
だから、「若」という字の起源は、承諾した後の髪の結えをぬき解き、頭髪をばらすことである。その本意は「承諾、応諾」ということである。発音は「うんうんはいはい」から来ている。
この解釈は、前回このブログで披露した見解をそのまま再度アップしたものだ。ただ、おそらくこの見解は、一つの意見であることを別として、現在は多くの同意を得るのは困難になってきているだろう。
 人々の意見は、当時と大きな変化をしていると考える。難しいのはこの議論が今から数千年前の事象についての議論だから、現代人の感覚がそのまま当てはまる訳はないことである。
  

漢字「若」の字統の解釈

 巫女がエクスタシーの状態にあり、手を掲げ、跪いて神託を受けている形である。

 その本義は、神がその祈りに対して承認を与えること、すなわち諾の初文。
 ト辞に「王、色を作るに、帝は若 (諾)とせんか」「帝は若とせざるか」、また「帝は 若を降さんか、不若を降さんか」のようにトする例 が多く、「不若」とは帝意が承認を与えない意である。それで「若を降さんか、ㅉ(祐)を愛(授)け んか」のようにいい、若は天の祐助を得ることであり、不若とは凶災をいう。


漢字「若」の漢字源P1314の解釈

  象形:しなやかな髪の毛をとく体の柔らかい女性の姿を描いたもの。
  のち、くさかんむりのように変形し、また□印を加えて若の字となった。
    しなやか、柔らかく従う、遠回しに柔らかく指さす、などの意を表す。

 また、この漢字は婉曲表現として「~のごとし」という用法に多く使われており、「如」に通ずる漢字であるとも言われている。

漢字「若」の変遷の史観

文字学上の解釈                

まとめ

         甲骨文字と金文には多くの異体字が存在する。甲骨文字はどの形も一見髪を振り乱している女性しか表現されていないように見える。しかし、この字を生んだ社会的背景はなにか。単に情緒的な出来事を伝えるために文字が生まれたとも思えない。金文の解釈に至ると白川博士の説に真実味があるように思うが・・・。
  


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2023年12月16日土曜日

漢字「賢」の由来:神に捧げられた徒隷であった。やがて巫女の仕事もこなすようになり最後は賢者となったかも


漢字「賢」の由来と成立ち:眼を傷つけられた奴隷の多才なるものを意味し、「臣+手+貝」からなる。

 「賢」は「臣」(恭順な奴隷の眼に辛を加えて奴隷の身分を明確にしたものを「臣」という。)の多才なものを取り立てた奴僕を「賢」とした。後に、その社会的地位は上昇し、尊称で呼ばれる存在となったと同時に、奴僕の地位からは解放された。後世『竹林の七賢人』といわれるように、その文芸や諸芸の才能が注目されることとなった。日本の太安万侶のような存在だったか(もっとも彼は徒隷ではなく、れっきとした貴族であったが・・)
 この記事は先にアップした『漢字「賢」の成り立ちから何が見える』を加筆修正したものである。



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漢字「賢」の今

漢字「賢」の解体新書


漢字「賢」の楷書で、常用漢字だ。
 賢の本義は恭順で能力のある仕事のできる人、即ち後世の例えの「徳才兼備」な者をいっている。
 この「賢者」で、すぐに筆者の頭に浮かんだのは、春秋時代の越の宰相。范蠡である。
 この人は呉越戦争の中で、越の再興の最大の立役者であり、国を再考させて後は、さっさと身を引き、他国で事業を起こし、財を成した人である。

 この「賢」と同じような意味の漢字に「敏」がある。「敏」の方は、《論語》の中で、敏捷干事、寡言実行、即ちあまり多くを語らず敏速に事を行うことに重点を置いた才能をいい、これは孔子が心に思う君子のことだ。
賢・楷書




  
賢・甲骨文字
恭順な眼(前の臣の字を参照せよ)と作業する手からなり、良い奴僕の意味だ
賢・金文
甲骨文を引き継いでいる
賢・小篆
金文の漢字の下に財の符号(貝)を加えている。秦漢の時期には仕事が出来る、才能がある、その上に銭がある(金持ち)ことが賢の要件になっている。




 

「賢」の漢字データ

漢字の読み
  • 音読み   ケン
  • 訓読み    かしこ-い

意味
  • かしこい。利口。才知にすぐれた。
  •  
  • まさる。すぐれている
  •  
  • すぐれた人  相手に対して敬意を表すために言葉の頭に冠して用いる

同じ部首を持つ漢字     堅、緊、腎
漢字「賢」を持つ熟語    賢者、賢人


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漢字「賢」成立ちと由来

引用:「汉字密码」(Page、唐汉著,学林出版社)

漢字「賢」の世俗的な解釈

 賢は会意文字だ。甲骨文と金文の構造形は、恭順な眼(前の臣の字を参照せよ)と作業する手からなり、良い奴僕の意味である。小篆の「賢」の字はその下に財の符号(貝)を加えている。秦漢の時期には「賢の標準は昇格して恭順ばかりではなく、仕事が出来る、才能がある、その上に銭がある(金持ち)という意味になっている。

漢字「賢」の神とのかかわり:字統より

 漢字「賢」は臤+貝からなる。「臤」は「賢」の初文。「賢」はもともと貝の良質のものをいう字であったろう。  臤は臣すなわち臣の眼を、又(手)を加えて傷つけるもので、神に捧げられた徒隷をいう。臣や妾はもと神に使えるものであった。多才であることは神に仕える重要な条件であった。


漢字「賢」の漢字源(P1511)の解釈

会意兼形声
 臤は「臣(うつぶせた目)+又(手、動詞の記号)の会意文字で目を伏せて身体を緊張させること。賢は「貝(財貨)+音符臤」でがっちりと財貨の出入りをしめること。緊張して抜け目のないかしこさを表す。



漢字「賢」の変遷の史観

文字学上の解釈

 すでに見てきたように、臤は賢の初文である。この文字の進化の過程を手繰ると変遷の歴史が極めて明瞭に浮び上る。
 即ち最初に神にささげられた臣(徒隷)があり、徒隷は神に仕える要件として目を潰されたのではないだろうか?(神に身をささげるために眼を潰すことが行われたかどうかについては、明らかではないが、この時代に奴隷であることを明示的にするために、目に入れ墨を施すこともあったと言われるから、この眼を潰して神の声だけを聴くことを要求されたことは十分に考えられる。
 神の声を聴き、周りに伝える巫女の従者のような役割を担っていたのかもしれない。こうした徒隷は高い知能を要求されていたであろう。ここに単なる臤から賢に変わる社会的変化があったと考える。
臣・甲骨文字
恭順な眼
手・甲骨文字
臤・甲骨文字
臣下の目に手を加え眼を潰すことを意味している



まとめ

  「臤(ケン)」が「賢」の初文であり、もともと「神に捧げられるために目をつぶされた下僕」を表していた、という漢字の変遷には、社会的・文化的な背景が深く関係しているでしょう。その変化の社会的要因について、以下の点から考察できます。
  1.  身分制度と宗教的儀礼の変化
     古代中国では、神への供物として生贄(いけにえ)を捧げる文化がありました。その中で、奴隷や下僕のような階層の人々が特別な儀式のために犠牲となることもあったと考えられます。
    しかし、時代が進むにつれ、社会の安定化とともに、人間を生贄とする風習は廃れました。代わりに「忠誠心」や「知恵を持つ者」こそが価値ある存在とみなされるようになり、単なる犠牲者ではなく、社会に貢献する「賢者」へと意味が変化した可能性があります。
  2.  経済と貝貨(財)の影響
     漢字の「貝」は、古代中国で貨幣(財産)を意味していました。「臤」に「貝」が加わり「賢」となったことは、知識や忠誠心が経済的価値を持つようになったことを示唆しています。 つまり、古代社会では「知恵を持つ者」「忠誠心を示す者」=「財産を管理する能力がある者」とされ、賢さが富と結びついて評価されるようになった可能性があります。
  3. 官僚制度の発展
     中国の歴史の中で、特に春秋戦国時代から秦・漢時代にかけて、儒家思想の影響が強まりました。この時期には、知識を持ち、道徳的に優れた者が官僚として採用されるようになります。
     もともと「神に仕える下僕」としての「臤」が、「忠誠と知恵を備えた者」へと再解釈され、最終的に「貝」が加わることで「社会にとって価値ある賢者(官僚)」という概念に発展したのではないかと考えられます。
以上を要約すると、 「臤」→「賢」への変化は、以下の社会的要因が影響したと考えられます。
  • 宗教的儀礼の変化(生贄の衰退、忠誠や知恵の重視)
  • 経済価値の変化(知識=富と結びつく)
  • 官僚制度の発展(知識人の地位向上)

  • このように、社会の変化とともに漢字の意味も変化していったと考えられます。
 漢字一字一字に歴史がある。しかしそこに歴史への洞察がなければ、「うわ、似てる」の感嘆詞で終わってしまう。
  
 
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2020年8月30日日曜日

漢字「祝」の起源と成り立ちは神の成り立ちまで探る必要があるのか?



 「祝」は今ではそこらじゅうで祝い、喜びを表現しているが、古代には神事に伴う厳粛で、厳かなものであったらしい。神がわれわれに近づいたのか、われわれが神に近づいたものか?

  神のためならなんだってできる。人だって簡単に殺される。では神って何だ!


引用:「汉字密码」(P826、唐汉著,学林出版社)
唐漢氏の解釈
 「祝」これは会意文字である。甲骨文字の右辺は「兄」で本義は話ができる子供のことである。左辺は示偏で祭祀の中で神主の位牌である。ここでは両形の会意でお供えの机を前にして神霊の面前で祈祷をしていることを示している。祭祀者は神主の前に跪いて、ある言葉を念じている。

金文、小篆、楷書の祝うの字は、甲骨文を一脈受け継いでおり、形体は相似。ただし書き方で多少違うところのある。



祝の少し詳しい説明
 「祝」は説文では祭主祭詞者のことと解してしている。みことのりを用いて神に福を求める人。神に仕える者。また拡張して、「司祭者」などの口の中での祈りも指します。






字統の解釈
 示と兄とに従う。 示すは祭卓、兄は祝壽の器を奉ずるもので、祝詔する人を言う。
 白川博士によると「兄」というのは、古代では単なる兄弟の「兄」ではなく、神のお告げを入れる器を捧げ持つ人という特殊な立場の人を指したという。

 説文に「祭りに賛詞を主るものなり」とあり、女の巫を女巫、男巫を祝と言う。



結び




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2019年1月17日木曜日

「光」はフレッツ、光通信色々あれど、漢字「光」の由来は?


漢字「光」の起源と由来
 今年の歌会初めは16日に執り行われた。今年のお題は「光」である。陛下自身が決められるのは平成最後になる。
「贈られしひまはりの種は生え揃い葉を広げゆく初夏の光に」
 この歴史は平安時代に遡ると言うが、国民的行事として定着したのは、昭和22年(1947年)からだという。

引用:「汉字密码」(P320、唐汉著,学林出版社)

「光」の字の成り立ち」
 「光」、これは会意文字です。 甲骨文字の「光」言葉:下の部分は右向で跪いている人の形、上の部分は「火」です。字全体は「火」と「人」で構成されています。まるで照明を灯すのように火を持って高く掲げている人のようです。 金文は頭の上の「火」に単純化を施し、上にさらに2点を追加して、光芒を表現しました。 小篆の「光」の字は金文を受け、下部には人の形が「儿」に変化しています。そして楷書は「光」と書きます。



 個々にあるヒエログラフから、見ると単純に、頭上にろうそくに火を付け、はちまきで巻いて一心不乱に祈り狂う祈祷師の姿を思い受浮かべてしまうのは致し方ないかも知れない。(私自身の貧しい発想から)太古の昔の祈祷というのは、そのようなものではなかったのかと想像してしまう。だがこのようあのオドロオドロした光ではなく、実際私達は、春の草木が一斉に芽を出し、その間に光がキラキラ輝く光はこの上なく眩しく美しいものと思う。

 しかしそんな春の光や、海面に跳ね返る光を実際絵や字で表現しようとした時、非常に難しいものを感じてしまう。光を表現するときには、どうしても、松明や蝋燭のように暗い中で光る限定された光になってしまうのではないだろうか。
 結局、光を字で表現しようとする時、古代の先人たちがしたような表現方法になってしまうのではないだろうかと考えてしまう。


漢字源
 会意文字。人が頭上に火を載せた姿を示す。四方に発散する意を含む。


字統
 「火」と「人」に従う。人の頭上に火光をしるすが、その行為の意味を明示する造字法によるものである。火は古代において極めて神聖なものであるから、これを聖職として掌るものがあった。 


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