当時の食生活は、庶民は粟飯、貴族は黍飯その他麦、米などが食膳に上っていたようだ。
調味料としては、6,7千年前には既に、醤、酢、酒が開発され、今から3,4千年前には調理法も
煮る、焼く、炒る、煎じる、蒸すなど多岐に渡り、基本形は確立され、既に現在と殆ど変わらないような調理がされていたものと思われる。もちろん冷凍マグロなんてのはなかっただろうが・・・。チーズなどはあったのだろうか?興味は尽きない。
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漢字は象形文字から生まれた意味を表す表意文字です。漢字の多くは形や色や音までイラストのような形で表現するので象形文字と呼ばれているよ。当ブログ「漢字考古学の道」では当時の人々の生活・習慣や感情に至るまで在りのままを甲骨文字を含む古代文字から解き明かすつもりでいます。皆さんの応援と協力をお願いします。
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引用 「汉字密码」(P212, 唐汉,学林出版社)
漢字「黍」の起源と成り立ち:上部は稷の穂が分かれ、斜め下に垂れている状態
漢字の成り立ち:甲骨文字の「黍」は上部は稷の穂が分かれ、斜め下に垂れている状態を言う。下部は根で右辺は水を表す。
「黍」は季子ともいう。皮を取り去った後は、大黄米ともいう。現在では陕西、山西省の北部、内蒙古の少数の旱魃、高地、寒冷地を除きこの種の糧食作物を植えることは少なくなっている。
しかし、黍は上古の時代は十分その地位は顕著であった。黍米は粟と比べ粒が大きくその色は黄色で、成熟した後一筋の香りもある。貴族だけが常食してた。平民は粟飯を食べていた。
甲骨文字の「黍」は上部は稷の穂が分かれ、斜め下に垂れている状態を言う。下部は根で右辺は水を表す。小篆の黍の字形が変化し、禾と雨の。説文は「黍」を解釈して、禾に属する粒もの也。 黍は酒にもなり、水の入った穀物。また黍の字の構成中水があり、黍が水をよく吸収することを示している。右の画像は黍の穂である。(ウィキペディアより)
黍と酒
酒の重要性は食物にも似ていた。古人は飲む酒も酒粕も正に一切食用であった。甲骨卜辞の中に常に出現する一種の酒即ち鬯(古代の酒、黒キビを原料とし鬱金草を混ぜてかもした匂い酒)は香草と黍を合わせて醸した匂い酒である。古人は黍で匂い酒を造った。黍を脱穀後一旦蒸して色が済んだ色になると一種の心や臓腑にしみる香気をもつ。黍を用いて造った酒は広軌が黍飯に比べ、濃厚で人を酔わせる。この為この種の酒は常々個人が祖先の神霊にお供えするために作るものだった。
黍と香り
黍は無論飯も作りまた酒も作る。皆香りと味はよく、個人は香りという字を作る時黍と甘いという字を組み合わせた。
「黍」は「香」の字の原字
以降黍の音を簡略化し禾とし、ついに「香」という現在の字が出来た。 黍を蒸す時一種の粘りがある。北方の農村ではいつも正月にはこの大黄米を使って、餅や粽を作り親戚や友人を接待した。この為、「胶」と「黏」の字を表示して、「占」の音で、麦飯の粘りの意味を表す。
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