2023年10月6日金曜日

漢字「絮」の成立ち・起源に迫る:プレバト俳句「乳房切除す 母よ 芒の先に絮」の「絮」はどのような時代背景を持ったか?


漢字「絮」の成立ち・起源に迫る

前書き

 2023年10月5日 毎日放送「プレバト・金秋戦」の予選の第一位にノミネイトされたのが、
   「乳房切除す 母よ 芒の先に絮」(春風亭昇吉)
という俳句であった。乳房を切除した母の病室の窓越しにすすきの絮(わた)が風に揺れているのを見ているという情景を詠ったものだ。乳房を切除という大手術の後、乳房を失った寂しさを風に揺れている芒に詠みこんだものだ。
 ここではあまり見かけることのない漢字「絮」の成立ちを調べてみた。

目次




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漢字「絮」の今



漢字「絮」の楷書で、常用漢字です。 読みは「ジョ」と読みます。

訓読みだと「わた・わたいれ」とよみます。やわらかく砕かれたものという意味を持ちます。 




漢字「絮」の解体新書


会意形声。
 (「絮」は「如+糸」で、)如は「口+音符女」の会意形声文字 で、しなやかにいう、柔和に従うの意。
 絮は「糸+音符如」で、 しなやかで柔らかい意を含む。
 この「如」とよく似た言葉に「若」がありますが、この若は巫女が祝禱を前にして舞って祈り、エクスタシーの状態になることを意味している。この若と如は元々アクセントの違うだけの漢字だったろうとの説もある。
 さらにこの「絮」は蚕の繭をゆでて柔らかくほぐした真綿のことだという解釈もあり、「糸」+「如」で、非常に整合性のある解釈である。



  

 

「絮」の漢字データ

漢字の読み
  • 音読み   ジョ
  • 訓読み   わた

意味 漢語字典 参照
  • 厚手の真綿。 
  • ゆるめのコットン。
  • 白くて伸びやすく、綿状に柔らかいと言われています。
  • 衣類や布団などの内側に真綿や綿わたを敷き詰めてください。
  • 古代の頭巾。
  • 優柔不断。
  • 些細なことまで拡張。
  • 退屈。

同じ部首を持つ漢字     如、茹、恕
漢字「絮」を持つ熟語    絮、絮語、柳絮


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漢字「絮」成立ちと由来

漢字「絮」の字統の解釈

 形声 声符は姑。如には、柔らかくくだかれたものの意がある。〔説文〕に「敝れたる緜なり」、すなわち古わたの意とする。
 綿わたの古いもので、最も扱いにくいものであるから、そのようなくり言に近い言動を絮々という。
 

漢字「絮」の漢字源の解釈

  1.  わた。繭を水に浸してひきのばしてつくるわた。 まわた。 きぬわた。 ▽繊維の長いもの(新しいもの)を綿といい、短いもの(古いもの)を絮という。
  2.  動詞 わたを入れる。 「一夜征袍 李白・子夜呉歌〕
  3. わた。綿花でつくったわた。 
  4.  わた。草木の種子についているわた毛。「柳絮 (ヤナギのわた)」「蘆絮(アシのわた)」   「柳色、如姻 絮、如雪[白居易・隋堤柳〕 
  5.  長々と続くさま。綿。 類語 「絮語」 
  6.  姓の一つ。 動詞 食物の味をあえる。調和する。


漢字「絮」の変遷の史観

文字学上の解釈

まとめ

漢字「絮」は甲骨文字の時代には、まだ生まれていなかった漢字であろう。綿花や絹糸の製造がかなり盛んになってから作られた漢字のようである。
   少なくとも、木綿や絹糸を繭や綿花から如何に取り出したかの製造方法の一端をうかがい知れることが分かる。当時の人々の生活の一端を知ることができで面白い。

 
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2023年10月4日水曜日

漢字の「龍」の起源は中国古来のシャーマニズムと強力な権力志向の結びつきにある


漢字・龍は中原の地域で、農業生産の急速に発展を背景に、強力な統一国家的な仕組みを作り上げていく過程を象徴する漢字となった 

 それでは、字が生まれた時代的背景について少し掘り下げてみよう。

 龍は中華民族の精神的な主柱を成す架空の存在である。
 天をも支配するとされた神の化身である「龍」は、頭に辛字形の冠飾をつけた蛇身の獣の形。 

 その起源は古代のシャーマニズム的な信仰に根ざしている。
 その古代的な信仰は、殷周以後にも巫女によって伝えられた。
 この文字が生まれた時期は、華夏民族が中原の地域で、統一国家的な仕組みを作り上げていく段階であった。
 その原型は、かつて内モンゴルと中国東北部の草原に生息していたといわれる鱗状のヘビ、または今も生息する長江ウナギのいずれかであったと考えられている。

 そして、この字は金文から小篆、大篆へと発展するにつれ、次第に皇帝の権力を象徴する存在へと変化を遂げていく。かくして、龍は代々の王朝に引き継がれ、中華民族の象徴になったのである。

このページは以前にUpした以下のページを加筆修正したものです。
  「漢字「龍」の起源の由来:皇帝の権力を象徴する、力強く気勢のある調和の取れた美観を体現

導入

前書き

目次




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漢字「龍」は今、我々の生活の中でどう生きているか

「龍」は、常用漢字表において、「竜」の字が正字とされていて、「龍」の字は参考として示されている。
 そのため、一般的には「竜」の字を使うことになる。
 ただし、「龍」の字は人名用漢字としては使えるので、決して使ってはいけない漢字ではない。

  • 異体字としては、竜、龙などがある。
  • 龍を含む漢字には、寵、瀧、籠、聾などが比較的よくつかわれている。
  • 漢字・龍は一般の用語としては、使われず専ら地名、人名などの固有名詞に使われている


漢字「龍」の分析



「龍」という言葉の原形は、かつて今日の内モンゴルと中国東北部の草原に生息していた鱗状のヘビ、または今も生息する長江ウナギのいずれかであったと考えられている。

中央にある蛇の舌文字はヘビの大きな口、口の中の毒牙がはっきりと見え、ヘビの体は下に曲がっている。 しかし、中国人はそこまで現実的になることを心の底から嫌っており、龍は中国人の想像力の大きな部分を占めている。

青銅碑文の「龍」という文字も 2 つのグラフィックで表されている。 もう一つは線画の「龍」で、このタイプの「龍」は口が大きく、体が丸まり、頭の「文字」が「辛」の形に進化する。 古代、「辛」は捕虜を捕らえる戦争用の拷問器具であったため、東周や西周の時代の「龍」という言葉は、物事の束縛の下での一種の怒りを示し、龍の神秘性をより反映している。風と雨を呼び出すことができ、雲と霧を動かし、自然界の竜巻のより多くの特徴を具体化する。

 この時代は自然に頼った農業生産法が急速に発展した時代であり、また、中華民族の諸属国が過酷な戦争を通じて統一された時代でもあったことが証明される。

 「龙」の字が大きな篆書から小さな篆書へと発展していく様子は、国家が混乱の中から整合性を持ち、見た目も均整の取れた雄大な勢いと調和の美しさを体現する字体となっている。

「龍」楷書
実に堂々とした
美しい字体だ
 小篆の「龍」の字が甲骨文字、金文と比べ、体裁が整えられ、誰が書いても同じ形になるという記号としての役割を担うに足るものになっていることに気が付く。甲骨文字、金文と小篆の間には少なくとも600年程度の期間があり、しかも小篆は始皇帝が李斯に銘じて文字を統一したこともあり、他の二つと比べ文字としての機能には格段の開きがある。
龍・甲骨文字
龍・金文
龍・小篆

「龍」の漢字データ

漢字の読み
  • 音読み   リュウ
  • 訓読み   たつ

意味
  • 天変地異を引き起こす力を持つといわれる巨大な蛇に似た中国の伝説の生き物
  •  
  • 人の力を遥かにしのぐものを表す例え。

同じ部首を持つ漢字     籠、襲、
漢字「龍」を持つ熟語    龍、龍骨、龍神


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漢字「龍」成立ちと由来

引用:「汉字密码」(Page、唐汉著,学林出版社)

中国人・唐漢氏の民俗的解釈

  典型的な甲骨文字は、中央にある蛇の舌、文字はヘビの大きな口、口の中の毒牙がはっきりと見え、ヘビの体は下に曲がっている。 しかし、中国人はそこまで現実的になることを嫌う傾向があり、龍は中国人の想像力の大きな部分を占めている。
 青銅碑文の「龍」の文字は、美的法則の影響を受けやすくなっている。 別の線画の「龍」は口が大きく、体が丸まり、頭の「舌文字」が「辛」の形に進化する。 古代、「辛」は捕虜を捕らえる戦争用の拷問器具であったため、東周や西周の時代の「龍」という言葉は、一種の怒りを示し、龍の神秘性をより反映している。

風と雨を呼び出すことができ、雲と霧を動かし、自然界の竜巻のより多くの特徴を具体化する。 見方を変えれば、この時代は自然に頼った農業生産法が急速に発展した時代であり、また、中華民族の諸属国が過酷な戦争を通じて統一された時代でもあったことが証明される。 「龙」の字の大篆から小篆へと発展していく様子は、雄大な勢いと調和の美しさの体現でもあります。 この「龍」のキャラクターは、貴族的であり、民間的ではなく、徐々に帝国権力と皇帝の特別な象徴へと進化しました。このように龍という字は中国の社会の中で長く使われたため、社会の反映をより跡付けることができるものとなっている。

漢字「龍」の文字学の側面からの白川博士の解釈

 象形 頭に辛字形の冠飾をつけた蛇身の獣の形。

 字は蛇身の獣の象形で、頭上に辛字形の 冠飾をつけている。この種の冠飾は鳳・虎の文形 にもみられるもので、霊獣たることを示すものであ り、四霊の観念がこれらの字形の成立した当時において、すでに胚胎するものであることが知られる。

龍の観念は、その呪霊を駆使する古代のシャーマニズム的な信仰に起原している。 その古代的な信仰は、殷周以後にも巫史によって伝えられた。



漢字「龍」の漢字源の解釈


 象形:もと頭に冠をかぶり、胴をくねらせた大蛇の形を描いたもの。それに色々の模様を添えて、龍の字となった。



漢字「龍」の変遷の史観

文字学上の解釈

金文の「龍」
当時の生産方式の変化は漢民族の
意識の変化を生み、その変化は「龍」
という漢字を生んだ?

この文字が生まれた時期は、穀物の栽培の農業生産方式が急速に発展する段階である。また華夏民族の諸侯国は残忍な戦争を通じて、統一していく段階に入っていた。ゆえに人間を超越したした力を持つ龍、天候を操ることができる龍神信仰が生まれたのではないだろうか。


 そして、この字は金文から発展するにつれ、次第に皇帝の権力を象徴する存在へと変化を遂げていく。

 龍の字の大篆から小篆の発展は力強く気勢のある調和の取れた美観を体現している。この種の龍の字の右半分の躯体はさらに長く変わり、湾曲する必要にいたるまでになっている。左半分の形態もさらに奇異な形状になって、字形は対象になり、一種の落ち着きとしっかりした感じさえ出ている。庶民性は少なくなり、次第に皇帝の権力、帝王の専用のシンボルに変化していった。

 龍の字は原始民の間に恐れおののく意識の中で、古代民衆の現実生活の中で作り出されたものである。龍が一種の偶像になった時、それは自然界の動物の複合体と異なるものを持っていた。

 牛の耳、トラの手、鷹のつめ、蛇の体、魚の鱗。龍の形の龍の字は同じで、完全に一種の仮想で、しかしながらそれは非凡にして突出して、空に掛かる人間界を超越した気勢、奇異にして言葉では言い尽くせない、奥深く計りしれない威力、漢民族に対して語り告げる、子々孫々までの無限の吸引力をもち、為にこのような龍は中華民族の象徴になりえたのである。

まとめ

 龍の字は、長い間使われ風雪に耐えただけに、その文字の変遷は歴史の後付けとして実に興味深い。東晋から西晋、春秋戦国時代は統一までの間、国家は乱れ、蛮族などが中国社会を蹂躙した。しかし、この間思想的には、最も華々しい発展を遂げたと言っていい。漢字にしてもしかり、ほぼ中国の漢字の原型はこの時期に固まったと言える。漢字考古学はここに益々重要性を増すと考える。   


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