2020年11月23日月曜日

来年の干支は「うし年」です 漢字では「丑」と書きますが、「牛」との違いは何でしょう


来年の干支は「うし年」です 漢字では「丑」と書きますが、「牛」との違いは何でしょう 


 来年の干支は「うし年」です 漢字では「丑」と書きますが、「牛」との違いは何でしょう
 本来、何でこんなややこしい漢字を使うようになったのでしょう。この記事を読めば、その由来が見えてきます。

 何はともあれ、来年の干支は丑年です。現代ではこの丑という漢字は日本では干支以外ではほとんど用いられなくなりました。
 漢字「丑」で思い出すのは、明治の島崎藤村の文学作品「破戒」の主人公の名前が「丑松」でした。
 年賀状を出す人が少なくなりました。


干支の起源
 干支の起源は起源は商(殷)代の中国に遡ります。今から3500年前の中国の殷ではすでに、甲骨文字という漢字が使われ、その甲骨文字で書かれた干支による暦が日常的に用いられていたといわれています。

 今では、干支の「うし年」を、漢字では「丑」と書きますが、「牛」との違いは何でしょう。」そもそも何でこんなややこしい漢字を使うようになっているのでしょう。少し原点に立ち返って考えてみましょう。

 私たちは年のサイクルを十二支で考えることが多いのですが、これはそもそも干支 の考え方に基づくもので、十干は10年1サイクル、十二支は12年を1サイクルとしたものです。この両方合わせて干支で見れば60年が1サイクルということができます。
  60年といえば、人間の寿命がせいぜい50年だったことを考えると十分な長さだと考えられたのかも知れません。

 因みに日本人の平均寿命で考えてみると安土桃山時代の平均寿命は30歳代、室町時代は24歳代、平安時代は三十歳、奈良時代は28歳から33歳、弥生時代が十歳から20歳そして旧石器時代は15歳前後であったといわれています。 古代中国においては 日本よりも過酷な自然環境だったと思われ、日本人より短かったと考えられてますが、 せいぜい三十歳代が平均だったろうと思われます。

 とすれば十干十二支による暦年の数え方というのは、60年1サイクルと考えたのは まあそれほど短くもなく長いものでもなかったかもしれません。

 またまた年賀状の季節になりました。来年の干支は「うし年」です。 漢字では「丑」と書きますが、「牛」との違いは何でしょう

 毎年この季節になると、来年の年賀状のことを考えるのが、日本人のいわば習性のようにもなってきておりますが、この干支で年の移り変わりを知るということは、実に3500年前には考え出された暦に起源を持っているわけです。来年はこの干支によれば、丑年に当たります。 今年はコロナの問題もあり、人々の価値観も変化しつつありますので、この習慣がどう変化するか見てみたいものです。


干支「丑」の起源と由来
 丑年は干支では二番目に位置します。太古の先人たちは、年を人間の一生のサイクルで考えていたという説があます。もし人間の出生の過程を干支で表したとすれば、丑年は出生のかなり早い時期にあたります。胎児が産道から出た直後と考えてもいいのかもしれません。

引用:「汉字密码」(P868、唐汉著,学林出版社)
唐漢氏の解釈
 「丑chu」これは、象形字です。新生児の小さな手の描写からできました。生後の胎児の主な特徴の1つは、5本の指が握り締められ、小さな握りこぶしがしっかりと握り締められ、分離できないことです。これは、人の死とは対照的です。指に短い縦線のある甲骨文の「丑」という文字は、この現象を意図的に描いたものです。
 金文の「丑」という言葉は、指先の曲がりを斜めの垂直線に変えていった。漢字の線が進化した後、小篆と楷書は今日の「丑」になりました。

 「丑」の本来の意味は、新生児の握りしめられたこぶしであり、「干支」の2番目の位置を占めます。「子」から「丑」までに 「胎児」は頭から手足が併出する順序になります。および胎児全体から手の細部までの視覚的な変位は、今日の胎児の誕生を観察する人々の心理とまったく同じです。


字統の解釈
 丑 とは指の先に力を入れて強くものを取る形また体の爪を立てている形である。説文には「始めなり 12月」 と言うが、意味がはっきりしない。 要する十二支の丑を以って解しようとするもので、字の初形に関しない。十二支はもと十干と組み合わせて日の干支に用いたもので、記号的なものに過ぎない。

 それでも、「丑」なる漢字が記号的なものに過ぎないとしても、そこになぜ位置付けられたかは探求されるべきであると思う。


漢字源の解釈
 丑は象形である。手の先を曲げてつかむ形を描いたもの すぼめ引き締める類を含み紐などの音符となる。殷の時代から 十二支の2番目の十二支の2番目の数字に当てて漢代以降動物・方角などを当てて原義を失った。



結び
 唐漢氏の説明は、十二支に丑がなぜ位置づけられたかという説明に一応はなっている。しかし、字統や漢字源の解釈では、両者とも丑がなぜ十二支の2番目に位置づけられたかの説明にはなっていない。

ヴィキぺディアによると、現在の干支の「丑」という字の本義は「紐」であり、その意味するところは、生命エネルギーの様々な結合であるとしています。この意味付けが現代人にはある意味ぴったり来るのですが、文字そのものから見るとこの説にはどうしても無理があるように思います。つまりよる複雑な文字である「紐」が、単純な「丑」より先に存在したとは考えにくいのです。

 しかし由来はどうあるにせよ、字形では「丑」は物をつかむ形から来ているのですから、来年はこの字のとおり、心もとない世の中で、しっかりと未来を掴み取ってほしいものです。

参考文献:「十干十二支の起源と成り立ち」
「漢字の起源と成り立ち 『甲骨文字の秘密』」のホームページに戻ります。

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