2018年8月22日水曜日

漢字「女」の起源と成立ち:当時の社会の変化が漢字にしっかりと刻まれていた


漢字「女」の起源と由来
「男」と「女」の永遠のテーマ。漢字が生まれたのは生理学的な違いではなく、その社会的な在り方がそのまま表現されたもの。漢字学は考古学でもある。現代社会からだけ、漢字の成り立ちを決め付けてはいけない。

引用:「汉字密码」(P467、唐汉著,学林出版社)
「女」の字の成り立ち」
女という字はそのままの象形文字である。甲骨文字の女の字は左を向いて膝を折って跪き、状態をまっすぐ立ってて、上部の女性の胸をわざわざ描いて、女性のバスト、ウエスト、ヒップが余すところなく特徴的に表現されている。




古代人はなぜ女という字をこのように作ったのだろうか。
 実際上、この種の姿勢は本来古代人が服を着て、家にいる形である。華夏民族は早くから服を着ていたかあるいは体の前に布をぶら下げていた。後になって前後の布になり、そして更に変化して全部布で覆った衣服になった。殷商の時代に至って、大多数の民衆は、日常は裸足で脚は短いスカートで包んで、中は今の人のようにいわゆるパンツはつけず、何もはかない。明らかにこのような服装をして、唯一つの草の寝床以外は何もない居室で、ただ跪く姿は、陰部を隠すのがやっとであろう。跪くのは小休止するのには非常に便利である。女という字にこの跪く姿勢をとったのは、これが上古の生活の真実の姿であったろう。


ただここで、女はなぜ家で跪かなければならなかったか?
 跪くというのはやはり、隷属的なふるまいである。男は「田」+「男性器を示す力」で、併せて農耕を表している。ここで、字の上でも男と女の社会的地位が明確に示され、女は家で家事を分担し、男は農耕など生産の主要な部分を担うことになっている。


甲骨文字から小篆への文字の変化
 金文の字の女では基本部分は甲骨文字と同じであるが、ただ女の頭の上部分に一本の横線が増えている。実際には簪を飾りにいくらかの装飾品がつき、女の子の年頃の実際の姿を示したものだ。小篆は金文を引き継ぎ、しかし形象は次第になくなり、更に隷書化の過程で書くための便利さへの要求がいっそう高まり、形を変え楷書の時代になって現代の女という字になった。 


生産関係と文字の史的唯物論
 夏や殷などの強大な国家の出現により、生産関係は明確に変化し、人々の暮らしに大きな変化をもたらした。即ち、女は家事を分担し、跪くようになり、性的な部分が強調されるようになり、やがては髪飾りなどを身に付け、男の注意をひきつけるため、可愛さを強調する文化(存在)に自らを落とし込むようになってきた。そしてその関係は4000年続いてきて、今や大きく変化しようとしている。つまり男と女の性的な区別がさほど必要なくなってきた今日の在り方は文化にどのように変化を刻んでいくことになるのだろうか?

 私は現代社会はそのような大きな変遷の時代に突入しているように思われる。



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2018年5月13日日曜日

漢字「犬」:人間と「犬」の係わりの深さを表現している


漢字「犬」の起源と由来

「犬」は、干支の「戌」とは全く関係がない
  来年の干支は、戌年だ。ここで取り上げた「犬」は、干支の「戌」とは全く関係のない、正真正銘の動物の「犬」だ。
 今では干支の「犬」もこの動物の犬を当てるが、本来干支の字と動物の犬ではそもそも起源が全く異なる。干支の「戌」の起源は別に譲るとして、ここではしばし、動物の戌の起源と由来について、話を進める。

引用:「汉字密码」(P026、唐汉著,学林出版社)

象形文字の「犬」は、輪郭の特徴をとらえた造字法
 象形文字の「犬」は、輪郭の特徴をとらえた造字法である。

 「犬」の字は象形文字である。2500年以上も前、孔子は「犬」字を見た後、少し感心した感じで、「犬の字は『狗』の絵の様だ。」といったという。


 明らかに犬の字は牛や羊のように、若干抽象的でかつ印象的な造字方法とは異なり、比較的忠実に特徴をとらえた線で輪郭を取る象形文字の造字法である。
 この方法ではしっかりと犬の外形的特徴をつかんでいる。体は細く、長い尾は巻いている。先民が犬を縦長に立てた状態で描いている。

字ははるか昔から先民は字を縦長に立てた状態で描いていた
   観察上字形を考えると、我々は犬の字を横から見た風に書くのが、実際の状態により忠実に対応できるのが分かる。しかしこれは漢字を横に狭く縦に長く書くという縦書きの特徴に適応したためで、3300年以前のはるか昔から先民は字を縦長に立てた状態で描いたものだ。

 甲骨文字の犬の字は適宜変化し、今日の犬の字の楷書になっている。厳格に言えば、今日の「犬」の字は一種の文字符号であるが、それは依然として象形文字である。

「字統」(白川静、平凡社)によると

象形文字、金文では、「員鼎」に「犬を執らしむ」とあり、近出の中山王墓には金銀の首輪をはめられた2犬が埋められていた。しかし、犬は犠牲とされることが多く、器物を犠牲の血で清めて用いられたとこから、「器、就」となると説明されている。


縄文時代の人と犬のかかわり
 また日本の話ではあるが、2018年5月13日付けの毎日新聞に「縄文の犬は人間と一心同体」と題し、愛媛県の「上黒岩岩陰(かみくろいわいわかげ)遺跡」~出土した日本最古の犬の埋葬の鑑定が掲載されていた。

 それによると、縄文時代(7400~7200年前・・縄文時代早期末~前期初頭のものと判明し、改めて最古と確認された)のこの古墳では、犬は人間と共に狩をし、共に食事をし、大切にされ、最後は手厚く葬られたであろうと考えられている。





編集後記

犬と猫は歴史的に見れば、最も長く人間と共に苦楽をしてきた動物と評価されている。しかし、犬と猫では人間との係わり方が時代と共に違って来ているようである。猫は愛玩や癒しで関わってきたのに対し、犬は猟犬や番犬として、労役を共にしてきている。
 それに対し、最近ではこの犬猫の地位に違いが出てきて、猫が犬に比べると人間との間の距離が近くなっているようです。その要因は、人間が犬猫に対し、労役に役立つかどうかの経済を中心とした見方よりも、精神的な結びつきを重視する見方に変わってきているにあるようです。これからは猫に関係した漢字がもっと増えてくるかもしれません。

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