2012年2月29日水曜日

方位の漢字:「北」

漢字「北」の解釈の通説
「北」の字の甲骨文字の解釈は、人という字が背中を向けあっている。これは反目している状態の会意文字であるというのが通説であるようだ。この説明からは北という字が「背」に使われているなどには確かに納得できるものである。

唐漢氏の意表をつく解釈
  ここで紹介する唐漢氏の解釈は少し意表を突くものであり、こういう見方もあるのかと思わせるものであった。



唐漢氏は人とその影を文字化したものだという
  北と南は相対する。4つの主要な方向の一つである。甲骨文字の形は一人の人間と影である。正午自分どこに向いていても、影の頭はすべて北向いている。

 北方の冬の時期は人影は一般に長く地上に映え非常に顕著である。この為古人は地上の影が正対している方を北とした。この事から今日われわれをして古人の観察が細かくかつ、字の構造を作る妙を思うと感嘆しないわけにはいかない。

 しかし、それにしても、北は人に対してその影を表現したものだという意見にはいささか違和感を覚える。

  古人の建てた家屋は多くは南向いている。而して影は北向きである。この種の南向きの建物で北にある部屋は中国では「正房」、「上房」と称する。古代両軍が交戦するとき戦争に負けた方は追手に背を向けて逃げる。その方向は正に自分の背中の方である。即ち本来影の位置する方向で、これを敗北と言う。


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2012年2月27日月曜日

漢字「西」の起源と成立ち:甲骨文字は粗目の籠

漢字 西の卜文は粗目の籠、これと西を結び付ける古代人の発想の豊かさ



 方位の字は全て仮借(字の元の意味と関係ない訓義をもって行われること)で、日が沈むと鳥が巣に帰ることから巣の形象でもって「西」を表現した。これと同様の発想なのは、東で、東の字の甲骨文字は袋状の形をしている。古代人は太陽が昇った時に起床し、すぐに体の下に敷いてあった皮をまいて、肩にかけ、木の実を集めたり狩りに出かけたりした。この為「東」は太陽の昇ってくる方向を示すという説もある。


「西」という字は太陽が西の空に沈むさまを形象した象形文字であると教えられてきた。そしてそれを無条件に信じてきた。   しかし唐漢氏の説からはそれは全くの俗説ということになる。彼によると甲骨文字からは全くその様な形状は考えられないみたいである。それでは検証してみよう。

「西」原義:鳥の巣、水汲み甕
 許慎の説文では「西」は鳥の巣にいる状態、もしくは鳥の巣だという。
 又ある文字学者は甲骨文字の形を対比して、甲骨文字の「西」は水を汲む陶器と考えて、水汲み用の陶器の器という。日が西の山に落ちて、外で採取したり、狩りをしたりした農耕民たちが住むところに帰り水を汲み飯を作るのがその日の最後の大事な仕事である。この為本来「西」の陶器が仮借されて日が落ちる方角を示すようになった。これは唐漢氏も支持する説の様である。

 西は又西洋を言う。元明のころ、今の南海以西を押しなべて西洋と呼んでいた。明末から清の初め以降は「西洋」は太平洋両岸の各国を指すようになった。

 「西」という字に関しては、中国の4大美女に西施という女性がいる。彼女は春秋戦国時代に生き、呉の国の王夫差のもとに送り込まれ、最終的には見事任務を果たし、夫差を骨抜きにし、越王勾践のあだ討ちに絶大な助力をした女性である。女性哀史といえる歴史秘話。

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