2021年7月25日日曜日

漢字の口は象形文字。古代人たちは事物をありのままに描いて情報伝達をしていた。やがて甲骨文字や金文となって結実する


漢字「口」は、祝禱を入れるサイなのか、或いは食べたり、話したりする普通の口なのか
 「口」という文字は、象形文字でその形状は非常に単純で、容器以外考えようがない。形状から見ると、祝禱や固形物を入れるよりも液体を入れる容器のように思える。

 しかし、わが国の漢字学の権威の白川静氏は、これをサイと呼び、祝禱を入れる器と解釈した。

 氏は「従来の説文学において、口耳の口に従うと解するために字形の解釈を誤るものは極めて多く、古・召・名・各・吾などに含まれる「口」は全てサイと解釈すべきものを誤解したものだ」と喝破されている。しかし、私には、この単純な「口」という文字が、逆に、ほとんどがサイと呼ぶべきものとは到底考え難く、之こそが大いなる誤謬というべきものと考えざるを得ない。この点、字統では、「口という字は早くから用いられているが、卜文金文にその明確な用義例がなく祝禱の器の形である(サイ)との異同を確かめることはできない。」との解釈をしていることを考えても、「口」を「サイ」であると断定をすることは不可能のように思うのだが・・。


漢字「口」の楷書で、常用漢字です。
 象形文字であり、甲骨から金文・小篆に至るまで、その文字の形体は一貫しておりいささかも変化が見られない。

 この文字記号の生成から後世のかなり使い込まれた時代に至るまで、その形体上にほとんど変化が見られないということそのものが、この記号が時代を経ても一貫して同じ意味合いで捉えられていたというっ証左であり、一貫して「口」であり続けたのだ。
口・楷書


  
口・甲骨文字
口の象形文字。
口・金文
口にしては口角が上がっており、液体を入れる容器のようにも感じられる。
口・小篆
甲骨・金文を引き継いでいる。これをサイと認識するには社会通念上の大きな変ぼうが必要である気がする。


    


「口」の漢字データ
 

漢字の読み
  • 音読み   コウ、ク
  • 訓読み   くち

意味
     
  • くち(飲食し、音声を発する器
  •  
  • 入口、穴、港
  •  
  • 量詞  例)一口、 

同じ部首を持つ漢字     咽、員、右、唄、可、嚇、各、喝、喚、含、喜、器、吉、喫、吸、叫、吟、句、君、啓、古
漢字「口」を持つ熟語    口外、口蓋、口唇、口頭、悪口、陰口、口語、口誦、口説、口調、口座 




引用:「汉字密码」(P418、唐汉著,学林出版社)
唐漢氏の解釈
 「口」の形状は、まさに人や動物の口である。《説文》は「口」を解釈して、「人が話したり食べたりするところなり」。意味するところは、「口は人と動物が発声したり食べる器官である。

 この為に「口」は食べたり話したりすることに関係する偏・旁の字に多い。「可、听、吟、号、咆」並びに吃、味、 吐、吮」等など。

 


漢字「口」の漢字源の解釈
 象形文字:人間の口や穴を描いたもの。


漢字「口」の字統の解釈
  •  象形文字「口の形」 説文に「人の言食する所以なりという。卜文・金文に見る字形のうち、口、耳の口と見るべきものはほとんどなく、概ね祝禱の器の形であるサイの形に作る。
  • 従来の説文学において、口耳の口に従うと解するために字形の解釈を誤るものは極めて多く、古・召・名・各・吾などはみな祝禱の器を含む形。
  • もっとも「口」という字は早くから用いられているが、卜文金文にその明確な用義例がなく祝禱の器の形である(サイ)との異同を確かめることはできない。

 白川氏が言うように「口」が「サイ」であったとすると、古代人は人間の食べたり話したりすることをどんな漢字で表現していただろうか。
 人間の食。発声という行動は、基本中の基本であり、このことを言い表さずして人間のいかなる行動も表すことができないと考える。これが白川氏の主張に違和感を覚える最大の理由である。


まとめ
 漢字「口」は基本中の基本の言葉である。それだけに文明が高度になる前に、古代人の間では広く使われていたと考える。勿論最初は、象形文字というより、得に過ぎなかったかもしれない。文字を使って情報を伝達する高度な文明の前に、古代人たちはものをそのまま絵にかいて、相談をしたり、意思を伝えあっていただあろう。文字が最初から権力者たちの専有物であったと考えるのは妄想に過ぎなかったのではなかろうか。



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2021年7月20日火曜日

漢字「名」の由来:全てのものに名前がある。存在しないものにすら名はある。「名」は認識の基礎をなすものであり、社会の基本的な概念である


「名」の由来は、子供の名を家廟で報告することから生まれた。そしてこのことは人が自己を認識するための基礎の基礎となった。
「名」は全ての事物のアイデンティティーである。名前のないものはこの世の中にない。逆にこの世の中に実在しないものにすら名はある。

 太古の人々は、生まれ落ちてから3か月で、祖先にこの子が家族の一員となるとことを報告し、名前を付ける。それはあくまで氏族共同体と構成する要員であるからこそ名前も付けてもらえたのだろう。もし新しく生まれてきた子が、奴婢の子なら当然固有の名前など付けてくれなかったに違いない。おそらく家畜と同様に名もなく使われ、一般名称で一生を終えたに違いない。 彼らは名前をもらえる代わりに、焼きゴテや入墨で奴婢であることのアイデンティティーを刻み付けられたに違いない

 だからこそ、名前を持つことがいかに大切なことであったことは容易に理解できる。この「名」という漢字を見ると、家族の一員としての子供が生まれ、祭肉と祝禱を神前に供え、家族全員で喜び合う姿が目に浮かんでくる。古代の素朴な家族の姿が目に浮かび思わず笑みがこぼれる。

 この名というのは古代から現代にいたるまで、ほとんどすべての認識の基礎をなすものであり、社会の基本的な概念であるといっても差し支えない。
 「名」という概念がいつ生まれたのか、考古学的に解明されなければならない。漢字「名」と同時なのか、名という実体が先にああったのか興味のある処である。

 太古の祖先たちは、自分の子供に名前を付けることを覚えるまでは、一番目の男の子、2番目の男の子というような呼び方ではなかったろうか。祖父は父親の父親、祖母は父親の母親という感じで関係を連ねていったのではなかろうか。これであれば、語彙は少なくてもいいし、関係は明らかになってくる。ただ非常に冗長になるのは避けられないが・・。


漢字「名」の楷書で、常用漢字です。
 子が生まれて三月になると家廟に告げる儀礼が行われる。
 その時、祝禱を器(サイ)に収め、祭肉を添え、子が生まれたことを報告し、子供に名前を付ける。漢字「名」の由来はこの家廟の前での儀式である。
名・楷書


  
名・甲骨文字
祝禱を入れる器と祭肉からなる
名・金文
甲骨文字を引き継ぎ、その意味を一層明らかに漢字で表した
名・小篆
漢字として汎用性、体裁が整えられている


    


「名」の漢字データ
 

漢字の読み
  • 音読み   メイ、ミョウ、ベイ
  • 訓読み   な

意味
     
  • な   ある事・物を他の事・物と区別するために、それに対応するものとして与えるもの、
        言語による記号。呼び方。めい   (例:名前、花の名、姓名)  
  • 評判、うわさ  (例:名が広がる、有名になる、世間で名前が知れる
  •  
  • 数詞 人の人数を表す  例) 2名(2人) 

漢字「名」を持つ熟語    名前、宛名、名字、威名、異名、名跡、浮名、汚名、仮名、雅名、戒名、改名




引用:「汉字密码」(Page、唐汉著,学林出版社)
唐漢氏の解釈
 「名」という字は会意文字である。甲骨文字の字形は左辺は「口」で右辺は夜の晩の「夕」を表している。夜人々が会ったときおぼろげな中で相手をはっきり見えないさまを表している。また相手が誰か分別できず相互に自分の名を知らせる必要がある。これが「名」の由来である。名の本義は自分の姓名を知らせる意味である。《説文》ではこのことから「名、自分の命である。口と夕からなり、夕者は暗きなり。暗きて相見えず、故に口で自分の名をいう。」

 古代社会では嬰児が出生後3ヶ月で命名する。

 この説明はさもありなんという部分も無きにしも非ずであるが、ただあまりに後からとってつけた感があり、すっきりと腑に落ちない。





漢字「名」の字統の解釈
 会意 祭肉と祝禱を収める器の形に従う。口はその祝禱の器の形。子が生まれて三月になると家廟に告げる儀礼が行われる。この時名をつけ、初めて家族の一員になる。


まとめ
 人類史上、名前という概念が生まれたことは、非常に重大な出来事であった。



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