2012年5月17日木曜日

10000クリック達成

おかげさまで、昨日10000クリックを達成した。こんなにあまり面白くもないページをよくもこれほど多数の方々に来訪いただけたのかと思うとある種の感慨に包まれる。
 
 何はさておき、ご来訪いただき、ありがとうございました。

 読者になって頂いた方は、このページの管理者である私をどのような人間と思っておられるのだろうか。

 私は自分で言うのもなんなんだが、私は非常に不器用で、いろんなことに拘泥する性質で、あまりすっきりとした人間ではないと自認している。(自嘲のように聞こえるかもしれないが・・)
 これから先あまり時間は残されていないが、多分今更生き方を変えることはできないと思っているので、あまり肩をいからせず、好々爺然としていきたいと思っている。さだまさしさんの「関白宣言」じゃなく、「不器用宣言」とでも言おうか。しかし不器用さは何も宣言しなくても、いいものなので結局なにもいっとらせんということだ。
 
 さて、たわごとはこのくらいにして、この「クリック」という言葉は中国語で、「点撃」というのだそうだ。

 この「点撃」の「点」も「撃」も甲骨文字はなかったようで、金文や小篆から文書の中に姿を現している。
 「点」という字は「火族」に括られるそうで、点以外に「火族」の漢字といえば、部位に「火」を持つ漢字、火偏の漢字、下に四つ点がつくものが入る。この四つの点は旧字であればよく分かるが、大抵は「黒」という字にその典型を見ることができるが、「火」という字が変化したものである。ざっと例を挙げてみると以下のようになる。


「黒」という字の「古文字」である。下部には「火」という字が見られるが、ある説では、これは火ではなく、「人」という字という解釈もある。
(「象形字典」http://vividict.com/より)


火光炎焰烛粦烟灰炭烬票照煦焕烁然焚烧燎炼煽熄炊熹蒸者庶炙舜煎熬炮烙灸尉爆燥烘灼炽热烈灾屠黑点党幽煌炯烂赤赫
 以前紹介した「羔」という字も火に関係している。意外に感じるのは、「党」という字である。これは旧字では、下部に「黒」という字が入るからなるほどとうなづける。日本でも中国でも同じであるが字の簡略化は、やむをえないことではあるが、その由来は歴史的変遷が分からなくなってしまうという重大な欠点を内在している。

 だからこそミーハーでもいい、私のように不器用に甲骨文字にしがみつく人間が居てもいいと思っている。

2012年5月14日月曜日

白川文字学と唐漢説の分かれる所

唐漢氏と白川博士
 私がここで紹介している唐漢さんの甲骨文字に関する説は、おそらく中国の中でも亜流の説であり、本流とは認められていないようだ。事実彼の著書の表紙には「奇説」という言葉すら記載されている。

 一方白川博士はわが国を代表する推しも推されぬ漢字学の権威の一人である。

白川静さんの漢字学の中心をなす文字
 白川静さんの漢字学の大きな中心をなす概念(サイ)に関連した文字だ。白川文字学の大きな功績のまず第一に挙げられるのが、「口」が「くち」ではなく、神への祝祷の祝詞を入れる器「サイという名の器」であることを体系的に明らかにしたことだということだ。(小山鉄郎著 「白川静さんに学ぶ漢字は楽しい」より)


 そして、「口」の字形が含まれる漢字は非常にたくさんあるが、古代文字には、「耳口」の意味で構成される文字は一つもないという。


 しかし、ここで疑問がでてくる。「耳」、「鼻」、「目」、「首」、「手」、「脚」等身体の部位を示す字形が含まれる漢字は古代文字には沢山あるにもかかわらず、なぜ「口」の意味で構成される記号「口」が一つもないのだろうか。

 また白川先生によると基本的に甲骨文字は時の王が自らの宣旨や命令を記録するために生まれたのであり、王の宣旨は卜辞や占いの形をとって為されることが多いため、必然的に甲骨文字は宗教色や卜辞の色彩が色濃く反映されたものだとのことである。

 話は変わるが、つい先日司馬遼太郎氏と陳舜臣氏の対談の文庫本を読んだが、その中に面白い話を見つけた。それは「跪」という漢字に話が及んだとき、当時はまだ褌というものがなく、男もすその割れるような服を着ていたので、跪く時には一物がもろに見えて大変「危険である」ことから足偏に「危ない」と書いて「跪く」としたのではないかということで、少し話が盛り上がっていた。跪くのは別に男に限らないし、多少は話を面白おかしくしているところもあるかも知れないが、この両大作家の解釈はまさしく唐漢氏と発想は同じくするものであり、独断ではないのだと意を強くした。ちなみに唐漢さんの本の中には、「跪」という漢字に関する記述はない。というのは、この漢字は甲骨、金文の時代にはまだこの世にはなかったからである。

 漢字というものは、漢字の構成および構造だけからは捉えられない奥深いものを持っているとを痛感させられた話である。


 白川氏自身が漢字学から入った学者ではなく、考古学から入った学者だと誰かが少し難癖のようなのものをつけていた人もいたが、入り口は何処であろうと、彼は大学者である。しかし問題はそんなところにあるのではなく、その人が科学の立場に立っているか、観念論かどうかが分かれ目のような感じがする。すこし大上段(大冗談??)過ぎるかなあ。

 私のような人間がこのような口幅ったいことを言うのはあまりにあつかましいと非難が聞こえてきそうであるし、私自身もそんな感じを持っている。浅学のそしりは、甘んじて受けねばならないだろう。


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