2023年7月30日日曜日

来年の干支は「卯」 三年先には丙午(ひのえうま)がやってくる。干支の呪縛から解放され、真に自由な人間になろう!!


三年先には丙午(ひのえうま)がやってくる。干支や宗教の呪縛から解放され、真に自由な人間になろう!!

導入

前書き

 毎年、年の後半になると翌年の年賀状の図柄が巷に溢れ、年の暮れにもなると翌年の干支に関する話題が止めどもなく溢れ出てくる。
 翌年の賀状だけの話であればそ、それほど問題はないが、出生率の話に及ぶと問題は深刻になってくる。出生率の話というのは、「丙午(ひのえうま)」には、出生が著しく低下することである。これはひのえ午生まれの女性は気が強く手がつけられないという根拠のない風評により、出生を控えるということが背景にあり、長きにわたってその愚が繰り返されてきた。前回の丙午は1966年(昭和41年)で、次に巡ってくる年は2026年(令和8年)となる。

  現代の日本では出生率が低下し、今や危機的状況にあるという認識でほぼ統一されている。そのような状況のなかで、3年先にはこの出生率が著しく低下することが巡ってくる。
これ以外にも、様々な風評、宗教的理由などに、人々が縛られ、本来あるべき行動から乖離せざるを得ない事象が日常茶飯事である。人間が月にも行く時代、人間がその活動によって地球をも壊滅してしまう時代に、いつまでこのような愚を繰り返すのだろうか。今や思い切って、過去の慣習や呪縛から解放され、真の自由な人間を取り戻すことが何よりも求められている。

これは人間一人一人の問題である。
本記事は以下の記事をバージョンアップしています。『漢字「卯」:2024年の干支は「卯」うさぎ年ならば、身の安全はウサギの保身術を見習ったら』

目次




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漢字「卯」の今

 2023年の干支は「卯」我が唐漢氏は『古代人は、天体の規則性を人間の出生から始まる身近な事柄に当て嵌めていた。それが十二支の原義である』と説いた

漢字「卯」の解体新書

 「卯」という漢字は、「う」と読みます。
 甲骨文字は中国の商朝から周朝の時代にかけて使用された文字で、占いや祭祀のために甲の骨や亀の甲羅に刻まれていました。その中に「卯」という形をした文字が見つかっていますが、その意味や使われ方ははっきりと解釈されていません。
 また、「卯」の字形は、ウサギの姿をかたどった象形文字とする説もあります。ウサギは中国の伝統的な十二支(干支)の一つであり、「卯」はウサギの干支を表す漢字としても用いられています。

 由来については、前述のようにはっきりとした起源は分かっていませんが、古代中国の文字や宇宙観に深く関連していると考えられています。干支の一部として、暦や占いに使用されることが多く、その意味合いは時間や季節とも関連しています。

 なお、「卯」は日本でも使われる漢字であり、特に干支として使われることが多いです。
卯・楷書
卯・甲骨
金文に於いても 殆ど変化ない
卯・小篆
文字化の過程で体裁が整えられている



 「卯」。これは象形表意文字だ。「子丑・・」から初めて4番目に位置する。

 

「卯」の漢字データ

漢字の読み
  • 音読み   ボウ
  • 訓読み   う、さく

意味
  • 午前6時を指す
  •  
  • 方角では東、五行では木
  •  
  • 十二支の「う」に用いるのは仮借
  •  
  • 動物では、ウサギを指す

同じ部首を持つ漢字     印、即、卵
漢字「卯」を持つ熟語    卯、卯月、卯槌


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漢字「卯」成立ちと由来

引用:「汉字密码」(Page、唐汉著,学林出版社)

唐漢氏の解釈

  唐漢氏は『古代人は、天体の規則性を人間の出生から始まる身近な事柄に当て嵌めていた。それが十二支の原義である』と説いた。
 この説は、通俗的であり、感覚的に受け入れ易いものである。しかし、天体の規則性を認識することと、身近に起こる出来事を結び付けるには別問題で、体系的な認識が必要で、直感的にできるものではない。
 甲骨文字の字形は嬰児と胎盤が母体から出ているが、両体が共存する状態からの母親と嬰児の間の分離を見ることができる。卯の字は育産を体現しており、この苦痛であるが偉大な過程が完成した状態を示しており、一個の新しい生命の誕生を表示している。金文の卯は甲骨文字と同様であり、小篆は字形に美観と丸みを持たせ上部に横に広がりが出ている。楷書は簡単さがなくなり、繁雑になって、模倣して(猫をまねて虎を描くということわざがある)卯になった。 

 人間の胎盤はおおよそ400-500gで嬰児の6分の1程度である。卯の本義はもともと母と嬰児、胎児と胎盤の分離である。だから「分」と「産」の意味である。これが即ち卯の字が物象の源であると説く唐漢氏の考えである。

 卯は卵の形の上の基礎になっており、卯を知らずして卵と識別する方法もない。分体の意味は子供を産むことの完成であり、だから原義は拡大され「止」の意味を持ち、ないし「留」形の源にもなっている。胎児と胎盤の割断から、拡大解釈され「殺」の意味を持ち、「劉」の繁体字の由来でもある。


漢字「卯」の字統の解釈

 牲牛の肉を両分する形。
 卜辞に犠牲を卯す(ころす)意に用いており、それが字の初義である。
 説文に「冒なり」と同声の字をもって訓し、卜文と金文の字形は牲牛の肉を両分する形と見られる。我が国の俗説はふ古く卯の日の信仰から来たものと考えらえる。

漢字「卯」の漢字源の解釈

 指事。門をむりに押し開けて、中に入り込むさまを示す。この解釈は、小篆の字形からの解釈によるもので、甲骨や金文の字形からの解釈とは異なるという批判がある。



漢字「卯」の変遷の史観

文字学上の解釈

漢字「卯」と兎
 漢字の卯は動物のうさぎのことだと伝えられてきている。新年を祝う年賀状の中でもうさぎの絵柄は可愛らしさを持って新春の喜びを伝える賀詞の役割を果たしている。

しかし、今まで見てきたように卯と兎の文字の甲骨文字の形状は全く異なり、両者はまったく別の漢字と言わざるを得ない。漢字が基本的に象形文字である限り、まず象形文字が誕生し、諸々の抽象的概念はその後複雑な発展過程を経ながら生成されていくもので、漢字「卯」と「兎」はこれを見事に表現したものと考える。
 兎は人間の直感を素直に表現されていることから、まず兎が生成されたものであろう。

 唐漢氏の解釈は太古の人々は、全体の運動を人間の一生サイクルと捉えて胎児が産道を通って生まれるまでの過程になぞらえている。さもありなんという説ではあるが、天体の運動の規則性を人間の誕生の過程を結びつけるには論理の飛躍があると考えている。


まとめ

   「卯」は十二支を構成しており、十干と合わせて干支と呼ぶ。十干十二支は戦国時代に作られた陰陽五行説よりもはるかに古い起源をもつので、陰陽五行説による説明は後付けである。
 また生命消長の循環過程とする説もあるが、これは干支を幹枝と解釈したため生じた植物への連想と、同音漢字を利用した一般的な語源俗解手法による後漢時代の解釈である。

 鼠、牛、虎、卯…の12の動物との関係がなぜ設定されているのかにも諸説があるが、詳細は不明である。 以上のことから十二支の「卯」と動物のウサギには何の関連性もないものである。
  


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2023年7月29日土曜日

漢字「冦」の意味するものは?春秋時代から繰り返されてきた蛮行(蛮冦) 私たちは歴史から何を学んだか


漢字「冦」に見る「歴史は繰り返される!」司寇、元寇、倭寇・・春秋時代から繰り返されてきた蛮行(蛮冦)

 今ウクライナで蛮行は、露冦と形容できるかもしれない。

ここで取り上げた漢字「冦」は実は春秋戦国時代には出来上がっていたようだ。

   それから実に2500年もの間、繰り返し使われ、そして、今この時点でも、立派に再現されている。ロシアのウクライナ侵攻が、まさにこの「冦」にあたる。
 2500年もの間名付けられた蛮行は、「司寇、元寇、倭寇」という名で登場し、これ以外に無数の蛮行が繰り返されてきた。そして今新たに「露冦」という名前が、歴史に刻まれたと言っていい。

 歴史に学べと言われるが、人間はこれまでの歴史から一体何を学んだのだろうか??


導入

前書き

 屋内に入り込んで人の頭を棍棒でぶん殴るという流行りの連続強盗のまんまを表している。

 この記事は2012年のもの「漢字「寇」は何を意味するか。」をバージョンアップしたものであるが、前載「倭寇と日本人のDNA:司馬遼太郎氏の深い洞察に学ぶ」をさらに、人間の業というべきものに迫りたい。

目次




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漢字「冦」の今

漢字「冦」の解体新書


「寇」の漢字の構成

 「冦」は人の住む家を示す「完」+小枝を手にもって殴る様を示す漢字「攴」の会意文字である。攴は古くからある字で、人々が人や動物に対して早くから殴りつけてつけていたことを示す。一方家の方は、屋根が明確に示されていることから、住環境がある程度整ってから出来た漢字と思われる。
冦・楷書
家の中の人を、こん棒で攻撃することを示す
完・金文
家の中に人が居る有様
攴(ボク)・甲骨
こん棒で攻撃することを示す


 

「冦」の漢字データ

漢字の読み
  • 音読み   コウ
  • 訓読み   あだする・せめいる・かたき

意味
  • 暴行を加える
  •  
  • 略奪する
  •  
  • 主に身内以外の者に対する暴行をいう

同じ部首を持つ漢字     攴、攻、放、牧、敵
漢字「冦」を持つ熟語    冦、元寇、倭寇


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漢字「冦」成立ちと由来

「寇」の漢字の由来については、古代の中国の歴史的背景に関連しているとされています。
 以下の説があります。

  1. 説1: 侵略者や略奪者を指す説
    「寇」は、古代中国において侵略者や略奪者を指す言葉として使用されたという説があります。古代中国では、他国や他地域から侵略されることが多く、そのような侵略者や略奪者を「寇」と呼んでいたとされています。
  2. 説2: 略奪や侵略を意味する説
    「寇」は、略奪や侵略を意味する漢字であるという説もあります。古代中国では、戦乱や略奪が多く、略奪や侵略を表現する漢字として「寇」が使われたとされています。
  3. 説3: 神秘的な敵を意味する説
     また、「寇」は神秘的な敵を指す語としても使用されたという説もあります。古代中国では、異民族や外敵を神秘的な存在として捉えることがあったため、そのような敵を指して「寇」という漢字が用いられたとされています。

  4. 以上のように、諸説あるため確定的な由来を特定することは難しいですが、これらの説を参考にすることで、「寇」の漢字が持つイメージや意味を理解することができます。


引用:「汉字密码」(Page、唐汉著,学林出版社)
「寇」は建屋の中で行われる暴行を表す

唐漢氏の解釈

 「寇」は会意文字である。甲骨文字の寇の字は上部は建屋を表す。屋内の右には一つの棍棒を持った手、まるで左の人をまさに殴っているようである。しかし、ここでのウ冠は、屋内というより、「内部」という意味合いが強いのかも知れない。つまり内側に入り込んでくるという感覚なのか。


漢字「冦」の字統P305の解釈

 冦: あだする・せめいる・かたき
 会意 完と支とに従う。 冦は廟中に人のある形。元は結髪している人で、元服の式を冠という。
 寇は虜囚として廟中に連行されたもの。これを祖霊の前で殴つのは、外賊に対する呪的な意味をもつ行為であろう。〔説文〕 に「暴なり」と訓するも、ただの暴力行為ではない。[慧琳音義」などに引く〔説文〕に、「その完聚するに當りてこれを寇つ」 とするが、この字形中の完は、首を全うして虜囚となったものをいう。
 武力 による寇略のみでなく、財物を掠取することをも寇といい、農作物を掠取したことをいう。
 〔左伝] 文七 年 「凡そ兵、内に作るを亂と爲し、外におけるを寇 と爲す」というように、外寇を意味する字である。




漢字「冦」の漢字源の解釈

 会意。「完(周囲を完全にとり巻いた家)+(こわ す)」で、防ぎを破って家をこわすことを示す。



漢字「冦」の変遷の史観

文字学上の解釈

「寇」の漢字の発展

 この種の屋内での凶行は却って略奪の行為を「寇」とするのに適している。小篆の「寇」の字は将に屋内の左に立つ人が変化して「元」の字なっている。「元」は古文字では、頭を突出した人の形で、棍棒を用いて頭部を攻撃して、残虐に殺す意思を含んでいる。楷書は小篆からきて、一脈引き継いでおり、形も似ている。


「寇」の使われ方

 「寇」の本義は屋内の暴行、即ち盗賊や匪族の意味である。盗賊ないし侵入者はこの為「寇」または侵犯の意思を含んでいる。杜甫の詩「復愁」の如く、その中に「万国なお防寇あり」、この寇は侵入者を指す。明代に将に侵入してきた日本の浪人たちは倭寇とよぶ。抗日戦争当時、中国人民は将に日本の侵略者を「日寇」と称した。全て侵略者の意味である。
冠と寇し、その中の寸は手であり、その手で持って、帽子をかぶるのを冠という。冠と寇は意味と音は全く異なるのだ。つまり一方は冠で、もう一方は侵略者だ。


引用:司馬遼太郎「日本人と日本文化」

  対談本「日本人と日本文化」の中で、司馬さんは室町中期から秀吉の辺りまで倭寇が活躍?していたことについて触れ面白いことを言っている。少し長いが引用する。

倭寇と日本人のDNA

   彼らは世界の中の日本の位置づけを知らないので、ただ荒らしまわるだけで自らビジネスに出来ない。大体が情報を握っている中国人の手下で働き、いわば暴力労働者の様な形になっていたという。
 五島列島の倭寇は中国の杭州湾口にある船山列島を明軍と戦い占領したことがあった。
 占領したら自分のものにしたらいいのだけれど、彼らは3カ月程すると故里が恋しくなって日本に帰っていくことを繰り返していたらしい。土地の人々も、倭寇が来てもほったらかしにしておればいいといわば泰然と構えている。「いずれ彼らは帰って行くんだ」と。
  倭寇には土地を占領してそこを治める政治力が育たない。

  これとある意味全く同じようなことが、太平洋戦争でもあったと司馬さんは言っている。
 当時海軍にいた司馬さんの遠い親戚の人から聞いた話として、「当時の海軍には真珠湾を攻撃することはできるが、しかし攻撃した後どうするかという戦略がなかった。それは海軍に留まらず日本国全体が持っていなかった。」
   彼はアメリカは非常に強い。どうせ負けるのであれば、「倭寇で行きましょう」と進言したということである。つまりどういうことかというと「真珠湾を攻撃し、そしてアメリカ沿岸を空襲して帰ってくればいい。ただそれだけのことです。」

 明治の戦争以外は日本人には倭寇の時と同じで、欲望表現としての戦争があっただけで、戦後の処理をどうするかという戦略も持たずに突入していった。当たり前のことではあるが、倭寇のDNAと日本の主導者のDNAは同じであり、まったく同じ過ちを繰り返していると司馬さんは分析している。
   これを読んで、目からうろこが落ちるという印象を否めなかった。これは、ある意味今でも脈々と受け継がれている。
原子力発電でもそうだし、沖縄復帰の問題でもそうではないだろうか。どんと花火を打ち上げ、世間の注目を集め、選挙に勝つなりしたらもうそれで全てよしとしているきらいが窺えないだろうか。


まとめ

  漢字「冦」に限らず、人間は様々な蛮行を繰り返し、地球を破壊してきた。最近私たちの身上に起こっている出来事は、地球はもう取り返しのつかないところまで破壊されているのではないかと思わせる。地球が出来て45億年、基本的に何もなしに生きてきた、人類が誕生するまでは。しかも地球が死の淵に追いやられたのは、この地球の長い歴史の中で、ごくごく最近のわずか50年のことではないか。もう遅いのかも知れない。しかし、それでも最後のあがきを人類に求めたい!
  


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