2012年7月27日金曜日

裳はスカート:「裳」の語源と由来



衣裳の「裳」はもともと「常」と書いていた。「常」の字から派生字の「裳」が出来たその秘密に迫る。そんな大層な問題ではないが・・。
衣裳の「裳」はもともとは「常」と書いていた。
「裳」は「常」の派生字である
引用 「汉字密码」(P697, 唐汉,学林出版社)


 「常」は会意文字。「尚」+「巾」

 「常」は会意文字である。原義は下衣のことである。即ち人が下半身に身につけるスカートのことである。金文の「常」の字は上部は「尚」で、元々は古代の家の屋根で両方に勾配が付いている家を指す。下部は「巾」の字で布を指す。両形の会意で、スカートの前と後ろを隠して遮蔽している様をよく現わしている。小篆の「常」の字は金文を受け継いで、基本形は同じである。「尚」の字はまた発声を表示することから、巾と尚の発声で、形声字にもなっている。楷書ではこの事から「常」と書く。 

 新しい意味の派生

 古人はすでに羞恥心が備わっていたことから見て、夏の炎天下で上着は脱ぎ捨てることはあっても。下着は脱ぐわけにはいかなかっただろう。この為に「常」の字から恒久とか常時という意味が引き出された。

 『苟子•荣辱』の「仁义德行,常安之术也」 仁義徳行は常に安らかなる為の術であるという意味。

 「常」は「裳」に庇を貸して母屋を取られた格好

 常の字は引き出された意味専用になり、古人は「裳」の字を作り、専ら下半身のスカートを指すようになった。これは、常の字の下の「巾」が「衣」に変化し、派生字を作り出した。衣と裳を同時に上げた時、衣は上着、裳は下着(スカート)をさす。
「漢字の世界の起源と源流を探る」のホームページに戻ります。

2012年7月25日水曜日

衣裳の衣は上着のこと、裳はスカートのこと

 「衣食足りて礼節を知る」ということわざがある。しかし最近のいじめの問題を考えてみると、「衣食足りているはず」のいいところの子弟が加害者になって平然としている。「衣食足りて・・」という命題はほんとうに正しいのか自信がなくなってくる。マスコミは学校が悪い、教育委員会が悪いと激しく責め立てる。悪いのは事実である。しかし、物事の背景には、家庭教育の欠如があるような気がしてならない。特に幼児、児童教育がわるいのでは。大きくなってからあれこれ言っても、はっきり言って遅い。これは自分自身の実感だ。


引用 「汉字密码」(P696 唐汉,学林出版社)

  「衣」は象形文字である。甲骨文字、金文、小篆の字形は基本的に同じである。その上部は人の字形で、着物の首の部分を表している。両側の開口部は袖で、下部は襟である。即ち古代の左前、右前である。楷書の形体は隷書化の過程で、字形が美観を志向し、但し象形の味わいは失われている。既に衣服の様子はない。

  東方未だ明るくない。衣服の上下を間違えた。これは《詩・斉風・東方未明》の中の2句詩东方未明,颠倒衣常(同裳)である。これは天がまだ明るくない時に起床した慌てて上下の衣服を履き違えたということである。現在は衣裳は一つの言葉であるが、古代は2つの言葉であった。説文は上は衣、下は「裳」と解釈している。「衣」の本義は上着を指す。《詩・却風・緑衣》にある如く、「绿衣黄常(同裳)」このことは緑色の上着に黄色のスカートという意味である。

 「衣」の字は上着から拡張され、衣服の総称になった。《詩・函風・七月》:着るものも食うものもない。服装と食品は人々と切り離せないものである。この為人々は衣食を与える人を称して「衣食父母」という。衣服は体の外に付けるもの。いわゆる、衣の字は物体の表面を覆う層のものを指すのに拡張された。書衣、落花生の衣、地衣、糖衣などなど。その中の衣は事物の外の表皮を指す。
  日本では、男は左前、女は右前と決っていて、これは、男が女の胸に手を入れやすくするための決めごとと聞いていたが、あんまり関係はなかったみたいだ。それよりも男は武器を手にする必要から、右手を懐にすんなり出し入れするには左前しかない。これは古代からずっと続いてきたことなのかもしれない。
 因みに中国でも男の服は左前と決っているようである。また人民服は男女にかかわらず左前、現在でも軍服は左前のようだ。但し見栄えを重んじる儀礼服は女性は右前になっているようだ。
 日本の自衛隊については、戦闘服は分からないが、行進の時の制服は男は左前、女性は右前となっているようである。
 想像するに戦闘服は男女の右左の区別はないのではと思っている。


中国网より