2023年11月25日土曜日

養・牧のいずれも家畜を養うことを意味するが、その中心を担うのは「羊」である。そのことは「養」の字の『良』に現わされている


養・牧のいずれも家畜を養うことを意味するが、その中心を担うのは「羊」である。

 「養」の字の中の『良』という字は、まさに羊の持つ全面的な有用性を古代人が認識していた証左だ。

漢字「養と牧」の成立ち:「養」は羊の飼育、「牧」は牛の飼育を表している!
 古代人は人類が羊を飼い始めたのは、一万年ぐらい前、トルコに始まったといわれている。漢字の「養と牧」が出現したのも、それとほぼ同じ時期と考えられる。
 羊の祖先は「山羊・野羊」で、同じ有蹄類ウシ科に属しているが、その養育の歴史はずいぶん異なるようである。羊は性格もおとなしく、飼いならすのにそれほど手間はかからなかったでろうが、牛は野牛を飼いならし始めたため、人類はずいぶん手間取ったようである。

 当ブログの記事「漢字「家」はなぜ「ウ冠に豚」で漢字 牢 はなぜ「ウ冠に牛」なの」を参照されたい。




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漢字「養と牧」の今

 
漢字「養と牧」の楷書で、常用漢字です。
 今では養も牧も同じように使っていますが、古くは養は専ら羊を養育することに用い、牧とは牛を養育することに用いていたようです。
養と牧・楷書


漢字「養」の解体新書


 甲骨文字からは、この文字の性格が良く窺える。羊に鞭を手にした有様はまさにそのまま。
 羊を養育し、人々の生活の糧にしていたのは、有史以前の約1万年前の頃には、すでに始まていたということだ。  
養・甲骨文字
養・金文
養・小篆


 

「養」の漢字データ

漢字の読み
  • 音読み   ヨウ
  • 訓読み   やしな(う)

意味
  • 養育する
  •  
  • かう
  •  
  • 栄養を補給する

同じ部首を持つ漢字     美、羞、義、鮮
漢字「養」を持つ熟語    養、養牧、栄養、養分


漢字「牧」の解体新書


 漢字「養」と同じく、甲骨文字を見れば、何を意味しているかは一目瞭然だ。
 牛に鞭を手にしている。 
牧・甲骨文字
牧・金文
牧・小篆


 

「牧」の漢字データ

漢字の読み
  • 音読み   ボク
  • 訓読み   まき

意味
  • 牧場
  •  
  • 牛を養育する
  •  
  • 牧場で家畜を養育する

同じ部首を持つ漢字     牧、牡、特、牲牲、
漢字「牧」を持つ熟語    牧、牧畜、牧場、牧羊


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 甲骨文や金文にある「養」という字は、もともとは会意文字であり、篆書で羊を追い立てる鞭や棒を持った人の形に似ており、羊を飼うことを意味する。

 甲骨文や金文に「牧」の字もあり、家畜を飼うという意味では、「養」と「牧」という言葉は全く同じでであるが、一つは羊の放し飼いともう一つは牛の放し飼いで意味が異なる。

 漢字の発展と進化の過程で、牛の「放し飼い」は放牧を意味し、羊の「放し飼い」は飼育下で育てることを意味する2つの文字に分割された。


漢字「牧」の字統の解釈

 会意 牛と攴とに従う。 牛を逐うて放牧する意。 〔説文〕 三下に「牛を養ふ人なり」とあり、また牧養すること 牧場の意に用いる。

 牛に限らず、馬や羊を養育することをもいう。〔左伝〕 襄十四年に 「庶人工商皁隷牧園」とあって、牧養に従うもの はみな卑賤のものであった。

 また民治を牧養のことにたとえ、地方長官を牧民といい、〔書、立政 「力の牧を宅け」「周礼、大宰」「その牧を建つ」とあり、また牧伯という。




漢字「養と牧」の変遷の史観

文字学上の解釈

 左の「牧」の変遷を見ると甲骨文字には多数の款があり、それぞれかなり多様性を持っており、文字の発展の過程をうかがい知ることができる。ところが金文、小篆になると文字の中に多様性はあまり見られず、ほぼ表現は一定している。
 このことは何を物語るか。これらの数少ない例証で性急に判断するの多少危険であるが、それでも、金文や小篆、大篆の時代になると牧や養もかなり行き渡り、ポピュラーなものになっていたのではないかと推察される。つまり実際の生活が文字に反映された結果ではないだろうか?

まとめ

  

  古代中国の中原地方には野牛が大量に群れをなしていたという。われわれの祖先は水牛を飼い馴らすのに地面に大きな穴を掘り、その中に野牛を囲い込んで飼い馴らしたという。このときの柵がウ冠で表現されたことから「牢」という字が生まれたという。
 このことは伝説の物語として、殷の王子・王亥(BC1854-BC1803)が初めて牛を飼い馴らしたとの記述が「楚辞」にあり、王亥という人物の真偽は別としても、野生の牛が殷王朝のころには既に飼い馴らされていたであろうことと符合する。

   このように漢字の中には、人間の生活が刻まれている。
現代では養牧として、羊も牛も同等に扱っているが、古代から一貫してその中心を担ってきたのは、羊である。それは牧羊、遊牧、囲い込みなど飼い方の形態の多様性にも表れている。なぜ羊が中心を担ってきたかの理由は、羊の持つ有用性で、羊毛、羊肉、羊乳など人間にとって、ほぼ全面的な必要資源を供給する。遊牧民族にとって羊は生活の糧全てあったし、産業革命前夜の囲い込みは羊から良質の羊毛から多量の織物をとることを目的とした。

 唐漢氏は羊を養うことを意味する「養」という字の中に、『良』という字を含む理由は、まさに羊の持つ全面的な有用性にあったと主張している。

  


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