2023年9月16日土曜日

「殺し」の漢字考:人は誰がために人を殺めるのか?


「殺し」の漢字考:人は誰がために人を殺めるのか?

 前回の上載記事「漢字「殺」の変化に見る人間の「殺」の意識の変化。」は認識不足の部分があり、ここに訂正加筆を加えることとなった。
 主な訂正箇所は、「殺」の甲骨文字の理解に致命的な誤りがあったために、訂正を加えた。

 「殺し」を意味する漢字は、20種にも及ぶ。たった一つの行動に対して、どうしてこれ程多くの漢字が必要とされたか?

 それは、「殺し」という行為があまりに重すぎるため、一種のうしろめたさも手伝い、あるいは贖罪の気持ちもあり、少しでも責任逃れのため、言い訳をしてしまった結果だろうか。

 今日は、これらの「殺し」を意味する漢字を取り上げ、漢字に込められた殺人者の心理に迫る。 




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「コロシを意味する漢字」の一覧

辜斬殺殊殀亟戕刳死卯犮殲劉戮蔡僇誅弒煞殛屠弒


 

漢字「殺」の解体新書

 漢字「殺」の楷書は「殺」と書きます。漢字の簡体化で「杀」となり、甲骨文字の字形に接近してきました。殺の本義は殺すことで植物や動物や人が命を失うことです。
殺・楷書


 会意 タタリをなす獣の形と、殳とに従う。テイは祟の 初文。その呪霊をもつ獣を撃って、自己に向けられ ている呪詛を祓う共感呪術的な方法を、殺という。 もともと減殺を本義とする字である。〔説文〕  「戮するなり」とし、罪によって人を刑殺する意とするのは、のちの転義であり、もとは呪詛を減殺する呪的な方法を意味する。それで減殺 相殺の意と なる。廟中でその呪儀を行なうことをサイといい、放竄の竄のもとの字である。
「殺」・甲骨文字
祟りを引き起こす獣を撃って自己に向けられた呪詛を祓う意味を持つ
「殺」・金文
字の体裁が整えられている
「殺」・小篆
以上2文字の会意で、即ちとか直ちにを意味する


 

「殺」の漢字データ

殺しを意味する漢字
  • 「殳」
    殺:P348一枚の枝の葉、切り落とされた様子です。
     (もちあわ)の穂を刈りとり、その実をそぎとること。
     タタリをなす獣の形と、殳とに従う。テイは祟の 初文。その呪霊をもつ獣を撃って、自己に向けられ ている呪詛を祓う共感呪術的な方法

    弒:P372 臣下が主君、雇い人が雇い主、子が親を殺す等、倫理に反した殺人をおこなうこと。主に漢籍の訓読時に用いる。  
  • 「歹」:
    殊:P401死罪とすることをいう。「誅」と字義を同じとする。
    殀:P845「殀」は没なり。若死にのことをいう。若死・殺す
    死:P364「歺と人に従う」歺は人の残骨の象。歺の前に人の跪く形で、明らかに複葬の形式
    殲:P529 声符は韱(セン)。センは多くの人の首を伐る意である。ころす、みなごろしにする。

  • 「刀」:
    刳:P274 声符は夸。「玉篇」に「物の腸を空にするなり」とあるように、物をえぐり取って中空とするをいう。曲刀を持って深くえぐり取ること
    劉:P879 「ころす、克つ、陳ぬ(つらぬ) 惨殺することを意味する。

  • 「斤」:
    斬:P356 車と斤に従う。車を作るための材を切ることをいう。車裂の形のことをいうが、車裂の形には斤は不要であるから、斬るとは材を切ることだという説あり


  • 「戈」:
    戕:P437 声符は爿。説文に「槍なり」というも戕は「槍」で人を刺殺することをいう。ショウ、ころす
    戮:P875 リク 声符は翏。説文に「殺すなり」とあり、罪によって殺すことをいう。
       戮に僇(ころす)、勠(みなごろし)の意味も含む。


  • 「亟」:
    亟:P205 会意:二と人と口と又とに従う。二は上下の間が狭く、狭笮する空間に人を押し入れて、その前には祝禱の器を置き後ろから手を加えて、これを殴ち懲らしめる意
    殛:P206「歺と亟に従う」亟は人を極所に押し込めてこれに誅責を加える形。

  • 「その他」:
    辜:P278 形声:声符は古、辛は刑罰として入れ墨を加えるときの針器で、
     辜とは入れ墨の罪をいう。
     また辜は入れ墨の罪にとどまらず、磔殺の意を含むとされた。
    辠:P278 辠とは鼻に入れ墨を加える刑をいう。辠は罪の初文
    卯:P794 象形:牲肉を両分する形。卜辞に犠牲を卯す(ころす)意に用いており、それが字の初義である。
    煞:P348 急と支に従う。はやし、ころす
    犮:P695 象形:犠牲として、磔殺された犬の形。清めのために行われるもので、修祓の祓いの初文。祓は犬牲の形。
    蔡:P341 象形:字の初文は祟りをなす呪霊を持つ獣の形。長毛の獣の形である。

    誅:P596 声符は朱。朱に咮の声がある。説文に「討つなり」とあり、誅戮、誅滅することをいう。
    屠:P637 形声:声符は者。者に都の声がある。説文に「刳くなり」とあり、牛、羊の属を殺すことをいう。
     多くを一時的に屠殺するので、城市を攻めてその人を皆殺しにすることを「沛を屠る」のように言う。


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漢字「殺」成立ちと由来:「殺」の変遷はどこからもたらされたか

漢字「殺」の字統(P348)の解釈

  会意 「たたり」をなす獣(テイ)(シュ)とに従う。祟その呪霊を持つ獣を撃って、自己に向けられている呪詛を払う共感呪詛的な方法を「殺」という。説文に「戮する也」とあるのは、後の転義であり、もとは呪詛を減殺する呪的な方法を意味する。



 殺を構成するテイで、その呪霊を駆使して呪詛などのことが行なわれた。






引用:「汉字密码」(Page、唐汉著,学林出版社)

唐漢氏の解釈

  「殺」これは象形文字です。甲骨文の「殺」の字はまるで一枚の枝の葉、切り落とされた様子です。だがまだ木の皮と木が連なっている状態です。但し枯れてしまって間もなく死んでしまう状況です。 
 「殺」の字の発音は大きな木の枝が折れたときのガザガザという音です。金文の字は少し変化して、夭折の形はかえって跡形もなくなっています。
 小篆は金文を引き継いでいますが、但し構造はいわば変化しており、左辺の上部のXは切断を表示し下辺の叉は手で掻きむしった様を表示しています。両側にある縦の線は下向きで、言葉の意味をさらに明晰にしています。右辺には一個の武器「支」が付け加えられた意味です。この時の言葉の意味は既に夭折して死亡したことから殺戮して死んだことに意味が変わっています。隷書を経て楷書は「殺」と書きます。漢字の簡体かで「杀」となり、甲骨文字の字形に接近してきました。殺の本義は殺すことで植物や動物や人が命を失うことです。

 甲骨文字の解釈が、白川氏は「祟りをなす獣を撃つ」と見るのに対し、唐漢氏の解釈は「一枚の枝を切り落とす」と解釈する違いが、両者の決定的な解釈の違いとなり、世界観にまで広がっている。どちらが正しいとは言えないが、唐漢氏の解釈から「殺す」という意味を引き出すには多少無理がある。



漢字「殺」の漢字源(P859)の解釈

 会意。「メ(刈りとる)+(もちあわ)+殳(シュ:動詞の記号)」で、(もちあわ)の穂を刈りとり、その実をそぎとること。摋(そぎ削る)と同系。また散(そぎとってば らばらにする)とも縁が近い。殺陣師 殳,殺,


まとめ

 人間は今まで、数えきれない殺戮を繰り返してきた。

人間以外の動植物は決して他を殺そうとしない。百獣の王ライオンは肉食上動物の頂点に立ちいろんなものに襲いかかり食する。彼らはただ食べるだけ。食べること以外に他の動物を殺すことはしない。縄張りを守るため自分の支配下に入ってきた他の侵入者を追い回し追い出すことはする。しかしその侵入者が領域外に出てしまえばそれを追い回して殺そうとはしない。

 彼らは自分が空腹でなければ、いくらってものが目の前に来ても反応を示し戦うことはしない。
 殺すという行為は人間だけが行う本来の衣食住とはかけ離れた行為と言わねばならない。しかしこの行為を人間を見つけたばかりに自分の本来の生存とは関係なしに他を傷つけ殺し凌辱していく性格を身を着けたといわなければならない。

 人間とは厄介な生き物である。そう考えれば、人間の社会から戦争はなくなるとは思えなくなる。
 人間がどのように高尚なことを考えようとも、哲学的であったとしても、あるいは高邁な宗教者であったとしても結局は食べること(生活・経済)から逃れることはできない。このことは食べること生活することが全ての基本であると考えたマルクスやエンゲルスの深い思考には頭を下げざるを得ない。 この世から「殺し」をなくするのは、結局経済の問題に帰結する。なぜか悲しくなってしまう。

  


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