2024年3月30日土曜日

漢字・恒は実に意味深いし意味深い:成立ちと由来に迫る


漢字・恒は実に意味深い。それは、この字の成立ちと由来からくる

漢字「恒」の出生の秘密とどうして「恒久・永遠」という意味を持つようになったか?
 もともとは「亘」から来たという。しかし、この「恒」の原字は「亘」ではなく、「亙」ではないかという説がある。ここでは、白川博士や唐漢を逸脱して、大胆に「亘」と「亙」の問題について掘り下げてみる。

導入

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漢字學の原点である許慎の「説文解字」の世界に立ち返り、今日の漢字學を再構築した名著

前書き

目次




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漢字「恒」の今

漢字「恒」の解体新書

 左は漢字「恒」の楷書で、常用漢字である。
 右は「恒」の小篆だ。「恒」の原字は「亘」だという。亘には同じ様な字体で、亙という字が存在する。結論から先に言うと、「恒」の原字は「亘」ではなく、「亙」ではないか考えている。
恒・楷書
亘・楷書


  
恒・甲骨文字
恒・金文
恒・小篆


 

「恒」の漢字データ

漢字の読み
  • 音読み   コウ
  • 訓読み   つね

意味
  • 不変、変わりがない
  •  
  • 永久に
  •  
  • 常に、久しい

同じ部首を持つ漢字     亘、亙、姮
漢字「恒」を持つ熟語    恒、恒久、恒常、恒星


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漢字「恒」成立ちと由来

引用:「汉字密码」(Page、唐汉著,学林出版社)

唐漢氏の解釈

 「恒」の甲骨文は「亘」、立心偏はない。
  「亘」の字の上下の横線は天と地を表し、中央には三日月が描かれている。 両形の会意で、上弦の月が徐々に満月に変わっていく様子を意味し、また月が天地に恒常的に存在することを表している。
  例えば、『詩経』では「月のように永遠、太陽のように昇る」というように、「恒」とは、三日月から満月、満月から三日月へと永遠に変化し続けることを指している。

漢字「恒」の字統の解釈

 形声 声符は亘。亘は上下二線の間に弦月の形をえたものであるが、「亘」の篆文と古文との形が著しく異なるので、その初形を定めがたいが、亘・亙の両字が同字異文として存在する。亘・亙はもと異なる字であるにもかかわらず、亘・亙の両字が同字異文として考えられたため、混乱を生じたところがある。


漢字「恒」の説文解字の解釈

 恒、常也。 天と地の上下の間にあって、心と舟とに従う。
 ここでいう舟は三日月のことをいう。太古の人々は三日月が常に変わらずに、天と地の間にあって存在し続けるようにみたのだろうか。



漢字「恒」の変遷の史観

文字学上の解釈

 恒の甲骨文の3款である。


 恒の金文の2款である。なぜ金文になると立心偏が現れたのか。
 この甲骨文から、金文に至るまでの約1000年の変化の過程が、失われた1000年といっても過言ではなく、私にとっては謎である。


 字統では、「亘」の字形について、篆文と古文との形が著しく異なるので、その初形を定めがたいと述べている。
 亘・亙の二字はもと異なる字である。ただ恒をまた亙ともしるし、亘・亙の両字 が同字異文と考えられたため、混乱を生じたところがある。わたる・連なるの訓は、もと舟の形に従う亙の字義である。結局のところ全く訳が分からないことになる。




まとめ

 恒の原字は亘だという説があり、ではその亘という字には、亘・亙の二つの異体字?がある。亘・亙の二字はもと異なる字でにも拘らず、同じ字義を持つものと考えられた。「亘」という字は、もっぱら垣根や石垣のような本来の字義に用いられるようになった。
 一方、「恒」には天上に現れる月が天と地を結ぶ象徴のように「常や不変」を表す意味を持たせ、リッシン偏をつけて明確にしたのではないだろうか。

  


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2024年2月29日木曜日

漢字「影と陰」はどう違うのか。目に見えるかげと目に見えないかげのどちらが怖い?


漢字「影と陰」はどう違うのか。

影と陰は訓読みをするといずれも「かげ」と読む。この違いは、以前にも、本ブログで取り上げたことがあるので、参照いただきたい。
 漢字「陰」の成り立ちと由来の意味するもの:陰と陽の弁証法と世界観
 ただこの時は「陰と陽」という相反する側面から取り上げた。
 今回は「影と陰」といういわば同義語の側面から迫ってみよう。

導入

毎日ことばで、「影と陰」が取り上げられていたので、後付けをしたい。

毎日ことば 第938回 見えるかどうか
 「影」と「陰」は目に見えるかどうかで 区別します。
  影は「光を遮ってできる黒い 部分」なので目に見えます(影法師など)。
  陰は「光が当たらないところ」なので目に見えません
   「経済発展のカゲで犠牲になる」などは見えない「陰」が適切です。

   https://salon.mainichi-kotoba.jp

押しかけ推薦・一度は読みたい名著  阿辻哲次著『漢字學

漢字學の原点である許慎の「説文解字」の世界に立ち返り、今日の漢字學を再構築した名著

前書き

目次




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漢字「影と陰」の今

漢字「影と陰」の解体新書


 
漢字「影と陰」の楷書で、常用漢字です。
 漢字「影」は構成要素である字素の「景」と「彡」からなる。
 景は説文解字では「光」なりと説明されている。
 さらに、詳しく、說文に「光なり」とし、京声とする。光景とは日の光をいう。(周礼、大司徒〕に「日景を正して、 以て地の中を求む」と日景測量のことをいい、地上千里にして日景に一寸の差があるという。
 もう一方の「彡」は字統によると、毛髪や彩色・光などを示すもので、象形というよりも、象意というべきものであろう。
 〔説文〕九上に「毛飾の畫文なり」とあり、文飾をいう。すべて色彩や形態の美を示し、怒・形・彩・彦・彫・彰・影・修などは その意と説明している。

 この二つの字素の会意で、日の光とそこに現る光線でうまく説明され、整合性が良くとれていると思う。
影・楷書陰・楷書


  
影・小篆
影・楷書
彡・楷書


 

  

「影と陰」の漢字データ

漢字の読み
  • 音読み   エイ
  • 訓読み   かげ

意味
  • かげ: 光が物体にさまたげられた部分
  •  
  • 本物でないもの:人影、影武者

同じ部首を持つ漢字     影、景、杉、形、彫、彩
漢字「影」を持つ熟語    影、撮影、影響、


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漢字「影と陰」成立ちと由来


 漢字「影」の原字は「景」である。説文にも「影」の字は収められていない。


漢字「影と陰」の字統の解釈

 会意 景と彡とに従う。景は影の初文。
 のち光や音などを示す彡を加え、影の意に用いる。
 〔説文〕 にみえず、〔玉篇〕に至って収めている。諸経籍の影字はもと景であったらしく、〔顏氏家訓、書証〕 に、影字を作るものは晋の葛洪の〔字苑〕にはじま るとする説がみえている。
  また、白川博士は字統の中で、影の原字は「景」であるとする、形声 声符は京。說文に「光なり」とし、京声とする。光景とは日の光をいう。(周礼、大司徒〕に「日景を正して、 以て地の中を求む」と日景測量のことをいい、地上 千里にして日景に一寸の差があるという。


漢字「影と陰」の漢字源の解釈

会意兼形声文字 景は「日+音符 京」からなり 日光に照らされて明暗のついた像のこと。影は「彡(模様)+音符 景」で、光によって 明暗の境界がついたこと。特にその暗い部分。


漢字「影と陰」の変遷の史観

文字学上の解釈


古代人たちは、目に見えないものを恐れの対象と認識し、目に見える影は、改めて識別する必要がなかったのかも知れない。このことから考えると、古代人にとっては、目に見えるものがすべてであり、目に見えないものは、自分たちの認識を超えるもので、それが何者であるのか見当もつかなかったのではないだろうか。つまりそこには神の世界というか自分の認識を超えた畏怖すべき領域にしか映らなかったのではなかろうか。

漢字「影」は景と彡からなり、さらに景は「日+音符 京」からなり、 日光に照らされて明暗のついた像のを意味する。影は「彡(模様)+音符 景」で、光によって 明暗の境界がついたこと。特にその暗い部分。
 こうして漢字生成の過程を跡付ければ、漢字が実に論理的に構成されていることがわかる。





まとめ

   漢字「影と陰」の成立ちから人々の事物の認識の過程を跡付けてみた。もちろんこの仮定は、たわごとにしか過ぎない仮説であるかもしれないが、これが仮設でなくなる日も遠からずあると信じている。
  


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