2024年4月7日日曜日

漢字 陽と陰の成立ちと由来の歴史学・・人々は最初は陽と影と表現したのではないか


漢字 陽と陰の成立ちと由来の歴史学・・人々は最初は陽と影と表現したのではないか

 このページの表題「陽と陰の成立ちと由来」は、一見いかにもいかがわしい印象を与えている。現代の実証主義的な考え方にならされた私たちは、陰陽と聞くと、即座に陰陽道の「安倍晴明」の名前が浮かび上がり、何か得体の知れないものを感じ取って、それだけで拒否反応を示してしまう。
 陰陽説は、中国春秋戦国時代に生まれたが、それとは別に独自に生まれた五行説と融合し、陰陽五行説として、理論的にも確立されている。

 勿論科学の分野で言えば、多々批判はあるとは思うが、陰陽五行説を単なる観念論として葬り去るのではなく、シッカリ捉えなおす必要はあるのだろうと思っている。

 前置きが長くなったが、陰陽五行説も、今日まで、特に中医学の分野で、中心的認識としての役割を果たしている現実から見て、一概に観念論として片付けてしまうわけにはいかないような気がしている。

このページは「漢字の成り立ちと由来の中に陰に陽に込められた陰陽の謎」を加筆したもの
     また「漢字『影と陰』はどう違うのか」も参照ください

導入

押しかけ推薦・一度は読みたい名著  阿辻哲次著『漢字學

漢字學の原点である許慎の「説文解字」の世界に立ち返り、今日の漢字學を再構築した名著

前書き

目次




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漢字「陽と陰」の今

漢字「陽と陰」の解体新書

Sun positive
 漢字「陽」の楷書で、常用漢字だ。陰という漢字も並列したが、両者とも「阝」(こざとへん)を持っている。これは神梯を表しており、神と現世を繋ぐものと考えられ、神が現世に降りてくるもしくは神が天上に上るときの梯とも考えられている。
 そしてこれらの漢字の旁は、それぞれ、霊気を強めるものと霊気を封じ込めてしまうことをあらわす全く二つのことなる機能を表す漢字で構成されている。4000年前の人々はある意味このような世界観を持った人々だっただろうとも考えられる。
Negative, Shadow
陽・楷書陰・楷書






 陽は人の目に見えて甲骨文字が存在していた。
 一方かげには「影」と「陰」が存在するが、影は光が当たることによって生ずるカゲ(人の目に見える)を影と表現した。一方、人の目に見えないカゲは「陰」という文字で表現した。いずれも甲骨文字は存在せず、後世になって生まれた。   
陽・甲骨文字
陽・金文
陰・金文
陰の甲骨文字はなかった
 



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「陽と陰」の漢字データ

・「陽」の漢字データ

漢字の読み
  • 音読み   ヨウ
  • 訓読み   ひ

意味
  • ひ(日)・・(例:太陽)、ひなた(日の当たる所)、陽光
  • 天・春・夏・日・天子・君主・父・夫などのように、主に積極的・男性的な性質を持つもの」(反意語:陰)
  • 現れる・・ 陽転
  • 明らか・・陽性
  • 目に見える・・陽動作戦
  • 高く、大きい
  • 男性の生殖器(反意語:陰)
使い方
  • 「ひ(日)」  太陽、陽光
  • 「現れる」・・陽転

熟語   陽炎、陽気、陽光、陽性、陽転、陽動、陽石、陽子

・「陰」の漢字データ

漢字の読み
  • 音読み   イン
  • 訓読み   かげ・かげ(る)

意味
  • かげ
  • おおう   
  • くらい
  • ひそかに物事が行われる様・人目に立たず
  • 男女の性器、特に女性の性器を指すことが多い

使い方
  • 「陰」・・・人には見えない、人のいない所(例:陰に隠れて悪口を言う、陰語
  • 「影」・・・光がさえぎられてできた黒い部分、はっきりしない象形(例:人影)

熟語   陰湿、陰部、日陰、陰険 陰徳、陰謀、陰気、陰性、光陰


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漢字「陽と陰」成立ちと由来

漢字「陽と陰」の唐漢氏の解釈

引用:「汉字密码」(P273、唐汉著,学林出版社)
・陽の唐漢氏の解釈
 「陽」は会意文字である。甲骨文字の左辺「阜」の原本は上古時代の梯子の象形デッサンである。この表示にはいくつかの階段状の山波があり右側には「日」で、太陽だ。下部は陽光が反射する符号Tがある。字形全ての会意で、陽の光が山波の上に照射している状態だ。いわゆる陽の本義は陽光の照射だ。このことから拡張して、山の南面に向かって日の指すところ、山の丘の出っ張った場所を示している。小篆の「陽」の字は変化し阜と陽とで形声字となった。楷書はこの関係から「陽」簡体化して「阳」となった。

 
・陰の唐漢氏の解釈

 「陰」の左辺の記号は、丘の略記だ、もしくは高い大きな土の丘だ。右辺の上部は「今」の字でもとは男子の射精を示す。下部は「云」の簡略記号で、個々の陰の字は下に雨を降らせる雲だと表示できる。小篆の陰の字は二つの書き方に分離し、一款は「陰」の字で、説文では「陰、暗」と解釈する。もう1款は説文では雲が日を覆うなりとしている。
 

 「陰陽」は一対の概念で、中国文化の中でも非常に深遠な意味を含む。地理の概念を含み山と水に対して中国式の区分をなしている。これは山の南面、水の北面は陽をなし、山の北、水の南は即ち陰となる。この観念の深い影響は地名の呼称に出ている。

 中國人は山水には陰陽があるばかりではなく、人事万物全てに陰陽の共存しないところはない。互いに転化しかれこれ対立し統一する状態にある一陰一陽道と称する、陰があれば陽がある。陰陽は一つの範疇、古代哲学思想の中で最も早く芽生え、影響も深く、弁証法的色彩も濃く、最も広く使用されている。


漢字「陽と陰」の字統の解釈


 声符は昜(よう)。昜は玉光が下に放射する形。玉光には魂振りとしての呪能があるとされた。それを神梯の前に置く形である。陰陽はもと侌昜と記した。昜の日は珠玉の形、下はその光の放射する意。玉光によって清め、霊威を高めることを示す。その霊の働きをまた陽という。


漢字「陽と陰」の漢字源の解釈


会意兼形声文字 原字は侌で、「云(くも)+音符今(含む。とじこもる)」の会意兼形声文字。湿気がこもって鬱陶しいこと。陰は「阜+音符侌」で、陽(日のあたる丘の反対、つまり日の当たらないかげ地のこと。 中に閉じ込めてふさぐの意を含む。

漢字「陽と陰」の変遷の史観

文字学上の解釈

 甲骨文字の時代では、人々は目に見えるものを認識していたのであって、思考は抽象的ではありえなかったであろう。したがって、陽は目に見えるものとして文字化されたと考えられる。

 漢字「陰」は人間の目に見えない抽象的な『かげ』であって、「陰」という字は甲骨文字には存在しなかったであろう。つまり「陰と陽」という概念は時代が下って、人間が抽象的概念をもてあそぶようになってできた文字と考える。





まとめ

 陽と陰という漢字の史的変遷を跡付けた。しかし、人間の思考過程を考ええると初期はあくまでも目に見える、認識できるものを認識していたであろう。思考は具象的で抽象的な思考はとても考えにも及ばないものであったろう。陽と影という対句の概念を表す文字は、「陽と影」という表現が正しかったのではないだろうか。問題はその仮説の裏付けとなる使い方が卜文などに現れていたかどうかである。

  


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2024年4月3日水曜日

漢字「婚」から婚の成立ちと歴史を学ぶ。 今明らかになる結婚は女の昏(たそがれ)ではない!!


漢字「婚」から婚の成立ちと歴史を学ぶ。
「婚」は奥深い!

 婚という漢字の成立ちの紹介です。婚は女偏と夕暮を意味する「昏」の旁の二つの要素から出来ています。
 この記事を読むとなぜ女偏か、なぜ夕暮れ時かが分かります。さらに4千年も前から家を基礎としてきた結婚の長い歴史もわかります。そして「婚」という漢字の成立ちに心の底から納得できるでしょう。

  この記事は2012/03/01にUPした「女の漢字:婚 の由来と成立ち」を全面的に加筆修正したものである。 

導入

押しかけ推薦・一度は読みたい名著  阿辻哲次著『漢字學

漢字學の原点である許慎の「説文解字」の世界に立ち返り、今日の漢字學を再構築した名著

前書き

 漢字 婚は女偏と昏の会意文字である。昏は夕暮れ・黄昏の意味である。するとこの漢字は「結婚は女の黄昏」という俗説が成り立つ。本当はどうなのか探ってみる。
 「婚」の字は甲骨文字にはないようであり、従って当時はまだ婚姻という概念、実態はなかったのかもしれない。
結婚は、太古においても、家族という概念、実態及びそれを支える社会の諸条件が整い、家族を醸成してきたことが伺える非常に深いものであることがわかる。
 漢字 婚は、家、氏族、国家の成立ちさらに農耕民族と狩猟民族の精神文化の違いまで思い至らざるを得ないものを我々に突きつける。

目次




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漢字「婚」の今

漢字「婚」の解体新書

漢字「婚」の楷書で、常用漢字。
 
婚・楷書


 一番左の款は婚の原字といわれる「昏」の甲骨文字です。こうして並列してみると、「昏」と「婚」の間の関連性はうかがえず、白川博士も言うように別の文字ではないかとすら考えてしまう。  
昏・甲骨文字
婚・金文
婚・小篆


 

「婚」の漢字データ

漢字の読み
  • 音読み   コン
  • 訓読み   よめいりぐ

意味
  • 女性が結婚をして、相手の氏族に入ること

同じ部首を持つ漢字     婚、昏
漢字「婚」を持つ熟語    結婚、婚姻、婚姻、婚儀


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漢字「婚」成立ちと由来

引用:「汉字密码」(Page、唐汉著,学林出版社)

唐漢氏の解釈

 婚の字の成立ちは、会意文字であり形声字である。
 金文「婚」の字は仮借によりつくられたであろうが、非常に複雑で、連なっている絵巻のようで、結果的には男女の和合の場面を表すと唐漢氏は考える。
 小篆になると、金文と異なり、字の左は女という字で右は昏の字である。二つを組み合わせると、男女の嫁取りを表すという、社会的な要素が文字の中に反映されるようになっている。
 婚の字の由来は、婚の字の昏は古代にはたそがれ時に嫁婿取りが行われていたことから来たものだ。
 婚の本義は男女双方の正式に結びついた夫妻の意味である。結婚式の礼儀を表す「婚礼のようなものである。
 古代婚姻は家柄を重視したがそのことは結婚する男女の双方の家柄が釣り合っている必要があった。また同姓と結婚しない風習は「国語・晋語四」で曰く「同姓は結婚せず育てても殖やさず」この事は同姓は結婚しても、生育しても栄えないことをいう。
 今日に至っても南方の少数民族の中には未だに之を保っているのもある。 この風習は現代に至っても、中国、朝鮮、オセアニアの一部では守り継がれている。 


漢字「婚」の字統の解釈

形声 声符は昏。
 金文の字形は象形で、爵をもって酒を酌む形。
爵を挙げて行なう礼であったのであろう。また婚礼 は初昏をもってはじまるもので、その次第は婚は昏夕(ゆうべ)の義によるものでなく、昏には共餐の義があるようである。(ここに明らかに、氏姓制度の発達を見ることができる。・・著注)
 婚礼においては、それは三飯三酳の礼として行なわれるものであろう。三酳はわが国の三々九度にあたるものである。

漢字「婚」の変遷の史観

文字学上の解釈

 「婚」は甲骨文字の時代にはなかったのであろう。しかも「婚」の字の成立ちから、氏姓制度の発達を反映したものと推察される。
 つまり、太古の人々が村落で共同生活を営み、しかも生産力がある程度高まり、家族という単位が出来てきたころから、結婚の概念の形成され、婚礼の儀式も形成されてきたのであろう。

 婚の金文3款。実にグラフィックで複雑である。文字というより、これは絵そのものではないだろうか。このような複雑な模様を鋳物にふくためには、鋳物技術もかなり高度なレベルに到達していなければならない。

婚の小篆3款。金文の複雑な字形が、文字としての形態を備えてきている。したがって随分書きやすく、かつ覚えやすくなり、文字としての機能を具備している。





まとめ

 婚の本義は結婚式の礼儀を表す「婚礼」である。それは「氏」という概念の下での「家」が確立された上で、実際の婚姻では、古代から家柄が重視され、しかも結婚する男女の双方の家柄が釣り合っている必要があった。また同姓と結婚しない風習は「国語・晋語四」で曰く「同姓は結婚せず育てても殖やさず」この事は同姓は結婚しても、生育しても栄えないことをいう。要は近親婚を戒めたのではないだろうか。太古の昔から結婚には、等々数々の戒め、しきたりがあり、単なる若者二人が結びついたというのではなく、家族という概念、実態及びそれを支える社会の諸条件が整い、家族を醸成してきたことが文字を通しても、伺い知ることができる非常に深いものであることがわかる。これらのことは、東洋の民族が基本的に農耕民族であり、一方ヨーロッパの民族が狩猟を生業とする狩猟民族であったことと考え合わせると、単に文字の違いではなく、生活様式も全くことなる精神文化の違いにまで考察せざるを得ないものまで感じる。

 また、漢字が表音文字と異なる優れた一面を持っていることもわかる。
  


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