2023年10月23日月曜日

「甘」という感覚は人間の歴史の中で最も早く会得された感覚であり、それに伴い漢字も早くから登場した?


「甘」という感覚は人間が最も早くから目覚め認識してきた感覚である。 

このページは以前に上載した以下のものに加筆修正したものです。『「甘」 語源と由来』

導入

前書き

 ある民族の文化の深度を計る尺度は結局はその民族が持つ言葉が豊富であるか否かによって決定する。  南洋のある民族では味覚を表す語彙がすこぶる少ない。例えば全ての味覚を「sweet、nonsweet」で表す。この地では長くイギリスとフランスの共同統治であった為にフランス語と英語が共存しているが、あらゆる味覚はこの2語であらわされる。非常に単純である。つまりその人にとって美味しければ"sweet"、美味しくなければ"nonsweet"である。

  ところが中国語にしても、日本語にしても、味に関する語彙はすこぶる豊富である。それは主体者の主観的な感覚に依存することなく、絶対的な評価をもつ。つまり「甘い、辛い、酸っぱい、苦い」という基本的な語彙以外に「甘酸っぱい、ほろ苦い」などなかなか表現できない中間的な味覚も登場する。つまり言いたいのは語彙が豊富であれば、それだけ認識の分化が進んでいることを意味し、文化がそれだけ発達しているということである。
  その意味では一つの文化にしても、例えば味覚に関する語彙がどのように生み出されてきたかを見ることも面白いかもしれない。
 さて、前置きはこれくらいにして、漢字の由来に話を移そう。

目次




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漢字「甘」の今

漢字「甘」の解体新書


漢字「甘」の楷書で、常用漢字です。
白川博士は字統 にて、「甘」は上部の左右を横に通じる鍵の形をかたどったもので、嵌入の「嵌」だと主張されている。そして「甘」は甘草からくるもので別物と主張されているが、「口」の甲骨文字に照らしても、白川博士の主張には少し無理があるように思える。 

甘・楷書嵌・楷書



  
口・甲骨文字
甘・甲骨文字
甘・楷書


 

「甘」の漢字データ

漢字の読み
  • 音読み   カン
  • 訓読み   あま

意味
  • 甘い 
  • うまい、おいしい 
  •  
  • 考え方が、きちんと詰められていない
  •     
  • 締まりがない、緩くなっている 

  同じ部首を持つ漢字     甘、甚、嵌
漢字「甘」を持つ熟語    甘、甘味、甘美、甘藷


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漢字「甘」成立ちと由来

引用:「汉字密码」(Page、唐汉著,学林出版社)
                                                         

唐漢氏の解釈

  「甘」これは指事字である。甲骨文字の「甘」という字は口の中に小さな横線を加えたもので舌のある所を示している。だからここで最も甘いという味を知ることが出来る。小篆の「甘」という字は甲骨文字に良く似ている。楷書は横線が長くなり、却って口の形が失われている。
 古代中国人は味感の分類中「甘」はどのような刺激的な味も伴っていないと表示した。《春秋繁露》曰く「甘いものは五味の本である。
  《庄子・外物》で言うには「口彻为甘」(口は甘味に徹するなり)このことは甘味口に最もよく合うだから口当たりがよく、違和感のない味感であるという意味である。「甘」から造られた字に「甜」(甘い、心地よいという意味がある。また砂糖大根の甜菜の字にもなっている)がある。
 これは「甘」の意味から大きく変化したもので、「酸っぱい、苦い、辛い、しょっぱい」の5味の一つである。河南地方の方言では塩入りで、砂糖入りでもないスープを甜湯という。甜はここでは味のないという意味でもある。


漢字「甘」の字統の解釈

 象形 左右の上部に横に通ずる鍵の形。左右に含ませて錠とするもので、嵌入の意である。
甘美の義は甘草から出ており、 別義。
[詩、斉風、鶏鳴]「子と夢を同にすることを 甘(たのし)まん」は、酣楽の意。〔荘子、徐无鬼〕に、熟睡 を「甘寢」というのも酣の義である。
 〔説文〕に「美なり。口の一を含むに従ふ。一は道なり」というのは、例によって道義的な解釈を附会したものである。



漢字「甘」の漢字源の解釈

 会意文字 「口+・印」で、・印で示した食物を含んで味わうことを示す。長く口の中で含味する、うまい甘いものの意となった。


「甘」の変遷の史観

人類の味覚の歴史について、Chat GPTに聞いてみた
 人類 味覚 歴史 ChatGPT 人類の味覚の歴史は非常に長いもので、進化の過程や文化的な変化に影響を受けてきました。以下に、人類の味覚の歴史の要点をいくつか紹介します。

  1. 進化の過程: 人間の味覚は、進化の過程で発展しました。最も原始的な味覚は、生存に必要な栄養を認識し、有害な物質を避けるためのものでした。甘い味覚は高エネルギーの食物を示し、塩味はミネラルを示し、苦い味覚は有害な物質を警告する役割を果たしていました。 

  2.  農業の発展: 農業の発展に伴い、人類は新しい食材を栽培し、調理方法を発展させました。これにより、さまざまな味覚体験が可能になり、調味料や調理法が多様化しました。 

  3.  文化的な多様性: 世界中の異なる文化が、独自の食文化を発展させ、独自の味覚好みを持つようになりました。これにより、地域ごとに異なる食材や調理法が発展し、多彩な料理が生まれました。 

  4.  味覚科学の発展: 近年、味覚科学は食品の味覚と香りを詳細に研究する分野として発展しています。これにより、味覚の神経生物学や味覚受容体に関する知識が増加し、食品産業や料理の改善に寄与しています。

  5. 技術の進歩: 技術の進歩により、食品の加工や調理方法が進化し、新たな味覚体験が可能になりました。冷凍技術、調理器具、調味料の多様化などが、食品の多様性と味覚への影響をもたらしました。

  6. 健康への意識: 近年、健康意識の高まりに伴い、味覚における新たなトレンドが現れています。例えば、低塩、低糖、低脂肪の食品や、ベジタリアン、ヴィーガン食の人気が増加しています。

  7.  人類の味覚は、進化、文化的多様性、科学の発展、技術の進歩などの要因によって変遷してきました。それぞれの文化や時代において、味覚は食品と料理に対する好みや価値観を反映し、食文化の多様性を形成してきました。



 味覚一般の歴史に加え甘味に対する、歴史についても調べてみました。ご参考に!
人類の味覚における甘さの歴史は非常に古く、甘い味覚は生存と栄養に関連して重要な役割を果たしてきました。以下に、人類の味覚における甘さの歴史についてのいくつかのポイントを紹介します。

  • 糖の発見: 甘味は人類が最初に発見した基本的な味覚の1つであり、自然界に存在する糖分(例:蜂蜜や果物の糖)から甘さを得ていました。最も初期の甘味料はおそらく蜂蜜であり、古代エジプトやメソポタミアなどの文明で使用されていました。 
  • 砂糖の歴史: 砂糖は甘味料として広く使用されるようになったのは比較的新しい歴史的出来事です。砂糖の製造はインドで始まり、その後アラビアやヨーロッパに伝わりました。中世ヨーロッパでは砂糖は非常に高価で贅沢なもので、富裕層や貴族の食事にのみ使用されていました。


まとめ

 漢字「甘」の解釈に関する限り、唐漢氏の解釈も白川博士の解釈のいずれもかなり無理があるように感じる。甘いという味覚は人類の味覚の中でも最も早くから認識されており、「口に物を入れて味わう」ことを素直に表現した藤堂博士の漢字源の解釈が最も腑に落ちるように思える。ただこのブログのよって立つべき唯物史観から見れば、あまり大きな問題ではないように思う。
  


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2023年10月19日木曜日

漢字「聞と聴」の成り立ちと由来:いずれも「きく」動作を表すが、まったく異なる動作ではないだろうか?


漢字「聞」と「聴」は、古代文字を見る限り、同じ動作を表すとは考え難い


漢字「聞」と「聴」はいずれも「きく」という動作を表すが、古代文字を見る限り、まったく異なる所作でなかった




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漢字「聞と聴」の今

漢字「聞と聴」の解体新書

 
漢字「聞と聴」の楷書で、それぞれ左が「聞」、右が「聴」の常用漢字です。
 いずれも主に「音を耳からきく」ことに使われますが、語彙には微妙な違いがあります。
 これから、原点に戻ってその違いに迫ってみることとします。 
聞・楷書 聴・楷書



 



 

「聞と聴」の漢字データ

漢字「聞」の読み
  • 音読み   ブン、モン
  • 訓読み   きく、きこ(える)

意味
  • 隔たりを通して聞こえる
  •  
  • きく、きいて関係する
  •  
  • きこえる

同じ部首を持つ漢字       𥹢、問
漢字「聞と聴」を持つ熟語    聞、多聞、風聞、見聞
漢字「聴」の読み
  • 音読み  チョウ
  • 訓読み  きく

意味
  • きく。耳を向けてきく。
  •  
  • 聞こうとする意志を持ってきく
  •  
  • きく、したがう

同じ部首を持つ漢字      廰、聽、聖
漢字「聞と聴」を持つ熟語   聴、聴衆、聴講




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漢字「聞と聴」成立ちと由来

引用:「汉字密码」(Page、唐汉著,学林出版社)

 「聞」は会意文字です。甲骨文の形は跪く人が片手で耳を覆いまさに耳を傾けて聞く様子です。人型の上部は特に突き出した耳たぶを示しています。併せて声音の3つの道の横線を示していますこのことから「聞」の本義は傾聴することです。金文は耳を右辺に移しているが、構造は甲骨文を継承しています。小篆は別の途を立てて、改めて字を作って、耳と門の発声ととから会意兼形声文字になっています。まるで一つの耳が貼り付けられて門の中間で傾聴しているかのようです。楷書ではこの縁で「聞」と書きます。簡体化の規則に従い、簡体文字は闻と書きます。

 現代中国語では、「听」という漢字があります。これは「聴」の簡体字で、やはり聞くと解釈されますが、「闻」と「聴・听」の使用には微妙な違いがあります。「听」は動作アクションであり、「闻」は听くことの結果であり、听の結果や听いて見たことを意味します。

漢字「聞」の字統の解釈

〔説文〕に「聲を知るなり」とあり、「往くを聽といひ、来るを聞といふ」とするが、聽(聴)の偏の部分が卜文の聞の初形にあたる。聖 (聖)の初形も、 文はそのに、祝禱の器であるDをそえている形「さい」で、祝して神の啓示を待ち、それを聞きうるもの聖といった。それで聞・聖・聴の字形は、もと一系に属するものである。


漢字「聴」の字統の解釈

旧字は聽に作り、偏は耳と人の挺立する形「てい」、卜文の聞はその形に作る。神の声を聞く人の意で、その旁に祝禱の器のを「サイ」をそえると、聖となる字である。旁は呪飾を施した目と心とに従い、もと目の呪力をいう字である。


この引用枠内は字統からのものではありません

「听」は「聽」の簡体字です。 甲骨の碑文にある「听」という言葉は、「左の耳、右の口」を意味する会意文字です。 金文の最初の部分は甲骨文に倣い、単に「口」を「耳」の形の中に放置しているだけですが、2番目の「聞く」の部分はさらに複雑で、上部は「耳口」の形をしており、古代中国語の「生」と「古」が追加され、過去や起こったことに耳を傾けることを意味します。 


漢字「聞と聴」の変遷の史観

文字学上の解釈

  聞の字形は、戦国期に至ってはじめてみえるもので、字を門声とするものである。 字形字義の推移とともに、その声にもまた 変化を生じたものと思われる。 

まとめ

 漢字「聞」の甲骨文字は象形文字であるが、実に巧みに「聞く」という行動を描写しており、古代人の観察力と表現力に改めて感じ入る。古代文字を分析すると、聞・聖・聴が同一の言葉で、同じ語源を持っているとは驚きだ。また聞くという字形が、戦国時代に至って初めて見えると白川博士はいうが、この字形が甲骨、金文、小篆と時代が移るにつれ、実に革命的な変化を遂げている。この大きな変化の背景には何があるのか、さらなる追求が求められる。
    


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