2023年7月25日火曜日

漢字「麻」の由来と成立ち:「麻」と麻薬はいったいどんな関係が?


漢字「麻」の由来と成立ち:人類は「麻」から得たものは何か?漢字の中からその歴史をひもとく

 麻と聞けば、「麻薬」がすぐに頭に浮かぶ。いまやその負のイメージは、大きい。しかし、「麻」が人類に施したものはあまりにも大きい。これに対し、「麻」のイメージの失墜は惨憺たるものではないか。声を大にして言いたい。麻は何一つ悪いことをしていない。諸悪の根源は、人間である。この記事から、読者がそれを肝に銘じられんことを祈る!

前書き

 麻と人類の関わりは非常に古く、紀元前1万年前、中国にて発掘された陶器破片から麻から作られた紐を押し付けた痕跡がしっかりと残っています。

  紀元前10世紀~5世紀頃、麻は世界各地で栽培され、使用方法が広がったとされています。麻は人類最古の繊維であり、世界各地で紀元前から使われてきた植物です。紙の原材料、繊維の材料、種は燃料の油、建築材料として使用され、特に各国の紙幣には使用量は違いますが麻を材料として使っているそうです。また薬剤として、古代中国の「神農本草経」の中に記録があり、以来何百年に亘って増刷され、漢方医に必要不可欠な本によって麻酔作用・陶酔作用・幻覚作用の紹介がされています。
 ここでは、麻という漢字の由来と成立ちを解き明かし、人類の麻とのかかわりについて明らかにしたいと思います。

目次




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漢字「麻」の今

漢字「麻」の解体新書

漢字「麻」の楷書で、常用漢字です。
 麻という漢字は現在では左に示す通り書きますが、古語では「广」との下は林ではなく、𣏟です。この𣏟という字は、ハイと読み、麻の皮をはぐ有様を形象化したものであり、林とは全く異なるものです。

 このことによって漢字の「麻」という由来と成立ちが極めてはっきりしたものになったと同時に、当時の農業の有様までも浮かび上がってきたといえるでしょう。

麻・楷書「麻」の古語


  
广・屋根・宮殿を表す
𣏟(ハイと読みます)
麻の草が生え揃っている様を表す
麻・古語


 

「麻」の漢字データ

漢字の読み
  • 音読み   マ
  • 訓読み   あさ

意味
  • あさ 植物
  •  
  • 麻で編んだ布
  •  
  • 麻薬、大麻、ヘンプともいう

同じ部首を持つ漢字     蔴、𣏟、魔、磨
漢字「麻」を持つ熟語    麻、麻薬、麻痺、麻酔


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漢字「麻」成立ちと由来

引用:「汉字密码」(Page、唐汉著,学林出版社)

唐漢氏の解釈

 麻は一年草の植物で、苧麻、ビロード麻、麻など多くの品種があります。

  1.  一年生麻(キナ麻、学名:Cannabis sativa): この種類の麻は、長く細い茎と独特の葉を持っています。主に繊維や紙、織物などの産業用材料として使われます。また、THC(テトラヒドロカンナビノール)の含有量が比較的低いため、嗜好品としての大麻(マリファナ)の主成分であるTHCは少ないです。
  2.  二年生麻(ラミー、学名:Cannabis indica): 一年生麻よりも小柄で密生した植物で、花や葉には比較的多くのTHCを含みます。そのため、大麻の栽培においては、主にこの種類が使用されることがあります。
 麻の植物には毒性があり、洗っていない麻の束をこすると皮膚が中毒になったり、しびれが出たりします。ヘンプシード(大麻の種)やゴマ油を過剰に摂取すると、酔った感じや「麻酔、しびれ、鈍感、しびれ」など生じることがあります。

 麻という植物は雄と雌に分かれます。雄は繊維質のため、適時に収穫する必要があります。 「書文」はこれを「鞴、分枲(味、音xr)茎の樹皮」と解釈しています。つまり、雄麻の茎表皮の繊維は非常に長く、雄麻の茎皮も非常に長いです。大麻(ヘンプ)はコシが強く、頑丈で耐久性に優れた特性を持っています。昔から残っている蚊帳に織られていることもあるくらい昔から馴染みのあるものです。
 一方、雌麻(穆:ぼくという)が収穫では、メスの麻の種子からは、古代において非常に重要なランプ油であった油、すなわち一般に「ゴマ油ランプ」として知られる油脂植物が抽出されます。ごま油は料理にも使用でき、麻の実は重要な食品でした。しかし麻薬のマリファナの原料にもなるということで、日本では、厳しく禁じられていることもありますので、よくよく注意してください。


漢字「麻」の字統(P808)の解釈

  旧字は麻に作り广と𣏟(ハイ)とに従う。
 麻が广に従うの は、は宮廟の象であるから、𣏟皮を神事に用いる意とすべきであろう。わが国では白香を神事に用い修祓のときにこれを著ける俗があった。中国では御祀 とよばれるものが、修祓の意をもつ祭儀であるが、の御の字の午形のところは、文・金文ではの幺の形にかかれ、糸たばをした形である。おそらく麻たばなどを用いたものであろう。麻で織った布は絺綌(チゲキ)といい、多く神事に用いる。(詩曹風、蜉蝣〕は悼亡の詩であるが、 「麻衣、雪の如し」とあって、その経帷子の類をいうものであろう。これらのことからいえば、神事に供する枲麻を麻といったものと思われる。

漢字「麻」の漢字源(P1843)の解釈

 会意。「(やね)+𣏟(アサの茎を二本並べて、繊維を はぎとるさま)」。アサの茎を水につけてふやかし、こすって繊 維をはぎとり、さらにこすってしなやかにする。



漢字「麻」の変遷の史観

文字学上の解釈

Hemp lief
imacvery From AC-illust
古代で最も重要な繊維原料の一つ
 現代でも庶民もこの麻の繊維のものを着ています。麻で作られた衣服は2000年もの間使用されてきました。
宋、元の時代までの長い間、徐々に綿布に取って代わられてきました。麻は古代では「五穀」の一つであり、麻の種子は食用および油料作物でした。したがって、中国における大麻の栽培と利用は非常に長い歴史があり、中華民族の農業文化の中で一般的なものとは異なる特別な地位を占めています。
 麻は金文で「麻」と書かれており、下部は「𣏟(ハイ)」です。どちらの形も、麻が茎から麻の樹皮を剥がすために伐採できる植物であることを意味します。
 金文や小篆の「麻」の字の下の部分は「𣏟」の字であり、「林」とは全く別の字である。 「𣏟」は象形文字で、麻が二本並んだ形の𣏟から、麻の植物が細く直立して密に植えられていることを表しています。 したがって、「説文」はそれを「𣏟は人々によって支配されており、家の下にあります。」と解釈します。小篆の「麻」の「广」は、廊下の部屋とみなすこともでき、人々が家の中で麻の皮を剥くことを意味します。 麻は中国の「男は耕し、女は織る」という方法の重要な要素であり、中国の封建的習慣において特別な役割を果たしています。衣服は長い間中国の封建思想の根幹を構成する要素の一つでした。

まとめ 

 麻という漢字には、魔という漢字の一部を構成するために、甚だ迷惑なイメージを押し付けられてしまった。これはサンスクリット語にmara(マーラ)という言葉があり、修業を妨げる鬼神を指すが、仏典を訳した人が「魔羅」の字を当てたといわれている。

 麻と人類の歴史を学んできた。そして、その歴史が漢字の中に如何に凝縮され、人類の歴史の中で生き続けてきたかを学んだ。我々は知っているようでも、知らなかったことも多い。これが歴を学ぶことの面白さと実感している。

  


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2023年7月9日日曜日

漢字「加」の甲骨文字から金文のへ劇的な変化は、当時の中国の社会に起こった途轍もないを変化を表していた


漢字「加」に起こった変化は、当時の社会が氏族共同体社会から、国家機構を持つ邑社会への移行を示している

漢字「加」の甲骨文字は、女偏に鋤という字です。
 左の中腰で座ったような画像は「女」を表しています。そしてその右側に表示されているのが、鋤を表しています。この「女」+「鋤」でなぜ「加」を意味するのか、よく分からないものがあります。

しかし、この「鋤」の記号は現実には「力」を意味しているのでとも云われます。

 左辺の「女」の記号の代わりに、「田」という記号が入ると、「男」となります。
 私はこの変化の背景に、当時の世の中の生産体制の変化があったとみています。つまり明確に農耕が生産の中心の位置に据えられ、その労働力の主たる担い手が「男」であったことを示していると考えています。
 しかし、さらなる生産の増強を求め、そこに女の神秘的な力を借りて、神に願うようになった。
 「田」の代わりに「女」という記号が入ると「加」という意味になった。 この漢字「加」は、「鋤を祓い清める礼で農耕の始めに秋の虫害を避けるため、鋤に修祓を加える」儀式をも含み、漢字「加」が生まれたのだという説もある。


 では、次の画像は何を意味しているでしょうか。 右の中腰で座ったような画像は女性を意味しています。その女性が、掲げているのが箒です。この漢字は「婦」です。そして、今では女性差別の元凶のように言われますが、太古の昔は母系制社会の中にあって、自分の家を持つこと許された女性で、部落の中心を担う独り立ちした立派な女性なのです。一方男性は 家を持たしてもらえず、 村の共有の施設で共同生活をしていました。そして気に入った女性のもとに通わなければならないという存在でした。

 このように漢字は当時の社会の在り方をよく表現しているといえ、太古の社会を我々に忠実に伝えてくれているといえます

導入

前書き

 漢字は基本的に象形文字であり、抽象的なものより具体的なものを具象化したものです。そして、それは実に多くの概念を「一字」で表すため、偏や旁を組み合わせる構造を持っています。したがって、漢字の構造を調べることによってそれに込められた概念を判明し、さらにはその歴史的背景まで解明することができます。

目次




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漢字「加」の今

漢字「加」の解体新書

漢字「加」常用漢字です。
 「加」という漢字が、現代の形をとるようになったのは、金文からで、それ以前の甲骨文字の時代は、字形は全く異なりました。したがって意味した内容も異なっていたと考えられます。
 
 このように字形に大きな変化をもたらした背景には、社会の大変革があったはずだとみています。
加・楷書




金文から小篆、楷書に至るまで「加」の文字は構造にはほとんど変化はありません
加・金文
鋤と「サイ」で鋤を清め生産の高めることを祈った
加・小篆
金文を引き継ぎ、文字化のレベルが高まっている
加・楷書
金文、小篆からの文字の構造的な変化はない

  

「加」の漢字データ

漢字の読み
  • 音読み   加
  • 訓読み   くわ(える)
意味 
  • くわえる、くわわる  増す、多くなる」(例:増加) 
  •  
  • くわえて、その上に
  •  
  • 足し算   例:加算

同じ部首を持つ漢字     伽、賀、迦、
漢字「加」を持つ熟語    加算、加害、加圧、加減、加持、加護


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漢字「加」成立ちと由来:「加」の変遷はどこからもたらされたか

引用:「汉字密码」(Page、唐汉著,学林出版社)

唐漢氏の解釈:民俗学的解釈

  加は会意文字です。甲骨文字の左辺は女の人の象形文字で、右辺は男の子を表しています。金文の加の字は改めて新たな構造形となっており、下辺は女の子を表す。やはり会意方式で、もう少し意味があり、男の子を産み落としている。

しかし、唐漢氏の甲骨文字の解釈にかなり無理があると思う。左辺は女の形象で、右辺は男の子としているが、他の論者はこれを鋤としている、男にしろ、鋤にしろ、会意文字として、なぜ「加」という意味を持つのか少し理解しがたい。字統の解釈の方が、無理がなくかつ一貫性を保っているように思える。

  

漢字「加」の字統の解釈:漢字の発展に宗教的色彩を見る

 会意文字:力と口に従う。「力」は鋤の象形。口は祝禱の器の形で「サイ」。
「加」はもと鋤を清めて生産力を高めるための儀礼をいう。鋤を祓い清める礼で農耕の始めに秋の虫害を避けるため、鋤に修祓を加えるのが例であった。
 

字統の解釈の考察

周朝以降「加」の字は改造されて、一般的な意味の「加える」に拡張されました。なぜ改造されたかの理由は、ここで生産のシステムに大きな変革があり、それまでの巫女による呪術的な農耕から、より一般的な普遍的な「神」の力による生産・五穀豊穣を祈願し、生産力を高めるような社会に変化したのではないかと考えている。



漢字「加」の漢字源の解釈:漢字の発展を漢字そのものの中に見る

 会意文字:手に口を添えて勢いを助ける意を表す


漢字「加」の変遷の史観:古代社会の変化は漢字のにいかなる変化をもたらしたか

文字学上の解釈

  漢字「加」という字は、甲骨文字から金文に至るまでに、劇的な変化をしている。
 甲骨文字では、字の構成要素に明らかに「女」の象形が使われ、金文では「女」の象形は消え、その代わり「鋤」の象形が使われ、「サイ」という祝禱を入れる器が現れています。甲骨文字の時代には、いまだ女性崇拝は残り、子供を産むという生産性に畏敬の念を持っていたものが、金文の時代には、農業の発展により、人々の関心がより即物的な事物、つまり食料の生産に移ったのかも知れません。

 人々の間には「子供を産むこと自体はそれほど努力しなくてもできる。しかし、コメや食料はかなりの手をかけないとできないと価値観が変わったのかも知れません。もっともこの見立てはあくまでも仮説にしかすぎませんが・・。

しかし、 この文字に現れた劇的な変化は、生産過程の劇的な変化があったのではないかと考えざるを得ない。



まとめ

 甲骨文字の「加」は、「女+耜(スキ)」から成る。時代が下るにつれ劇的に変化する。その訳は、母系制社会から、生産力の高まりと主に父系制社会に変化したことという仮説(私説)が成り立ちうる。しかし、この仮説が、仮設でなくなるには、さらなる証拠が必要となろう。
  


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