2019年8月29日木曜日

象は古代には、中国の北方を闊歩していた


「象」は、漢字に登場するほど中国を闊歩していた
 "象"は熱帯と亜熱帯のジャングルに生息する哺乳動物です。それは強いですが、その穏やかな気質の動物は、先史の始めのころは黄河のほとりを闊歩していたようです。殷商の先民はまだこの巨大動物を身近に見ることが出来たようです。しかしその穏やかな気質が災いして、人類による獲得と環境の破壊のため、漢王朝の時までには、象の集団は既に何千里も南に移動し、雲南省の辺境に後退してしまいました。

ここにおもしろい逸話があります。曹操の息子に曹沖という人がいたが、彼はたいそう聡明であった。
 孫権が巨大な象を送り届けて来たことがあった。曹操はその重さを知る方法を臣下たちに訊ねたが、誰もまともに答えることが出来なかった。
 曹沖は、「象を大きな船の上に積んで、その吃水にしるしをつけ、象の代わりに石をその吃水のところまで積み込んで、石の重さを計算すると象の重さがわかります」
曹操はたいそう喜んだ。
ここで言いたかったのは、当時中国では象は普通に見ることが出来たということです。

また、甲骨文字にはまさしく「象」の形象を示した文字が残っていますし、「説文」はまさに象を解釈して「象は南越の大きな獣で、長い鼻と牙を持つ」という記述になってしまっています。これが、「象」が文字や文献に残した歴史的足跡ということが出来るでしょう。


引用:「汉字密码」(P78、唐汉著,学林出版社)
長い鼻、ずんぐりした体など象の特徴を良く捉えている
 甲骨文字の「象」の字は、象の側面図です。長い鼻と広く厚い壁のような体で、象の典型的な特徴を説明している。甲骨文の「象」という字は、簡単な線画で書くことが出来て、形態生動の象形の典型です。鮮明なストロークの単純な絵文字として記述できます。 金文と小篆の "象"の字はすでに見た大象の模様ではない。楷書は即ち小篆の形態が直接変化したものだ。


字統の解釈
 字統には、この文字は「象」象形文字としている。その上で、卜辞からの引用として、「殷王の狩場の範囲にも像が生息していたことが伺えるとしている。この他、古文書の記録から象が中国の各地で広範囲に生息していた記述を見つけている。そして、「象」という字を象徴の意味に用いるのは、直接この辞からは引伸しがたいので、他の同様の音の字からの仮借ではないかとしている。


漢字源
 この文字は「象」象形文字としている。その上で、ゾウは最も大きい目立った形をしているところから、「かたち」という意味を表すようになったと解釈している。



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2019年6月2日日曜日

中国語で泥棒を意味する漢字「小偷」の「偷」と「盗」との違い!


漢字「俞」と「盗」の違いは?
 中国の笑い話に「牛泥棒」というのがある。これはNHKの中国笑話選という中国語教材に掲載されていたものですが、今日はこれを紹介しながら、漢字に迫って行きたいと思う。
昔々ある時、一人の男が道端に首枷をハメられてうずくっていた。
たまたまその時、男の友人が通りかかって、男を見て驚いて尋ねた。
 「お前は一体何をしたんだ。そんなに首枷をハメられ、どんな悪いことしたんだ?」
 男は自嘲気味に答えた。「実は、道端に縄の切れ端が落ちていて、それを家に持って帰ってしまったんだよ。」
 友人を驚いて尋ねた。「たったそんなことで、なんで首枷までハメられるんだ。何か他に大きなことをしたんじゃないの。」
 男はそれに答えていうには、「実はその縄の先に運が悪いことに牛が一頭繋がっていたんだよ」
 とぼけた話ですが、ここに出てくる、泥棒は中国語では、「小偷」というのですが、今日はこの「小俞」の「偷」について、お話したいと思います。

 漢字の成り立ちからいうと、この「偷」という漢字は、人偏+「俞」で俞をする人という成り立ちになります。字面通りいうと「中を抜く人」とでもいうのでしょうか。
 一方同じ意味で「盗」という漢字がありますが、こちらの方は、「お皿の食べ物によだれを垂らす」様を表現した漢字ということです。これについては、後日改めて取り上げたいと思います。

 ということで、ここではまず「俞」の成り立ちから。



引用:「汉字密码」(P756、唐汉著,学林出版社)
「唐漢」さんの解釈
 "俞"、これは会意字です。甲骨文字の下の部分は船の絵文字で、小船の象形文字です。上の部分の三角形の符号は、前進を意味します。
 金文の「俞」では左側は「ボート」ですが、上の三角形は右に移動し、併せて縦長の曲線は前方へのセーリング(反対側に川を渡る)の意味を強調しています。小篆の "俞"の字は、まさに前に行く符号が2つに分割し、前の三角形は上部に移動し、下部の長い曲線は "水を行く様を表している。楷書では水貌が立刀に変化したことを示している。


漢字源
会意文字である 左に 船を右にこれにくりぬく刃物の形を添えたもの 「説文解字」に 木を中空にして船と為すなり」とある。偷(抜き取る→盗む)・癒(病根を抜き取る)。踰(中間の段階を抜いて進む→越える)、輸(物を抜き取って車で運ぶ)などの音符として含まれ、抜き取るという意味を含む。

 熟語では、「愉悦」という言葉がありますが、セックスなどで、気持ちが良くなり、「心(リッシン偏)+俞(中身がない)」(心が抜けた)状態を言うのかもしれません。

 こうして考えると、「偷人」(他人の男を寝取った人)と「盗人」(盗んだ人、泥棒)の違いが、納得できますね。



字統の解釈
会意文字。船と俞に従うとあります。 字統では「手術用の取っ手のある大きな針」としています。
この針で膿血を番に写し取るのである金文の字型は針の横に斜線が入っているが、これは膿血を盤に移すことを示すことによってその患部が治癒するので、膿が取り除かれ傷が癒され心が休まる事をいう。
 


後書き
 漢字のルーツを読み解くというのは、非常に難しい。このページでも挙げた、唐漢氏、藤堂先生、白川先生の3人のご意見もてんでばらばらだ。言い出したものが勝ち、いいたい放題みたいに感じてしまう。しかしそれだから面白い。このページで掲げた「俞」を旁とする漢字でも「瑜喻渝榆谕愉諭輸踰」が、たちどころに上がって来ます。これらの漢字から、「共通する」意味を抽出し、成り立ちに迫る態度が望まれるのでしょう。


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