「光陰矢のごとし」と言われるが、ほんとに年月の経つのは早いものである。つい先ごろ生れたばかりと思っていたら、もう片足を棺桶に突っ込んでいる。体感時間は年齢に反比例するものらしい。つい先ごろ年賀状を交換し終わる間もなく、桜が咲き、もう五月である。

では数字の「五」という字はどこから来たのだろうか? 唐漢氏の説明は少しややこしい。
五は象形文字である。甲骨、金文の五の字は、掌を上に上げ他人に面と向かった時の掌のことである。五指を描くことはあまりに煩雑である。古文中では手や有の字などがあり混沌としている。
この為殷商の先民は掌で五の上下の枠を作り、上部の4指と掌の心で分割し両半分を作った。且つ交差することによってXの表示とした。即ち上部の三角形で4指を表示し、下の三角形で掌の中心と親指を表した。上下合わせて掌、掌の5指、以て五とした。小篆の五の字は金文を受け継ぎ、形も美しく美観を備え対象の中に変化が出来た。将に左辺の斜めの縦の曲線が下に伸びた。楷書は隷書への変化の過程で、この曲線は横おれ縦に変化して、今日の五となった。
私にはなぜ交差をしなければならなかったのか分からない。漢字の世界は奥が深い。現在では中国では「五」を右の画像の様に表現する。このおっさんの手の中指は長すぎるので、手の周りを囲んでも四角形にはならないが、たとえ別の手を持って来ても、唐漢氏の主張にはいささか違和感を覚えるが・・。
ともかく日本の数え方にしろ中国のそれにしろ、10進法でカウントする限り片手では五までしか数えられない。しかし、2進法でカウントすれば片手で31までカウントできる。
さてここでヒント。左の画像は何を表しているだろう。日本では云わずと知れた、スリ、泥棒である。
しかし中国ではこれはれっきとした数字の「九」である。
所変われば品変わるとはこの事だろう。
私にはなぜ交差をしなければならなかったのか分からない。漢字の世界は奥が深い。現在では中国では「五」を右の画像の様に表現する。このおっさんの手の中指は長すぎるので、手の周りを囲んでも四角形にはならないが、たとえ別の手を持って来ても、唐漢氏の主張にはいささか違和感を覚えるが・・。

さてここでヒント。左の画像は何を表しているだろう。日本では云わずと知れた、スリ、泥棒である。
しかし中国ではこれはれっきとした数字の「九」である。
所変われば品変わるとはこの事だろう。
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