2012年4月6日金曜日

漢字「虎」の起源と由来:完璧な猛虎、象形文字


 関西では圧倒的人気を誇る「阪神タイガース」。今年はなかなか調子もいいようだ。しかし梅雨ころになると打線が湿ってしまうようなので・・。関西でついうっかりタイガースの悪口でも言おうものなら袋叩きに会う。
 ただ私は、野球にしろ何にしろ、ファンと言われる人々がどうしてあそこまで夢中になれるのかどうしても理解できない。何にでも夢中になれるものを持つということは幸せなこと。私などは「可哀そうな」人間なのかもしれない。
 さて今日は虎という字に焦点を当ててみる。ひょっとしたら虎キチの面々も注目してくれるかもしれないという不純な動機に背中を押されて。
 「虎」は象形文字である。甲骨文字の「虎の字は、頭を上に上げ、口は大きく広げ、体には美しい文様があり、尻尾や足に至るまで猛虎の図である。全体の字形は縦長で虎の側面に良くあっている。実際上古人はこのように漢字を横に狭く縦に長い構造を持つ特徴がある。
金文の「虎」は大きな省略があるが未だ虎の形状を留めている。小篆の虎の字は均整がとれ美しくなっているが、既に甲骨や金文の象形の特徴は失われている。却って文字が図形から符号に向かう必然の道を辿っている。 
虎穴に入らずんば、虎児を得ず
  「虎」は説文では、山獣の君主と解釈している。これは虎を見て百獣の王とか食肉猛獣とか、林の中の覇王と言った呼び名と一致している。上古時代、東北の虎と河南虎はいつもよく見ることのできる動物であった。従って、かなり多くの言葉や成語が虎の字から出た由来を含んでいる。虎口余生,虎视眈眈,狐假虎威,不入虎穴、焉得虎子(虎穴に入らずんば虎児を得ず),虎毒不食子"などである。人々は虎の字で人の勇猛威武を「虎将、虎臣、兵雄将虎、虎背熊腰」の如く形容した。武松のように素手で虎を殴り殺した等の様に大概は最も勇猛果敢な人を指す。
 この成語は、「漢書」を著した班彪の息子である班超が、40歳ぐらいの時、それまで役所で事務手続きをしてくすぶっていた。 40近くになってその知識と能力を見出され、西域に匈奴の征圧に派遣されることとなり、武名を轟かせている。
彼は華々しく西域を駆け巡っている時、 彼が天山南路と天山北路の分かれ道に来た時、匈奴に囲まれてしまった絶体絶命のピンチの時、班超は「虎穴に入らずんば虎子を得ず」と皆を奮い立たせ、一計を案じ、匈奴の陣中の宿舎を襲い、これに火を放って夜襲を仕掛け見事匈奴を屈服したことから生まれた逸話である。
  虎とライオンではどちらが強いのだろう。勿論闘う場によって異なるだろう、竹林の中では圧倒的に虎、サバンナでは圧倒的にライオンかもしれない。しかし短期決戦であれば虎に軍配が上がりそうである。昔台湾で、虎の動物園を訪ねたことがあった。本当に子牛ほどの虎が咆哮していたが、ものすごい迫力であった。ライオンは動物園でもあれほどのものは見たことがない。 
虎は人も怖がらせるような危険な動物である。この為それは残虐危険なことの比喩にも用いられる。

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2012年4月2日月曜日

漢字「梅」の起源と由来:木編に母を顕す「毎」の会意文字

 昔、菅原道真が「東風吹かば匂いよこせよ梅の花」と詠んだように、梅の花は桜の花とまた少し違う感慨を日本人に与えている。
 春近しとはいえまだまだ寒い季節に一番に咲き、我々に春遠からじと告げる。そして、その凛とした姿は、気品に溢れ、見るものに一種の畏敬の感さえ与えるように感じるのは私だけだろうか?

 梅は形声字で木偏と「毎」からなっている。「毎」は象形文字で本義は氏族社会の中で、子供を最も多く育てた母親のことである。《詩経》では「原田毎毎」という表現で、田畑の植物がよく茂り繁殖していることを形容している。従って、梅がなぜ「梅」と書かれるようになったかの原因を知ることは難しいことではない。

梅が実をつける時、必ず枝枝全てに累々と実をつけている。この外女性が妊娠した時酸っぱいものを食べたい時、いつも梅の果実を口の中に入れているのは中国の妊婦の習慣の一つである。古人も認めるように梅は女性が妊娠した時の生理反応を助け、胎児を平安に発育させることが出来る。この為人々は梅を一種のめでたい樹木と考えた。 

 酢がなかったころ、古人は梅を使って生臭さを消した。《札記内則》にある「酵素を用いて和え、肉は梅を用いる」動物の肉を煮て食うとき、必ず梅のみを生臭さを消す調味料として使う。羹を和える時、塩梅を用いる。

また「望梅止渴」(梅を見て渇きをいやす)は歴史上有名な故事である。これは今でも我々がよく経験することである。


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