漢字の成り立ちと由来:漢字・文の由来は? 昔は入墨のことを「文」といっていたというのは本当なの?
漢字「文」はそもそも入墨のことだった!人は何故自分の体に入れ墨をするのかの謎に迫る
「文」と「字」 古代中国では、子供が生まれたときに、家廟に出生を報告する儀式を行うが、その時「字」(あざな)を付ける。このとき、聖化のために額に字を描く。これを字乳という。この儀式により家族の一員としての資格が認められる。この字乳のことを「字」という。また成人したときの成人式の加入儀礼として、額に文身の文彩を施すことがある。この象形文様の文彩を「文」という。 | |
文・楷書 | |
導入
前書き
目次
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漢字「文」の今
漢字「文」の解体新書
世界最古のタトゥーの証拠は、ヨーロッパで最も有名な凍結ミイラ「アイスマン」の体に彫りこまれているといわれています。 翻って中国に目を移すと、中国南部の百越の国に入れ墨を施す風習を持つ民族がいたことが、魏志倭人伝などの文献から知られています。その魏志倭人伝には古代中国王朝の「第6代帝の夏后少康の子が紀元前20世紀あたりに、会稽に封じられ断髪文身(髪を短く切って、体に入れ墨を入れる)、もって咬竜の害を避く」と記されています。 やがて、この夏の国は殷の国に滅ぼされ、百越の辺りにいた民族も放逐され、中国の各地に飛散することになります。その一部がリー族として海南島に逃れ、文身の風習を引き継いで現在に至ったといわれています。 | |||
文・甲骨文字 文の甲骨文字には何款かが認められ | 文・金文 甲骨文字を引き継いでいるが、胸の部分に「心」の象形文様が加えられている | 文・小篆 甲骨、金文を受け継ぎ、よりシンプルに進化している | このリー族は女性だけが、入れ墨をまとう。顔、首、胸、手足におよび、図案は地域や氏族ごとで異なっている。リー族は、独自の文字を持たないため、入れ墨の図案が民族文化を表現する方法になったといわれている。 |
「文」の漢字データ
- 音読み 1.ブン 2.モン
- 訓読み 1.ふみ 2.あや 3.かざ-る
意味 文章、雰囲気、飾り、入墨
成り立ち 両手で引き上げる状態と、建物と物を組み合わせた状態の絵が組み合わさって生まれた漢字。
使い方
- あや 文様:さまざまな形や模様
- ぶん 例:文章 文書、文面
- ふみ 書物
「手紙」(例:恋文)
「学問。芸術。ぶん。」(例:文武両立、文化)
「漢詩(中国の詩)」 - 飾り 外見を美しく飾る事 例:文飾
- 彩り
- 入墨・入墨をする
文を要素に使った字 吝 汶 蚊 紋
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漢字「文」成立ちと由来
引用:「汉字密码」(Page、唐汉著,学林出版社)唐漢氏の解釈
漢字「文」は会意文字とする。氏の解釈は、「文」は母畜の発情期を表す漢字で、これを知ることが古代では、家畜の繁殖を促進するうえで、非常に重要なことであったと主張する。
その重要性は認めるが、氏の見解は少し荒唐無稽に思えて仕方がない。興味のある方は、原典を参照されたい。
漢字「文」の字統の解釈
「文」は象形文字です。甲骨文の学の字は文身(入墨)の形。 卜文・金文の字形は 人の正面形の胸部に文様を加えた形 聖化のために朱などで加える文身をいう。
《説文》に 錯われる画なり。 交文に象る。 その全体を交錯する線と解するが 字の全体は、人の正面型であり大にくらべて胸郭の部分を広くしている。 金文の字形はそこにX印や心字形の文様を加える。
金文の文に文様として心字形が加えられているため後の伝承者が誤ってその「文」を「寧」と解釈し、ついに語義不明の「全寧人」「寧王」となったもので、元の「文」の字である。
文は祭事に文祖・文考・文母のようなように先人に冠していう語で、文は 死者のいわば聖記号である。 死葬の時朱を以て胸にその絵身を加えて死体を聖化し祭る時は文を冠してよんだ。
漢字「文」の漢字源P682の解釈
象形文字。元土器につけた縄文の模様の一コマを描いたものでこまごまと飾り立てた模様のこと。のち模様式に描いた文字や生活の飾りである文化などの意となる
漢字「文」の変遷の史観
文字学上の解釈
古代中国 入れ墨(ChatGPTより)
古代中国における入れ墨について、いくつかの歴史的な事実をご紹介します。古代中国では、入れ墨は特定の時代や地域によって異なる目的で使用されましたが、一般的には貴族や武人、囚人などが身体に刺青を施すことが行われていました。
- 身分や地位の表示: 古代中国では、入れ墨は身分や地位の表示として用いられることがありました。特に武人や軍人は、部族や部隊を示す刺青を身体に入れることで所属を表しました。また、官職や地位に応じて刺青が行われることもありました。
- 刑罰としての入れ墨: 古代中国の刑罰制度では、一部の犯罪者に対して入れ墨が刑罰として用いられることがありました。特に重い犯罪者や反乱者に対して、罪状や処罰内容を示すための入れ墨が施されることがありました。これは社会的な汚名としての意味合いも持っていました。
- 儀式や宗教的な目的: 一部の部族や宗教団体では、入れ墨が儀式や宗教的な儀礼に関連して使用されることがありました。これは信仰や宗教的なアイデンティティの一環として行われたもので、神聖な意味合いを持っていました。
- 美的要素: 一部の場合において、入れ墨は美的な要素としても使用されました。特に芸術家や詩人など、文化的な人々が身体に詩や絵を入れることで、個人の創造性や独自性を表現する場合がありました。
しかし、これらの実践は時代や地域によって異なり、古代中国全体で広く行われたわけではありません。また、時が経つにつれて入れ墨が社会的に受け入れられなくなることもあり、後の時代ではあまり一般的ではなくなりました。 以上のように、古代中国において入れ墨は様々な目的で使用されていましたが、文化や時代によって異なる意味を持っていたことがわかります。
まとめ
我々にとって、今やDNAにもなっているのではないかと感じさせる、「文」と「字」の由来と成り立ちを見たが、全く思わぬ由来を持っていたことに驚かされる。これだから「漢字の由来と成り立ち」を探求する旅は止められない。「漢字考古学の道」のホームページに戻ります。
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