2021年6月30日水曜日

漢字「師」の成り立ちから読めるもの:この漢字は最初から戦闘集団を表していた。一つの軍の塊を師団というのもここからきている


漢字「師」の成り立ち:出陣に際し、祭肉を祖先の廟に祭って戦功を祈願した
 軍の戦闘集団を師団といい、その指揮者を「師」というようになったのも、少なくとも10万人規模の国家でないと不可能である。この言葉が確立されたのは、周も末期になってからそれも春秋戦国時代に入ってからであろう。因みに春秋時代の総人口はせいぜい500万人前後だったろうという推察がなされている。

漢字「師」の楷書で、常用漢字です。
 昔から2500にんの師団を表すこと定着しているようだ。

 あるいはこの漢字一字で、軍を表したり、いくさ(戦争)を表すようだ。

  漢字「師」の左側は、甲骨文や金文では启で祭肉を表していた。ところが小篆では、神梯に変化している。なぜか。国家の規模が大きくなり、軍隊の規模も大きくなり、軍隊もさらなる神格化が必要になったと考えられる。したがって、今まで祭肉をシンボル的に使用していたが、もはやそれでは人々を引き付けられなくなり、神を持ち出したのではないだろうか。即物的な祭肉より、神梯からの神の降臨を演出ことで権威付けを強めたのではなかろうか。
即・楷書


 甲骨文字や金文の左側の記号は「祭肉」を表してた。ところが小篆では神梯を表すという。その変化は、軍の行動により神格化が求められた結果ではないだろうか。  
師・甲骨文字
軍が出行するとき、戦功を祈って祈願する時の祭肉を表す
師・金文
甲骨文字を引き継ぎ、軍の出行の際の祭肉を軍刀に突き刺し出陣すること
師・小篆
金文を引き継ぐが、祭肉が神梯に変化し、より神に祈ることを明確にしたものか


    


「師」の漢字データ
 

漢字の読み
  • 音読み   シ
  • 訓読み   いくさ

意味
  • 軍隊 二千五百人の軍の隊のことを言った 例:出師
  •  
  • 人を教え導く人、先生     例 師匠
  •  
  • 先生として尊敬する、手本とする   (例:恩師)

漢字「師」を持つ熟語    師団、恩師、師匠、軍師、師走




引用:「汉字密码」(Page、唐汉著,学林出版社)
字統の解釈
 启と帀に従う。启は軍の出行のとき携える祭肉の形で、師の初文。帀は把手のある曲刀の刃の部に小さな叉枝のあるもの。軍の出行するときは祖先の廟や軍社などに祭って、神佑を祈りその際肉を携えて出行するが、途中で軍を分遣して行動するときは、その際肉を分って出発させる。




漢字「師」の唐漢氏の解釈
 遠くからやってきて、腰を下ろし、休憩することを表す。


「師」古代漢語P63 王力編、高等学校教材
  • 軍隊で2500人で一師を構成する。一般に漠然と軍隊を指す。 
  • 知識を授ける技術人、先生。(弟子に相対する) 
  • 楽官 上古の楽師は一般的に盲目の人を任命していた。


まとめ
 この「師」という漢字は国家の規模を表す指標になったのかも知れない。国家・軍隊の輝度を推し測るのに戦車の数が使われたという。



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2021年6月27日日曜日

漢字「卑」の成り立ちと由来:卑のもともとの意味は、柄杓を手に取るというものだった。しかしなぜ「いやしい」という意味になる?


漢字「卑」の成り立ちと由来:卑の原義は、柄杓を手に取るというものだった。しかも卑という漢字がなぜいやしいという意味を持ったのか納得ある説明は得られていない
 漢字「卑」は「尊」の対極にある。成句「男尊女卑」という句の中でも昔から語り継がれてきた。

 何故にこのようなことが言われなければならないのか。その根拠は何か。有史始まって以来女性を苦しめて来た。
 何故女性は「卑」といわれなければならなかったか、甲骨文字に遡って迫る。 勿論漢字にその責任があるわけではない。漢字はその社会の反映であり、インフラ的な位置付けではあるが、一つの結果に過ぎない。

 ここではっきり言えるのは、漢字「卑」は男性の発想から生まれた漢字であることは確かなようだ。


漢字「卑」の楷書で、常用漢字です。
 上部は杯形の器の形。基部はその柄を手に取る形で、椑の初文。柄のある柄杓のような形で、酒を酌むのに用いる。
 一方、漢字「尊」も酒を酌むための道具である。同じような酒に関わる道具・噐であるにもかかわらず、片や尊ばれ,片や蔑まれる。この違いは何であろうか?

 漢字「卑」は「女性の性器を弄ぶ」という解釈もある。この解釈であれば、「尊」が男性を崇拝することを表すものだという考え方と同じレベルの対比ということになり整合性は成り立つ。
 にもかかわらず「卑」を女性の性器を弄ぶという解釈には抵抗がある。漢字が造られた時代はそれほど発達しておらず、漢字に関わる世界はそこそこ知的なレベルの高い世界であったはずだ。その人々が、漢字を作るのにかくも低俗な発想をするのかという疑問は残る。
卑・楷書


  
卑・甲骨文字
下辺は手の象形であり、上辺は女性の性器の内部の象形であるという説もあるが、え、どうしてそんな解釈が?
卑・金文
小篆と金文の上部の記号は囟に変化した。
卑・小篆
金文と小篆を引き継ぎ、漢字化の過程で文字らしく記号化されている


    


「卑」の漢字データ
 

漢字の読み
  • 音読み   ヒ
  • 訓読み   いや(しい)、いや(しむ)、いや(しめる) 《外》ひく(い)

意味
     
  • いやしい   身分・社会的地位が低い  行動に品がない、服装が貧しい
           欲が深い、貪欲である、能力が劣っている
           つまらない
  •  
  • ひくい    位置が低い    盛んでない
  •  
  • いやしむ・いやしめる   劣ったものとしてバカにする、軽蔑する

「卑」を部首とする漢字   俾(にらむ)、睥、脾
漢字「卑」を持つ熟語    卑下、卑近、卑猥、卑怯、卑屈




引用:「汉字密码」(Page、唐汉著,学林出版社)
唐漢氏の解釈
  小篆と金文の上部の記号は囟に変化し楷書の卑になった。掌握した造字の権利の男から見ると女の自慰や男が手で女の性器をもてあそぶことも生育の一つの目的からの逸脱を意味している。したがって男の見方からすると下品で低俗な行為であると見える。

 しかし、甲骨文字そのものを女性の性器に手を付けるとみる発想そのものが卑猥であり、古代人は本当にこのような見方をしたのか疑わしい。

 


漢字「卑」の漢字源の解釈
 丈の低い平らなしゃもじを手に持つ様を示すもので、椑(平らで薄いしゃもじ)の原字。うすべったく暑さが乏しい意を含む。


漢字「卑」の字統の解釈
 上部は杯形の器の形。基部はその柄を手に取る形で、椑の初文。柄のある柄杓のような形で、酒を酌むのに用いる。「説文」いやしきもの也事を執るもの也とある


まとめ
 会意文字であるようだが、甲骨文字にせよ、金文にせよ、まるで象形文字であるかのように生き生きとした人々の姿が描写されている。漢字はその社会の反映であり、インフラ的な位置付けではあるが、一つの結果に過ぎない。時として社会に対し残酷な反作用も及ぼすこともある。



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