ある民族の文化の深度を計る尺度は結局はその民族が持つ言葉が豊富であるか否かによって決定する。
南洋のある民族では味覚を表す語彙がすこぶる少ない。例えば全ての味覚を「sweet、nonsweet」で表す。この地では長くイギリスとフランスの共同統治であった為にフランス語と英語が共存しているが、あらゆる味覚はこの2語であらわされる。非常に単純である。つまりその人にとって美味しければ"sweet"、美味しくなければ"nonsweet"である。ところが中国語にしても、日本語にしても、味に関する語彙はすこぶる豊富である。それは主体者の主観的な感覚に依存することなく、絶対的な評価をもつ。つまり「甘い、辛い、酸っぱい、苦い」という基本的な語彙以外に「甘酸っぱい、ほろ苦い」などなかなか表現できない中間的な味覚も登場する。つまり言いたいのは語彙が豊富であれば、それだけ認識の分化が進んでいることを意味し、文化がそれだけ発達しているということである。
その意味では一つの文化にしても、例えば味覚に関する語彙がどのように生み出されてきたかを見ることも面白いかもしれない。
さて、前置きはこれくらいにして、漢字の由来に話を移そう。
「甘」これは指事字である。甲骨文字の「甘」という字は口の中に小さな横線を加えたもので舌のある所を示している。だからここで最も甘いという味を知ることが出来る。小篆の「甘」という字は甲骨文字に良く似ている。楷書は横線が長くなり、却って口の形が失われている。
甘の字の短い横棒は舌の位置を示す
古代中国人は味感の分類中「甘」はどのような刺激的な味も伴っていないと表示した。《春秋繁露》曰く「甘いものは五味の本である。 《庄子・外物》で言うには「口彻为甘」(口は甘味に徹するなり)このことは甘味口に最もよく合うだから口当たりがよく、違和感のない味感であるという意味である。「甘」から造られた字に「甜」(甘い、心地よいという意味がある。また砂糖大根の甜菜の字にもなっている)がある。これは「甘」の意味から大きく変化したもので、「酸っぱい、苦い、辛い、しょっぱい」の5味の一つである。河南地方の方言では塩入りで、砂糖入りでもないスープを甜湯という。甜はここでは味のないという意味でもある。
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