2025年3月27日木曜日

漢字『師』の起源と由来:師団と師の関係はどうなっているの


漢字・師:元々軍用語!やがて先生の意も持つように。一体なんで?


この記事は以前にアップした下記の記事を全面的に加筆修正したものです。
漢字「師」の成り立ちから読めるもの:この漢字は最初から戦闘集団を表していた。

導入

 全国の学校で卒業式が行われている。一昔前の卒業式では必ず「仰げば尊し我が師の恩」のようなフレーズの歌が流されていた。
 ところが最近では、学校の教師と生徒の関係がフラットになって、まるで友達のような会話が見られる状況では、「我が師の恩」などというフレーズは流されないのではなかろうか。

 実はこの「師」という言葉の意味も随分異なって来ている。
 この字は生まれた当初からしばらくは軍隊の戦功祈願の儀式を表す言葉であって、その名残りが「師団」という軍隊用語に残されていた。

押しかけ推薦・一度は読みたい名著  阿辻哲次著『漢字學

漢字學の原点である許慎の「説文解字」の世界に立ち返り、今日の漢字學を再構築した名著

前書き

目次




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漢字「師」の今

漢字「師」の成立ち


漢字「師」の由来:出陣に際し、祭肉を祖先の廟に祭って戦功を祈願した事に起源がある
 軍の戦闘集団を師団といい、(日本の戦時の師団の構成人数は大体2万程度の兵力でした。)その指揮者を「師」というようになった。
 しかし、古代国家の軍隊はその経済力から類推ししても、せいぜい1000人規模でなかったかという説もあります。少なくとも人口10万人規模の国家でないと軍隊を擁するにも一苦労であったことでしょう。その意味で、この言葉が本当に確立されたのかも疑わしいのですが、そこそこの規模の軍隊を擁するのは周も末期になってからそれも春秋戦国時代に入ってからであろうと推察されます。因みに春秋時代の総人口はせいぜい500万人前後だったろうと言われています。


漢字「師」の楷書で、常用漢字です。
 昔から2500人の師団を表すこと定着していたようだ。

 あるいはこの漢字一字で、軍を表したり、いくさ(戦争)を表すようだ。

  漢字「師」の左側は、甲骨文や金文では启で祭肉を表していた。ところが小篆では、神梯に変化している。なぜか。国家の規模が大きくなり、軍隊の規模も大きくなり、軍隊もさらなる神格化が必要になったと考えられる。したがって、今まで祭肉をシンボル的に使用していたが、もはやそれでは人々を引き付けられなくなり、神を持ち出したのではないだろうか。即物的な祭肉より、神梯からの神の降臨を演出ことで権威付けを強めたのではなかろうか。
即・楷書


 甲骨文字や金文の左側の記号は「祭肉」を表してた。ところが小篆では神梯を表すという。その変化は、軍の行動により神格化が求められた結果ではないだろうか。  
師・甲骨文字
軍が出行するとき、戦功を祈って祈願する時の祭肉を表す
師・金文
甲骨文字を引き継ぎ、軍の出行の際の祭肉を軍刀に突き刺し出陣すること
師・小篆
金文を引き継ぐが、祭肉が神梯に変化し、より神に祈ることを明確にしたものか


    


「師」の漢字データ


漢字の読み
  • 音読み   シ
  • 訓読み   いくさ

意味
  • 軍隊 二千五百人の軍の隊のことを言った。 説文に「二千五百人を師と爲す。币に從ひ、𠂤に従ふ。官の四币なるは、衆の意なり」とある。
  •  
  • 人を教え導く人、先生     例 師匠
  •  
  • 先生として尊敬する、手本とする   (例:恩師)

漢字「師」を持つ熟語    師団、恩師、師匠、軍師、師走


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漢字「師」成立ちと由来

引用:「汉字密码」(Page、唐汉著,学林出版社)

字統の解釈

 启と帀に従う。启は軍の出行のとき携える祭肉の形で、師の初文。帀は把手のある曲刀の刃の部に小さな叉枝のあるもの。軍の出行するときは祖先の廟や軍社などに祭って、神佑を祈りその際肉を携えて出行するが、途中で軍を分遣して行動するときは、その際肉を分って出発させる。


漢字「師」の民俗的解釈

 遠くからやってきて、腰を下ろし、休憩することを表す。
 しかし、唐漢氏は、文字の変遷の中で、祭肉が神梯に変化していることを説明しているが、この変化は実に重要で、軍の組織の中に、強大化するにつれ、一層の神格化・権威化が持ち込まれたことを示しており、軍の組織がここで、画期を成す変化を生じたものと考えられよう。

「師」古代漢語P63 王力編、高等学校教材

  • 軍隊で2500人で一師を構成する。一般に漠然と軍隊を指す。
  • 知識を授ける技術人、先生。(弟子に相対する) 
  • 楽官 上古の楽師は一般的に盲目の人を任命していた。

「師」の歴史的変遷

文字学上の解釈

 ト辞では𠂤は師の左の要素であるが、古代中国で、出陣の際に祖先に戦勝を祈願する儀式に使われた「肉」を表していた。師はその肉を分ける刀を表す「帀」と肉からなる。




以下、軍の用語が先生という意味を持つようになった歴史的過程といきさつを纏めます。

  1. 軍事的な起源 「師」の甲骨文や金文からは、軍隊や戦争に関わる意味が盛り込まれていると見られます。 古代中国では、出陣の際に祖先に戦勝を祈願する儀式が行われ、その際に祭肉を供えることがありました。 軍隊を指す言葉としての「師」は、主に「大規模な軍隊(約2500人)」を指しました。戦の指導者や統率者も「師」と呼ばれました。

  2. 転じて指導者の意味へ 戦場で軍隊を率いる指揮官は、兵士たちを導き、教育・訓練を施しました。この役割から、「師」は指導者や教育者を意味するようになります。 軍隊の統率者が戦術や戦略を教える存在だったことが、知識や技術を教える一般的な指導者の意味へと広がりました。

  3. 儒教と教育の影響 儒教が広まると、知識や道徳を教える役割を担う者も「師」と呼ばれるようになりました。 孔子のように弟子を持って教え導く者が「師」と称され、学問や道徳を教える先生の意味が確立しました。

  4. 官職名としての「師」 古代中国では「太師」「少師」など、教育や政治の顧問的役割を持つ官職も存在しました。これは、指導的役割を重んじた文化を反映しています。

 字統では、師の変遷について、以下のように説明している。
 師長には古く氏族の長老たるものがあたり、師氏と称した。現役を退いたのちは、氏族の指導者 として若者の育成にあたり、師職となる。(周礼)に多く残されている師系の官職は、氏族時代におけ る師の職業のなごりを、その退化した形式において 伝えるものである。師のありかたの推移は、古代氏 族国家のありかたの推移を反映している。


まとめ

 「師」は、元々軍を率いる指導者を指していましたが、その指導力が教育や学問の分野にも適用されるようになり、現代の先生という意味へと発展したのです。
 以上のように、漢字「師」は実に多くの変遷を遂げ、それだけ多くの異体字を持っているようである。この事実は、この漢字が、軍隊に使われ、軍隊の仕組みやありかたが、変化するのに応じて、変化してきたことを示している。  

  


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2025年3月19日水曜日

漢字 『也』の起源と象徴的意味:古代社会と文字の秘密


漢字 也 の起源と象徴的意味:古代社会と文字の秘密



 先日「Courrierのサイト」というWebサイトで、かの高名な
阿辻哲次先生の著書「日本人のための漢字入門 (講談社現代新書 2563) 」の紹介記事が掲載されていた。早速拝見したところ、このブログでとり挙げたことのある漢字「也」という漢字についても触れられていた。少しおこがましいが、論調もあまり変わりなかったと思います。

 すっかり嬉しくなったので、過去のページ(漢字「也」の起源と由来)をブラッシュアップして、ここで再度取り上げることとした。

導入

このページから分かること
     分からなくてもせめて生きるヒントだけでも得られるかも?
 
  • 漢字『也』は、単なる文字以上の意味を持ち、古代人の思想や文化を映し出す鏡のような存在です。
  • 漢字 也の成立ちと由来
  • 漢字の生まれた背景
  • 太古の生殖崇拝との関係
  • 現代の神を凌駕するのか
  • そして未来社会は

前書き

  漢字「也」は、日常的に用いられる文字の一つですが、その起源をたどると、驚くべき文化的背景に行き着きます。太古の時代、文字は単なる記号ではなく、深い象徴的な意味を持っていました。本稿では、この漢字が持つ歴史的な成り立ちと、古代人が込めた意図について探ります。さあ一緒に考えてみませんか?

目次




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漢字「也」の起源

 「也」という文字は、その形状から多くの解釈がされています。一説には、古代の生殖崇拝に関連する象徴とみなされています。特に、初期の象形文字は自然界や人体から着想を得ていたため、「也」の形が生命や繁殖を象徴していると考えられるのです。



漢字 也の楷書体
漢字 匜(古代の水器)の楷書体


 漢字・也は「匜」 のもとの字だそうで、水器の象形ということです。
右は匜の楷書です。也の旁が入っているのはわかりますが、也と匜はなかなか結び付きません。
也・楷書


也の金文体(鋳物の刻印に使われた)
匜の金文体
也の甲骨体(単独では実在していない)
也・金文
匜・金文
也・甲骨
これは唐漢氏が漢字「育」から作った造字です


   

「也」の漢字データ

漢字の読み
  • 音読み   ヤ
  • 訓読み   なり

意味
  • 文語体 ナリと読み「~である」と訳す
  •  
  • ヤ、カ と読み「~であろうか」と訳す
  •  
  • ヤと読み「~こそ」と訳す

同じ部首を持つ漢字     也、匜、地、池
漢字「也」を持つ熟語    也哉、也已、也哉


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太古の生殖崇拝との関係

 「日本人のための漢字入門 (講談社現代新書 2563) 」では、「也」という文字が祭礼や儀式において重要な役割を果たした可能性についても触れています。特に、生殖崇拝が生命の循環や自然の再生を祝う中心的なテーマであったことが指摘されています。この視点を補完する形で、「也」がその象徴としてどのように用いられたのかをさらに掘り下げてみましょう。


参考書紹介:「落合淳氏の『漢字の成立ち図解』」

参考書サイト:Courrierのサイト:Culture
 知識人たちも困惑 漢文に頻出する「あの文字」は、女性器をかたどった象形文字だった!
 

引用:「汉字密码」(Page、唐汉著,学林出版社)

唐漢氏の解釈

 「也」説文では、「也は女陰なり、象形文字と解釈している。秦刻石の”也”の字である。これがいうに、女性の生殖器の象形であるとし、小篆でと書く。昔からいろいろの解釈があり、反対者もはなはだ多かった。

也の4款
 甲骨文字では育の字は左のように描く。嬰児の出生の一般的状況下で頭が先に出てくる。このため倒置すると、女陰を示す甲骨文字の也という字から嬰児が出てくる模様を完全に表現したものと考えられる。

 也の本義は既に消失しているが、今日では多く使われ、漢語の虚詞を作る。 又漢語の多くの構成要件にもなっている。

 「地」が生殖の土とで、地は土と也からなる。池は水中で万物が繁殖するところで、水と也からなる。  也の仮借は虚詞も作り、主要には判断の語気の言葉に用いられる。也の字は又副詞にも用いられる。


漢字「也」の字統の解釈

匜(水器)
原字は「匜(イ)」と称する水器

 匜とよばれる水器の象形。〔説文〕一二下に 「女陰なり。象形」とし、重文として秦刻石の也のしんかん字形をあげているが、それは秦漢のときの字形で、 字の初形ではない。字は金文にみえ、明らかに匜の象形であるが、〔段注〕になお女陰象形説を固執している。性器の名については、〔神異経〕に天刑を受ける男女のことをしるして、「男はその勢を露はし、女はその殺を彰はす」とあり、声の近い字をもっていえば、施にその義がある。
 基本的には説文の説を踏襲しているように思える。白川博士のいう匜という水器からはどう考えても女陰など出てこないが…。



水器「医」とは何か 奈良国立博物館資料より参考にした。

 もともとの定義は把手と注口のついた器で、水を注ぐ用途があるという。新石器時代の土器中の把手と注口のついた器を匜(い)と呼ぶこともあるが、青銅製の匜は西周後期以降に出現した。
 浅くて楕円形の器身・断面U字形の大きな注口・三足または四足がつく。蓋を動物形に作ったり、注口の部分に動物の頭部を形作ることによって、動物の口から水を注ぐ趣向になったものが多く見られる。
(参考文献:坂本コレクション 中国古代青銅器. 奈良国立博物館, 2002, p.49, no.196.)

漢字「也」の漢字源の解釈

 象形:平らに伸びたサソリを描いたもの。



現代への繋がりと未来への展望

文字学上の解釈

 古人にとっては、子孫の反映のため、今以上にセックスは重要なことであった。
 そのため生殖崇拝が広く信仰され、世界のいたるところで、男根、女真を奉ることが行われていた。
 今でこそ、ある意味卑猥なこととして見られているが、古人にとってはそれは切実なことだったと考えられる。
 なぜなら、当時、家族や部族を増やすことは実に死活問題であったはず。子供が生まれても、平均寿命が15、6歳であった時代では人口を増やすことは至難の業であった。だからこそ近代社会では猥雑なこととして嫌われる「夜這い」の風習も古代にあっては、非常に重大なことなのであった。
 また、近代においても、極冠の地やジャングルなどの外部から隔絶した社会でな、外部からの来訪者や旅行客などが部落に宿泊した際、部落の女性、主婦までもが夜のお相手をしたという話を聞いたことがあるが、それは接待ということではなく、外部の血を入れることや、子孫を絶やさないという必然性からくる止むを得ないむしろ必然的な行為であったのかもしれない。
時代が下って、人々がそれほど働き手や、戦士を必要としなくなると人々の崇拝の対象はは生殖から食料の確保、自然の克服のための「神」へと移って行ったのではなかろうか。
 そのことからしても、漢字の中に社会の発展過程の母斑を垣間見ることは非常に大切なことと考える。
 生殖から食料そして抽象的な神の崇拝へその次に来るものは如何なる認識が必要か?神か、人間の知能を超えるものがあるのか。今まさにそれが問われる時に我々は生きている。正に価値観が大きく変わる時代なのだ! 今は!!

まとめ

 現代では、「也」は文語表現として用いられることが多く、その象徴性は薄れているように見えます。しかし、この文字が持つ起源を知ることで、私たちは文字そのものが持つ力や、古代からの人類の思想の変遷に改めて気付かされます。そして何よりも私たちは今どこに立っているのかを!

  


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