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2012年8月7日火曜日

住まいの漢字「堂」の起源と由来

時代もここまで下がってくると建物は大規模にして、壮大なものが出てくる。漢字もそれにつれ、「堂」という後世我々が大きな建物に用いる漢字が生まれてくる。堂々としたものである。この「堂」が歴史上に出現したのは、時代もだいぶ下ってのことと思われる。殷代の「宮」という宮殿を表す漢字の示す建物はこの「堂」よりもはるかに粗末なもので、時代考証がもう少し必要かもしれない。(宮が先か堂が先か?)
引用 「汉字密码」(P719, 唐汉,学林出版社)

堂の物象本源は、プラットフォームの上に建てられた高大な建築をいう

 "堂" 、《説文》は "堂“を殿なりと解釈する。土と「尚」の音からなる。"図に示すように、金文中では、堂を意味する象形を具有している。上部は両方に下がった屋根のデッサンの形になっている。(絵だけから見ると、かなり複雑な形状をしている) 下部は台を示し、その建築形状は古代の殿堂である。  金文の別の「堂」の字は上部は "尚" で、家面が両方に坂になっている大部屋を示している。下部は立った形でここでは、設置、建立を示している。堂の物象本源は、このような屋面が両方向に坂になっている建築構造から来ている。プラットフォームの上に建てられた高大な建築をいう。この種のような建物と故宮の大殿と故宮の製造形式は完全に同じで、中国の木造建築の代表である。小篆の "堂" の文字、元々金文の中の一つ字体は、ただ下部の "立つ" は土に変化してしまっている。楷書はこの縁で "堂" と書く。 

土台基礎は商代各所の宫室の遺跡で発見されている。 

 《中山王墓の宮殿の図》:"王堂は四角形二百尺。" その中の "堂"は即ち王の殿堂をさす。"堂" は、また専ら下に土壇があり、台基がある高い宮殿の建物を指す。土台基礎は最初商代各所の宫室の遺跡で発見されている。 土台で高いものは二米から三米までに達している。

「堂」の使い方、使われ方(古代から、現代まで)

 古い時代、官庁で行う儀式、案件を裁判する時に言われる "退堂、大堂に上る"などこの類の台基を指していることに基づいている。《論語・先進》;"由、堂に上がるも、未だ入室せず。"仲由(孔子の学生 )が前足場を上がったけれど、しかし室の中に入っていないことを言っている。"堂" は家族あるいは一族の人々の正式な部屋で、尊者がいるところである。だから、この事から、同じ祖父の縁続き関係のものを、例えば "堂房、堂弟 "などという。

 現代の漢語中で、 "玄関 " は各種の活動が行われる大型の家屋をいう、例えば "公会堂、食堂、教室 ";またホールの名称あるいは商店の商号などにも用いてる。例えば "懐柔堂、同仁堂" など。
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